怪しい手掛かり

「で、どこに行ってたの?」

 ぬるくなったお茶を飲み干して父に尋ねる。父は下唇を噛んで目を丸くすると「ん?」なんて白を切るのだ。それに騙されてやるような優しさなんてない私は目を細めて父を睨んだ。そんな私を見て父は観念したように口を開く。

「わかった?」

「わかるよ、何年娘をやってると思ってんの?」

 呆れたように頬杖をつけば父はお茶を一口啜る。

「二十五年?」

「なんでそこ疑問形なの?四半世紀だよ。さすがにわかりますわよ」

 そうふざけると父は「早く就職先見つけなきゃね」と、とうとう口に出した。父は一瞬しまったと言う目で私の顔色を窺うように見てきた。そして私と目が合うと気まずそうに視線をそらす。別に、そんな顔をする必要なんてないのに。むしろ父にしてはよくもったほうだと拍手すらしたいくらいだ。失言をさせれば家族で一番の父が二日も黙っていられたのだから。

 私は飲み干した茶器に口をつけて僅かな水滴をあおった。

「この年にもなってご迷惑おかけしちゃってすみませんねえ」

 空気を軽くしたくてふざけた口調を作る。それを察してか、お父さんは「何事もタイミングだからね」と濁した。痛みの伴う優しさとは優しさなのだろうか。

「それはそうとどこに行ってたの?」

 話題を変えようと話をふれば父は思い出したようにあの手帳を取り出した。思った通り聞き込みをしていたらしい。大方暑さに弱い私のために一人で回っていたのだろう。こういう人だから尊敬するし、幾分期待もしてしまう。それは私の問題だが。

「念のため海路の線を潰すために来たがやはり間違いなさそうだった」

 そう言うと父は手帳をテーブルに乗せて説明を始めた。

「数年前にとある団体の密航船が見つかってから監視の目が厳しくなったらしく、怪しい船の出入りはほとんど無くなったらしい」

「……とある団体って?」

 私の質問に父は言いにくそうに口ごもる。その様子からこれまでに手に入れた情報を繋ぎ合わせてカマをかけてみることにした。

「例の邪教?」

「……うん」

 私は深いため息を吐いた。こんなにあからさまに怪しい連中がいるなんて世も末だ。というかあまりにも堂々とやりすぎではないだろうか。強力な後ろ盾でもいるのではないかと疑いたくなるほどずいぶん好き勝手に活動しているらしい。

「ただ、スズちゃんの目撃証言が出てきたんだ」

「え⁈」

 ここへきて大きな前進に思わず叫んでしまい、周囲のお客さんの視線が全身に突き刺さるのを感じた。

不好意思すみません吵到你了お騒がせしました

 慌てて周囲に軽く頭を下げ、再び日常に戻る彼らを確認してから私は脚の力が抜けたようにストンと椅子に座った。ただでさえ人の視線というものが苦手なのにそれが異国の人だと思うと余計に不気味で仕方がない。ぷつりと浮かんだ額の汗を拭う。

「……それで、どういうこと?」

 呼吸を落ち着かせて父に向き直ると話を続けてくれる。

「彼女は男と二人でこの辺りを見て回っていたらしい。さっきの洋裁店にも来ていたらしく店主が覚えていたよ。島国の顔立ちの少女と大陸顔の男という組み合わせと二人の言葉遣いから違和感を覚えたらしい」

 父はそう言うと手元も見ずに鞄の中を漁る。

「それからここの隣の乾物屋の店主もこの道を通る二人を目撃していたようで写真を見せたら話してくれたよ。不審に思って声をかけるとスズちゃんは“お父さんに会いに行くんだ”と話していたらしい」

「……どういうこと?」

「わからない。ただ店主はそれ以上追及できなかったと言っていた」

「なんで?」

「持っていたんだよ、あの赤い布を」

「……わかりやす過ぎない?」

「嘘っぽいけど試しに男の人相について聞いたら最後にスズちゃんを見た母親と同じことを言ったんだよ 」

 あまりにもうまく行きすぎた話に私は父の浮かない顔の意味が分かった。もしかしたら私たちは誘い込まれたのかもしれない。けれど理由は全くと言っていいほど思い浮かばなかった。

 真っ先に思いついたのは父の仕事。

 これまで星の数ほどの事件に関わってきた父の事だ、過去に父のせいで損害を受け報復を目論む輩がいる可能性も否定はできない。しかし、大陸がらみの事件など少なくとも私は何も思い当たらない。父を見ても本人にも心当たりがないようで眉間に皺を寄せていた。

 もし父の能力が目当てなら初めから依頼として呼び出せばいいのでは無いだろうか。そう思って考えを改める。

 ————そうだ、父はもう仕事を引き受けないと決めていた。でもだからと言ってわざわざ誘拐までするだろうか。それに連れ去るならスズちゃんではなくより近しい私や父本人を連れ去ったほうがよっぽど話が早いだろう。

 父も同じことを考えているのか眉間に皺を寄せてお茶を口に含んだ。私は唾を飲み込み父に切り出す。

「スズちゃんはお父さんに会うんだって言ってたんだよね」

「……うん」

「でもそれは無理でしょ?もう亡くなったんだから……」

 そう、スズちゃんのお父さんはすでに亡くなっている。だから、会うなんて不可能なのだ。そもそもなぜスズちゃんの父親の事を知っているのだろうか。いや、目的が父ならば色々調べたのかもしれない。

「うん……それは誘い出すための嘘……でも嘘とも言い切れないんだよな……」

「どういうこと?」

 私の質問に父は弱々しい笑みを浮かべた。

「パパの勘は嘘も見抜くって事」

「ああ……そっか」

 父は失せ物探しの能力に止まらず相手の嘘を嗅ぎ分ける能力にも長けている。身内には通用しないらしく、よく私や兄に騙されて涙を飲んでいるが他人であればその残滓を嗅ぎ分けることもできると前に話していた。

 私には簡単に騙されるからいつも忘れてしまうのだけど。

「スズちゃんはそのあとどこに行ったんだろうね」

 茶器を包むように両手で持って尋ねる。父は私の視線を受けて目を伏せた。

「そこまでは聞けなかったからここを出たら聞き込みを始めよう」

 父はそう言うと、とうとう探り当てた煙草とライターを手に立ち上がる。その表情はとても晴れやかだった。

「その前にちょっと一服」

 父はそう言うと呆れる私から逃げるように浮ついた足取りで店の外へ出て行ってしまった。

 一体どれほど煙草を求めていたのだろうかと私はその背中を睨みつけるので精一杯だった。

 扉が閉まる音に肩を落としてから私は店員にお代わりを頼んだ。

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彼女を見つけて 彩亜也 @irodoll

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