第3話

   

 駅のホームに降り立ったところで、足を止めて周囲を見回す。

 あのハンサムな男の姿は、どこにも見えなかった。電車から降りた勢いのまま、改札口まで走っていったのだろうか。

「私も急いで追えば、追いつくかな……?」

 自分の考えをまとめる意味で呟いてみたが、独り言として口から出た途端、私は自然に首を横に振っていた。

 この南公園前駅には、改札口が二つあるのだ。あのハンサムがどちらに行ったのかわからない以上、この考えは愚策だった。

「だけど……」

 再び自分自身に対して反論する。

 どちらの改札口であれ、そこにいる駅員に「忘れ物です」と渡してしまえばいいではないか。いや、駅員ならばこのホームにもいるだろうし、そちらに渡してしまえば……。


 そう思って駅員を目で探し始めたところで、ある違和感に気が付いた。

 私は今、忘れ物のボウリングバッグを右手ひとつで持っている。バッグの中には彼のマイボウルが入っていると想定していたが、右手に伝わってくるのは、それほどの重さではなかった。鞄の中身は、ボウリングの球よりも軽い物体だったのだ。

 しかし改めて鞄に目を向けると、ボウリングのピンを模したロゴが下の方についている。だからボウリングバッグであることは間違いなかった。

 ならばあの男は、マイボウルを運ぶための鞄に別の物を入れていたことになる。彼は一体何を運んでいたのだろうか……?


「もしかして、今の私の状況って『車内で不審物を見かけた時は』ってやつ……?」

 そもそも彼はこれを忘れたのではなく、意図的に車内に残していったのかもしれない。

 あの寝姿や起きた時の慌てようも、周りの乗客に「居眠りしていたので忘れ物しました」と思わせるための演技だったのかもしれない。

 私みたいなお節介が鞄を持って追いかけるなんて、想定外だったのだろう。

 本当にこれがいわゆる不審物だとしたら、入っているのは爆弾あるいは危険な化学薬品。爆発したり破裂したりして、周りに死をもたらすに違いない。

 もはや駅員に渡す云々を超えて、警察に任せるべき案件だ。


 そう思うと同時に、心の中でもう一人の私が「それってあなたの妄想に過ぎないですよね?」と自分自身に問いかけていた。

 私の想像の根拠は「ボウリングの球にしては軽い」ということだけ。大騒ぎするのは、中身を確かめてからの方がいいだろう。

「うん、大騒ぎして何でもなかったら恥ずかしいからね……」

 と自分に言い聞かせながら、恐る恐るボウリングバッグを開けてみる。

 最初に見えてきたのは、黒い髪の塊だった。「ああ、カツラだったのか」と安堵したけれど、その気持ちは一瞬で消えてしまう。

 鞄の中に入っていたのは、人間の頭部。血まみれの生首だったのだ。

   

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る