第69話 その時すべてを見ていた彼は

 トウヤの放った最後の一撃による地震は、遥か内陸の彼の所まで届いていた。


「お、珍しいな......地震なんて......」


 椅子の背もたれに寄りかかったユグドがパチリと目を開ける。


 また、浅い眠りから呼び起こしたのは地震の為だけではなかった。


「ユグドー! 大変よ! マースが折角用意してくれたナントカの破壊者が――――って、あんたは知ってるって感じの顔ね......」


 ヴィフラムが瓦礫の山を爆破粉砕しながら飛び込んできた。が、意外にも冷静だったユグドをみて自分も心を落ち着かせたようだ。


「ばれた?」


 ユグドは苦笑いしながらそう言った。


「ユグドが『自分で調整したい~』とか言ってた時点で。どうせ映像記録用魔水晶でも取り付けてこっそり見てたんでしょ?」


 ヴィフラムの予想は完璧に当たっていたのだった。


「ばれた?」


「ばればれ! アタシにもみせてよ~!」


 ヴィフラムは返事を待たずにユグドの懐にあった映像記録用魔水晶を奪い取り、何が映っているのかを楽しみにニマニマしながら再生を開始した。


 当然最後のシーンは、トウヤが殴り飛ばす場面である。


 映像はそのシーンを最後に砂嵐を映し出した。


「――――ファストレアって駆け出し冒険者が集まる街よね? ちょっとおかしい奴多すぎない?」


「彼らは冒険者じゃないからね」


「そういう問題なの......?」


 そういう問題なのである。


 ユグドはおもむろに映像をフィンが魔法を放つ瞬間に合わせて映した。


「何はともあれ、なぜか映像越しでも伝わるこのオーラ......この子は魔王で間違いないな」


「それに関しては“でしょうね”以外の言葉がみつからないわ」


 神代の兵器の一角を失ったにしても余りある有益な情報。


 予想が事実へ変わったことにより、アンバランスはより一層動きやすくなった。


 問題は、あれだけの化け物集団からどうやって“王の証”を奪い去るかだが――――


「魔王のガードとも言える彼等だが......最低でも人数は半分にできるな」


 ユグドの呟きに、ヴィフラムは察しがついたような表情で答えた。


「あぁ、アンタなら確かに簡単だわね......アタシも魔獣取引を残しておいた方が楽だったかしら?」


「俺はヴィフラムみたいに犯罪に手を染めている訳じゃないからね。第二のサイリスにお前がならなかった時点であの判断は正しかったと思っているよ」


「言い方ってあるでしょうよ......」


 ヴィフラムの不服そうな顔をみたユグドはすぐさま頭を下げた。が、ヴィフラムはツンとした表情を崩さなかった。


「――――分かったよ。戻った時にケーキ。マース達も呼んで食べよう」


「やったあ! あ、でもラクティスの分は要らないわよ! 甘い物嫌いそうだし!」


 ラクティスとはツンツンの髪と強い語気が特徴的なアンバランスの第七席の少年である。


 ヴィフラムは“甘い物が苦手そう”と言っているが、その実誰よりもスイーツが好物だった。


 その後、ユグドがラクティス用に買ってきたモンブランをヴィフラムが勝手に食べて大喧嘩になるのだが、それはまた関係のない話なのだ。


――――


 暫くして、ユグドの魔法通信機に着信が入った。


 ユグドは二、三言話したあとで少し急ぎながら出かける準備を始めた。


「ユグド? 誰から?」


「仕事の連絡だ。丁度いいし、“彼”にも会ってくるとしようか」


 言い忘れていた事が一つ。ユグドとは、彼の本当の名前では無い。言うなればこの世界のもう一つの名前である。


「――――みんなが知ったら驚くわよね~......行ってらっしゃい。“勇者”リコ様」


 普段のスーツを模したような服装から、こちらの世界によく馴染むような、しかし絢爛な装飾が施された風格漂う装備へと着替えたユグドが出てくる。


「ああ。いってくるよ」


 彼のもう一つの名は【徹根 李弧とおね リコ】異世界人にして勇者である。


――――あとがき――――


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