生首が鞄の中から私を睨む

烏川 ハル

第1話

   

『次の停車駅は南公園前、南公園前です。お出口は左側です』

 そのアナウンスが聞こえてきた時、私はボーッと車内を眺めていた。


 何度も利用している電車だが、今日はいつも以上にいている。少なくともこの車両では、立っている者は一人もいなかった。

 私が降りるのは、たった今アナウンスされた南公園前駅だ。混雑した車内ならば乗客を縫って進むのが大変だから、今のうちにドアの前まで行っておきたいが、この様子ならばその必要もない。

 私が座っているシートは開くドアとは反対側だが、駅に着いてから立ち上がっても間に合うだろう。そう考えて、もう少し座っておくことにする。


 この電車のロングシートは、確か七人掛けだったはず。でもチラリと横を見ると、私と同じシートには四人しか座っていなかった。

 向かい側のシートなんて、わずか三人だ。ロングシートの右端に高校生くらいの男の子、真ん中あたりに小太りした中年男性、左端に私と同じくらいの年齢の男だった。

 別に同年代だからというわけではないが、その左端の男が少し気になって、さらに観察してみる。

 淡いブラウン系統のスラックスに、濃いグレーのジャケット。上下が揃いでない上にネクタイもしていないという、カジュアルな着こなしだった。

 すらりとした体つきで、目鼻立ちも整っている。イケメンという表現よりも、やや古風なハンサムという言い方が相応しいだろう。

 しかし彼は、そんな恵まれた容姿を無駄にしていた。だらしなく口を開けて、シートの手すりにもたれかかる格好で居眠りしていたのだ。


 キリッと座っておけば、まるでモデルか俳優のようにも見えるだろうに……。ちょっと勿体ないなあ、と私は内心で苦笑しながら、彼の足元に視線を向ける。

 そこには、重そうな鞄が置かれていた。いや、それらしき紐もついているので鞄と判断したが、もしかしたら違うのかもしれない。

 ビジネス鞄やスポーツバッグなどとは明らかに異なり、見慣れぬ形状だった。大きさはだいたい三十センチくらいで、立方体のかどを丸くしたような形といえばいいのだろうか。

 ……と具体的な表現を試みたところで、思い浮かぶものが出てきた。おそらくこれは、ボウリングバッグだ。あの中には、ボウリングの球――いわゆるマイボウル――が入っているに違いない。

 このハンサムな男は、これからボウリングに向かうのだろう。

   

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る