第5話 俺の部屋、ここにする

「シレはともかく、どうして二人とも来るの?」

「丁度訓練も終わりました。クラスと共にいると安心します」

「定期的に城の中は巡回しておきたいしな」


 城の東側は大きく場所をとって皇族エリア、北東が騎士エリア、北東と中央の間に侍従エリア、中央から西よりに厨、洗濯場と続き、西南に侍女エリアがある。元は資材置き場だったのを、シレたちが厨で寝ている私の事情を知って作り変えてくれた西の端っこが私の部屋だ。


「今代の皇帝は下働きにも気を配ってくれる方だから、だいぶ改善したって聞いたけど」

「そうだね」

「……」


 サクは黙っている割に色んな所を見ている。ここに来るまでの騎士たちや内政に関わる要職から、こちらの様子を見る侍女侍従、見える限りで部屋の様子までしっかり目に入れていた。警戒心が強いのか、なにか知りたいことがあるのか分からないけど、六歳には見えない程冷静な視線を向けている。時折何かを考えるような素振りも見せて、虚勢張ってたのは見間違いじゃないかとさえ思えてきた。


「……お前」

「ん?」


 周囲のひそひその内容が彼の耳にも届いたらしい。私の立ち位置は魔女として恐れられている。改善したとはいえ、侍女侍従の中でも近づくと呪われると思っている層はまだいるだろう。

 悪い魔女が第二皇子とその婚約者、第三皇子に今日御呼ばれした賓客を連れていたら目立つ。魔女がなぜ一緒にいるのかと言われても仕方のないことだ。


「嫌われてるのか?」


 んー、随分はっきり言ってくれるなあ。ぐさっときたよ?


「仲良い子もいるよ」


 丁度いいところに侍女のメルが洗濯物を抱えて通り過ぎるところだった。後でご飯が~と笑顔で他愛無い話をして手を振って別れる。ああして私の周囲の皇子たちを鑑みず話しかけてくれる子もいれば、離れた壁際でひそひそ言う侍女もいる。それだけだ。


「ほらね?」

「……食事は侍女と同じかよ」

「一人の時が多いけどね」

「は?」


 なんか怒ってるっぽいぞ。なにに怒っているのだろう。


「お腹減ってるの?」

「違う……あー、お前の部屋は?」


 紹介するのもどうかって話だけど、ご要望のようだったので連れて行った。ユツィたちも気になったのか周囲の様子と私の部屋を覗く。

 部屋に入らず扉の位置から数人で中を覗くだけって異様な光景ね。


「……ここが、お前の部屋?」

「うん? 面白味ないでしょ?」

「……そういう事じゃないだろ」


 サクがシレに視線を送る。再び「これでも頑張ったんだよ」と苦く笑うシレがいた。


「ねえ名前で呼んでくれないの?」

「……それどころじゃない」

「ええ?」

「公主がどうして下働きと同じ扱いになるんだよ」

「え?」


 屈めと言われたので、膝を折って視線を合わせる。

 サクは躊躇いもなく私のフードをとった。急なことで抵抗できず、私はフードを外され長い髪がぱさりと溢れた。


「金色がかった白髪に孔雀青の瞳はステラモリス公爵家に出る色だろうが」

「サク、知って」

「いくら併合したからって、本来は賓客として扱われるはずだ。こんな粗末な部屋しか与えられないってなんだ?」


 ヴォックスとユツィ、シレを睨み上げる。

 彼らのせいでないのに、そこまで責めるようないい方しなくてもいいじゃない。


「不甲斐無いと認める」

「僕も兄上も頑張ったんだけど、どうにもレックス兄上がねえ」

「私がクラスの側付きになってお守りしたかったのですが私の力及ばず……不徳の致すところだと認識しています」

「ユツィ、それ主旨が違う」


 ふんとサクが鼻を鳴らす。

 くそみたいな国だなと囁いた。んー、言葉遣いがよくないぞ? ついでに言うならさっきから私の待遇を見て言ってくれてる?


「サクは私の為に怒ってくれたの?」

「は?!」

「だって言葉遣い悪くなるぐらい怒ってるのって、私の部屋の話でしょ?」

「そ、そんなわけないだろうが!」


 あ、少し照れた。やっぱり可愛い。まだまだお子様だ。


「優しいのね」

「そんなわけないって言ってるだろうが! ベッドとテーブルしかないんだぞ?! おかしいだろ!」


 クローゼットも小振りだけどあるし、物書き用の机と椅子のセットもあるぞ。窓際にお花も飾ってるし、ベッドの布団も割と値が張るものだ。


「ベッドはユツィが上等なのいれてくれたよ? 食器とかもあるし」


 この部屋をもらった時に、冬はこれさえあれば大丈夫とばかりに良いベッドを用意してくれた。暖炉だって小振りだけどうまいこと作ってくれたから冬場凍えずに済んでるし、来たばかりの三ヶ月とは大違いだ。


「俺は差別があるのがおかしいって話をしたいだけで、お前を特別視してるわけじゃっ」

「特別なの? 嬉しい」

「!」


 墓穴掘ったみたい。自分の言葉に驚いて口に手を当てた。


「充分だよ? かなり良い生活になったし」

「これよりも悪かったのかよ」

「少しの間だけね。すぐ三人が助けてくれたから」


 ぎっと睨み上げると再び三人がしゅんとした。大人が子供に怒られてる。不思議な画ね。


「ステラモリス公主だろ? こんなんでいいのかよ」

「心配してくれてありがと。嬉しい」


 ぐぐぐと唸るサクは視線を逸らし、何かを見つけたのかそのまま離れていく。

 隣の部屋だった。ドアを開けて中を見ている。


「サク、どうしたの?」

「空き部屋か」

「あー、そうだねえ。クラスの部屋を造る時に二つ余分にできちゃって」

「……」


 埃を被っているけど綺麗な方だし、窓も西日が入るから悪くない。侍女の集まるエリアと距離があるから静かだ。ここに部屋を設けてもらった頃はまだ魔女は怖いぞ恐ろしいぞが深く根付いていたから誰もこっちに来ることはなかった。


「……ここにする」

「ん?」

「俺の部屋、ここにする」

「はい?」

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