第6話 別にお前のためじゃないからな!

 笑顔のまま固まったシレが首を傾げた。

 こいつと同じ家具で揃えろと私を指して言う。

 数秒後、固まっていたシレの顔が一気に青褪めた。


「待って! それは駄目止めて!!」

「ここにする」

「いやいやいやなんで?! 君の部屋、さっき案内したよ?!」

「じゃああの部屋のベッドをここに移動するでいい」

「無茶だよ! あれ大きすぎて運べないって」


 大きさの問題じゃない気がする。


「なら床で寝る」

「もっと止めて?!」


 シレが相当焦っている。

 対して私は少し嬉しかった。静かすぎる端っこの部屋に可愛い子がお隣さんとしてやってくるなんて新鮮だ。

 けど立場上良くない。彼は私と違う。来た時見た馬車も着ている服も上等なものだったし、歓待されている立場なら、それに従っておいた方がいいだろう。

 たぶんサクは私に気を遣っている。


「サク」

「別にお前のためじゃないからな!」

「え、私まだ何も言ってな」

「俺がっ、貴族や皇族どものいる場所と同じだと息が詰まるだけだ! こ、ここは一人になるにはちょうどいいしっ、それだけだ! 他意はないんだからな!」

「え、ええと」


 ほうと大人三人がサクの様子を見て頷いている。しまいには三人丸くなってひそひそと話し始めた。

 仕方ないので膝をついて目線を合わせてサクと話を進める。


「サクはどれぐらいの間ここにいるの?」

「……特段期間は決まってない」

「そう」


 まさか私と同じ永年プラン? それは六歳の子には可哀想な気がする。


「国家連合が成立したら帰れるという話にはなってる」

「こっかれんごう?」

「複数の主権国家の連合体」

「んん?」

「それぞれの国が横並びで協力し利益を得て発展する国同士の形」

「んー?」

「おい……今のだいぶ嚙み砕いたんだが?」


 六歳で話す内容かな?

 これを成し得るのであれば、ウニバーシタス帝国に併合された国々が再び独立するということ、だよね?

 私の公国は小さすぎるから、元に戻ることはなさそうだけど、ここ最近武力による強制的な支配がないことを聞くと、サクの話は現実的な気がする。


「よし、オッケー」

「?」


 ぱちんと手を叩くシレはとても嬉しそうだった。


「クラスの部屋と同じように準備するよ」

「……おう」


 サクってばシレの満面笑顔を訝しんでる。まあそうね。さっきまで全否定だったわけだし、この手のひら返しは怪しい。


「でもあまり公には出来ないから内緒にしてもいい?」

「まあそのへんは任せる」


 皇帝との会食は基本参加、寝起きだけこの部屋でとのことだった。サクが連れてきた執事兼護衛はさらにお隣の空き部屋を使う。


「サクってばクラスのこと気に入ったんだね」


 よかったよ、とシレがにまにまして言うものだから、それにサクが肩を鳴らして否定した。


「そ、そんなんじゃ!」

「分かります。クラスは美しい女性ですから」

「だから、そうじゃなくて」

「おや? クラスが美しくないとでも?」

「そこを論議する必要はないだろ」


 大事なところです! とユツィが主張した。


「アチェンディーテ公爵はクラスが好きなのでしょう?!」


 かっとサクの頬が赤くなった。可愛い、照れてるぞ。


「ち、ちがっ」

「大丈夫です。私も彼女を一目見て好きになりました。しかも慈悲の心もお持ちで怪我を即座に治す姿は女神そのものです。立場も公女、つまるところ姫様ですので惚れないわけがありません」

「そんな初対面の奴を好きになるわけないだろ!」

「おや、そうですか?」


 私はクラスが好きですが、としれっと言ってくれるユツィに顔が緩む。彼女も自身の国を併合されて色々大変だったはずだ。それでもこうして私に気を遣ってくれるのだから、本当私は恵まれている。


「私もユツィ好き」

「はい、嬉しいです」


 顔を緩ませてにやにやしあう私たちを見て、サクが舌打ちをした。うーん、言葉遣いといい舌打ちといい、あまり素行がよくないわね。


「だから、違うからな? 勘違いするなよ?!」

「うんうん」


 私の頷きと同じで大人三人も同じように頷く。

 それがサクにとってあまり好ましくないようだったけど、言いたい事を飲み込んでさっさと準備しろとシレに短く言って視線を逸らした。


「指示を出しておくよ」

「あ、掃除なら私やっても」

「は?」


 再びサクが怒りの形相で私を見る。


「公主が掃除だと?」

「自分の部屋は自分で掃除してるし、ついでにお隣もするっていうのは苦じゃないから」


 今日は騎士様たちの治療もないし、容態が悪いと訴えてくる人もいないから比較的時間もある。

 けどサクはそれは駄目だと強く言ってきて諦めることになった。その間大人三人はにまにましながら頷いているだけでなにもしない。フォローぐらいあってもいいんじゃないかな? 掃除するだけだし。


「お前は少し公主としての自覚を持てよ」

「んー、そうだね?」

「……」


 呆れた顔を見せる。


「ほら、サク、そろそろ陛下と会食でしょ? 私のことはいいから行ってきて?」

「……分かった」


 渋々といった様子で大人三人を連れてサクが去っていく。本当豪華な面子だなあと思いながら掃除用具をとりに私も踵を返した。

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