第55話 アンバランスティーパーティー①

世界のどこかにある瓦礫に囲まれた廃墟の山。


 月光が所々柱のように差す。その光がその場に居る人間を薄く照らした。


 瓦礫とは不釣り合いな程に絢爛豪華な長テーブルと椅子には、ティーカップが八個並べられている。


 上座に座る男が、何者かの接近に気が付き、顔を上げた。


「ヴィフラムか。その様子だと、サイリスは帰ってこなかったみたいだね」


「みればわかるでしょ......あーあ、マジで疲れた。私も紅茶ー! 砂糖たっぷりね!」


 給仕の女性がヴィフラムの座る席のカップに紅茶をタップリと注ぐ。ヴィフラムの座る席は五番目だ。


「――――聞いてよユグド! サイリスの野郎ったら『おじさんは~、この牢獄からこれからの動向を見守るのさぁ~』とか何とか言ってついて来なかったのよ! ムカついたから爆破してやったわ!」


 ヴィフラムはやたらと上手い声真似を披露した後、カップを一気に空けた。既におかわりをねだっている。


 上座に座る男はユグドという名前らしい。そんなヴィフラムへ微笑みを浮かべながら優雅に紅茶を口へと運ぶ。


「まぁ、大方予想はしていたけどね。三食寝床付きで住めるんだ。サイリスは戻ってこないよ」


「ごめんユグド。折角の依頼だったのに上手く出来なくて」


「いいよ。お前がついでに部下を始末したいってのも知ってたから。そっちの方は上手くいったんだろう?」


「そうね。魔獣売るのも飽きてきた所だったし、やたらと距離近いしで殺せて清々したわ......あでも......」


「でも?」


「ファストレアの警備局を襲撃したハズだったのに壊し屋とかいう三人組に邪魔されたのよ。マジムカつく」


 ユグドは予想していなかったヴィフラムの返答に手が止まる。


 ユグドの中でのヴィフラムは、基本的に個人名は覚えようとしない軽薄薄情な人物である。


 そこそこ長い付き合いのあるユグドでさえ、名前を覚えてもらうのに数年は費やした程だ。


 そんなヴィフラムが、集団の名前とは言え、初対面で名前を覚えて帰ってきた。それが衝撃だったのだ。


「それでアイツらったらイカレてるのよ! 傷口に回復魔法でくっつけて......あのガキ! チビのくせに私以上の火力よ!! 私がサイリスとの“契約”で殺せないのを良い事に好き放題! ほんっとヒヤヒヤしたわ!」


 紅茶を飲む手と文句が止まらない。


 そして、大切な服に傷や汚れが付く事を何よりも嫌うヴィフラムがそこへ言及しないので、ユグドは二度驚いた。


「ヴィフラム以上の火力の子供......」


「そう! 五歳くらいよ!?」


 五歳程の年齢。高い魔力。二つの情報が、ユグドの脳内で紐付き、ある一つの可能性を導き出した。


 それはユグドには非常に有益な情報だった。


「どうしたのよ急に考え込んじゃって......お腹でも痛いの?」


「いや、違う。ありがとうヴィフラム。これでまた俺達の目標に一方近付い――――」


 突如、月光が大きな柱となり全てを照らした。


 テーブルの上に大きな音を立てて何者かが着地する。


「よォユグド......全員招集なんて久しぶりじゃねぇか!」


 トゲトゲしい頭の青年が、天井をぶち抜いてやって来た。その異様な光景に誰も驚きもしない。


 遅れて、もう二人が普通に入ってきた。


 一見すれば祖父と孫娘のようにも見える二人組だが、スーツ姿の老人の手の甲と少女の胸の中心にはそれぞれ天秤の刺青が入っている。


 そしてそれは、青年の脚も同様だった。


 上座に座っていた男が全員を所定の位置へ座らせた後、今度は自分が立ち上がり口を開いた。


「――――よし。ある程度は集まったし、これからの話をしようか。俺達アンバランスが、世界を壊す話を」


 これはお茶会。世界の規律バランスを壊す者達の喧嘩の場。誰が勝っても世界が滅ぶ。危険な危険なお茶会が始まる。

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