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 ちょうど全身が映る鏡のようなモニタが五つ、ステージに並んでいる。向かって左から二番目のモニタにドラムのユキトが映し出された。そのままモニタがするすると吊り上げられるとそこに本物のユキトが現れ、スティックを振り回した。ユキト! ユキト! と観客が叫ぶ。ベースのアヤト、ギターのユヅル、カイ、と順番にモニタの後ろから姿を現し、最後にヴォーカルのイツキが登場すると、歓声は爆発した。

 中央の大型モニタにイツキの顔が大うつしになった。アッシュグレイに染めた髪が柔らかくふちどっている顔の輪郭はゆるみ、瞳の大きい目もとには細かい皺がある。顎のまわりにも貫禄がついた。

 年月の冷酷さを榊は思った。童顔で女顔のイツキは、榊が熱心にライヴに通っていたD’ARCの全盛期には、人間離れした雰囲気があって年齢を感じさせなかった。ファンの少女たちが「イツキくんは天使」と真顔で言うのもさもありなん、というところがあった。その落差もあるのだろうか。アヤトやカイら弦楽器隊は、それなりに年齢を重ねた形跡はありつつも、そこまで変わらないという印象だ。サングラスをかけ、トレードマークだった黒髪を銀と黒のツートーンにしてがらりとイメージ・チェンジしてきたユヅルに至っては、まったく歳をとっていないようにすら見える。

 横目で左側を見ると、腕組みしてモニタを凝視している榊の連れも、顎も腹も弛んだところがなかった。都筑は同い年のはずだが、と榊は自分の腹を恨めしく見下ろした。

 最初の曲はD’ARCのもっとも売れたアルバムの一曲目で、ライヴのオープニングとして定番の曲でもあったので、イントロを聴くと頭より先に体がリズムを取った。が、歌が始まった途端に、榊は再び衝撃を受けた。

 ヴォーカルのキーが下がっている。声量も落ちているし、嗄れている。D’ARCが活動休止に入った理由はイツキの体調不良だったから、もしかしたら喉の酷使が原因の病気だったのかも知れない、と榊は想像し、仕方のないことだと自分を納得させようとしたが、やるせなさはどうにもならなかった。周囲の若い観客は往時のイツキを知らないのか、腕を振り上げて必死で踊っている。その熱狂が榊の寂しさに拍車をかけた。都筑ならわかってくれるかな、と左隣を覗えば、あいかわらず何も読みとれない横顔を見せて、歌うイツキを見つめていた。

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