第7話 洗濯が気になる
「ふむ」
朝日が出る頃に自然と身体が目覚める。首元から肩にかけて猫ぐらいの大きさになったドラゴンが乗り、足元には大型犬と同じ大きさのフェンリルが寄り添う。
身支度を整えれば、テーブルの上に水が用意されていた。いつもだけど、ドラゴンが水を出してくれたり、冬場はなかなか火が付かないところをフェンリルが暖炉に火をつけてくれたり至れり尽くせりだったりする。
「いつもありがと」
「なに、なんてことはない」
なんでこんなによくしてくれるのか出会ったばかりの頃に聞いたことがあったけど約束ごとらしい。約束の内容は教えてくれなかったけど、私が幸せであればよくて、その為にいると。
そしたら今の私は快適な生活を送りつつ幸せを感じているから二人の望む通りになっている。
「今日は?」
「雨は降らない」
天気まで把握してるから洗濯する時も助かる。今では一部の侍女が私が外で洗濯するしないを見て決めていて面白い。魔女は天気も分かるって噂になったけど。
「私たちも行こう」
「ドラゴンは見えないようにしててね」
「ああ」
フェンリルは飼い犬として私の側にいるけど、ドラゴンは小さくなっても誤魔化しが難しいし、トカゲにしたところで女性陣からあまり好評を得られないだろうということで姿を見えないようにしている。ドラゴンもフェンリルも魔法が使える伝説の生き物、所謂魔物だ。今では存在すら信じられているかという域に達しているけど、現実私とこうして生活しているあたり奇妙なものだと思う。
「クラス、おはよう」
「おはよう、メル」
特別仲良くしてる侍女のメルが笑顔で迎えてくれる。彼女も洗濯だ。
「今日は天気どう?」
「雨降らないみたい」
連れだって少し東に進めば洗濯場に出る。早朝は人がいないからやりやすい。人が多いと視線も多いし、昨日みたくひそひそ言われ無駄に疲れるので避けて生活している。
「クラス、あの子」
「おや?」
洗濯物を洗い続けながらメルの視線を追うと、中に入らずこちらをじっと見つめるサクがいた。
目が合ったので、立ち上がり小走りで向かうと小さな肩がびくっと鳴る。来ると思わなかったのかな?
「サク、おはよう」
「おう」
「朝早いね? 眠れなかった?」
「いや……」
簡素な服に着替えてはいるけど、それですら上等なものだ。イルミナルクスは新興国だけど東の大陸の各国と交易が盛んで末端の国民まで裕福だと聞いている。公爵でもあるサクが上等なものを着ていておかしくない。
「サクも洗濯? なわけないか。お付きの人いるもんね?」
「……お前はいつも自分でやってんのか」
「うん。自分の分はね」
あ、いけない。洗濯中なのを忘れていた。
「なんで下働きのやる事を……」
「ん? なあに?」
「いや……」
じっと洗濯中のシーツを見つめている。
「見てく?」
「え?」
「洗濯、折角だから見てく?」
「……おう」
小さく頷く姿が可愛いくて手をとって連れていく。おい、と呼ばれたけど無視した。そりゃ貴族や王族のマナーから考えてほぼ初対面の人同士で手なんて繋がないのが常識だけど、こうでもしないとこっちに来なさそうだもの。
「クラス、その子」
昨日見たと言うメルにサクを紹介する。
「サクだよ。サク、侍女のメル。私に優しくて仲良しなの」
「初めまして」
「……」
私の後ろに引っ込んでしまった。シャイな子ね。
「話は聞いてたけど、こっちに用ないわよね?」
皇帝のお気に入りなんでしょと軽く話題を振る。サクは私の後ろから出てこなかった。
仕方ないのでそのまま洗濯をすることにする。
「まあね。今緊張してるみたいだけど、いい子だよ」
「にしても美形ね~将来有望じゃない?」
洗濯しながら覗き込もうとするメルの視界からうまく外れるサク。本当に人見知りなのね。
黙っていると肌が綺麗で中性的な顔立ちの子供なのに愛想はいまいちだ。警戒心が解けないのも賓客だから難しいのかもしれない。
「……」
「気になる?」
洗濯する手元を見つめるサクに笑うと、ちらっとこちらを見てすぐに私の手元に戻ってしまう。折角なので洗濯の手順を教えてあげる。石鹸の泡立て方、力加減もろもろ。
「こういう汚れのひどい部分はブラシを使うの」
「……」
するとサクが何を思ったのか桶の中に手をいれた。すぐに手を出して私を見上げるも視線が合わない。
「ぬるい」
「え、あ、あー」
「クラスの魔法だよねー?」
「そ、そうだね、メル」
水は通常冷たいものしか扱えない。それをフェンリルの火の魔法をこっそり上手に使って温めている。メルは私の魔法と勘違いしてくれたけど、サクの訝しんだ視線は私の魔法だと思っていない。疑っている。
サクの視線がするりと私とメルの間にいるフェンリルと私の首元を行き来した。まさかドラゴンが見えてる?
「洗濯終わったらクラス特製の軟膏もあるから手荒れ全然ないし、ここ数年最高の侍女生活安定してるなって思うわ」
「軟膏?」
「ハンドクリームだね。これ」
ハンドクリームという言い方はドラゴンから教わった。周囲にはまだ軟膏で通っている。
持ってきていたクリームを見せてあげた。持たせてあげると開けて中身を観察し始める。塗っていいよと言えば少し手にとって伸ばした。
「本当はもっと広めたいのよね~」
「いいって」
「まあ独り占めも悪くないし、城中の侍女に配るとなると作るの大変だもんね」
サクは匂いを嗅いだり息を吹きかけたり光に当てたりチェックに余念がない。そんなに気になるの。
「今度一緒に作る?」
ばっとこちらに顔を向けるサクの瞳が輝いた。虹が見える。反応が逐一可愛いわね。
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