第16話 つながりの喜び
<ダンジョンレーストライアル>というレースイベントに、『静寂の森』RTAの世界記録保持者、NoFutureが参加するとのことだ。
だから、俺は直接対決してみたい。できれば、勝ちたい。そうしたところで、俺が世界記録を持てるわけではない。それでも、自分の実力を確かめてみたいんだ。
一発勝負だから、記録狙いとはまた別の戦術が必要になる。『静寂の森』RTAは、運に頼る場面が多いからな。そうなると、安定を狙っていくのが基本になるはずだ。
つまり、基礎技術での勝負になる。そこで勝てれば、俺の実力にも自信が持てるはずだ。いずれ、世界記録を取れるのだと。
他にも、競争することでNoFutureの実力を体感できることも大きいだろう。どの程度の差があるのか、実感として知ることができる。
総じて、RTA走者としての俺にはメリットが多い状況だと言えるだろう。だから、<ダンジョンレーストライアル>にはぜひとも参加したい。
ただ、そうなると、angel_blood達とのSランクダンジョン攻略は止まることになる。2人とも、いい感じで進めてきたのだから、もっと集中したいはずだ。
俺の目標と、みんなでの目標。そのどちらを優先すべきかは、とても悩ましい。だが、俺の心は<ダンジョンレーストライアル>の方へと傾いていた。
やはり、俺は世界記録に少しでも近づきたい。その思いは、全く変わっていないようだ。確かに、他者と交流する喜びはある。それでも、俺の1番の目標は同じなんだ。
とはいえ、今ダンジョン攻略を放り出してしまえば、2人に申し訳が立たない。これまで、うまく協力してきた仲間だからな。どうでもいいとは思えない。
悩んでいた俺の様子に気づいたのか、angel_bloodと碧界が、俺に心配そうに話しかけてきた。
「調子が悪かったりする? それなら、別に休んでも良いわよ」
「そうですね。ステラブランドさんは、私達の大切な仲間です。無理してほしいとは思いませんよ」
そう言われて、胸が暖かくなるような感覚がある。それでも、俺はRTAを選ぼうとしている。俺の心中は、とても複雑な思いでいっぱいだった。
とはいえ、心配をかけているのに、俺の状況を黙っている訳にも行かないだろう。自分勝手なワガママではあるが、俺は今回のイベントに参加したいんだ。
「近々開催するRTAイベントに、俺の目標とする人が出ていてな。参加することで、競い合ってみたいんだ。だが、そうすれば、Sランクダンジョンの攻略に支障が出るだろ?」
俺としては、罪の告白かのような気分だった。だが、2人はそんな俺に笑いかけてくる。
「良いのよ、参加しても。これから先、ずっとイベントってことは無いでしょ? なら、また戻ってきてくれれば良いわ」
「そうですね。ステラブランドさんの目標が、RTAで世界記録を出すことなのは知っています。心置きなく参加して、勝ってきてください。応援していますから」
「あたしも、応援しているわよ。ステラブランドさんには、色々と助けられたわ。今度は、あたし達が助ける番よ」
「同感です。私達の協力が必要なら、いつでも言ってくださいね」
2人の言葉に、とても胸が暖かくなる。思わず、涙すらこぼれるかと思ったくらいだ。俺の仲間が、応援してくれている。その事実は、これまでのどんな経験よりも嬉しい。
本当に、angel_bloodの提案を受けて良かった。そこから全てが始まったのだからな。俺はこれまで1人でRTAを走っていたが、誰かとの交流でこんなに嬉しくなれるなんてな。
まあ、まだ世界記録を更新できた訳じゃない。目の前の、<ダンジョンレーストライアル>に勝てた訳でもない。そもそも、参加するには審査が必要だ。課題がたくさんあるからな。一歩一歩、進んでいかないと。
「ありがとう、2人とも。俺は、最高の仲間を手に入れられたよ」
「お互い様よ、そんなこと。あたしだって、ステラブランドさんと碧界さんのおかげで、『深淵の領域』の1層を攻略できたんだから」
「そうですよ。私の失礼な態度を許してくれたステラブランドさんのおかげです。ですから、当たり前のことなんですよ」
本当に、最高のパーティとしか言いようがない。俺の感謝と同じくらいの感謝を返してくれるんだから。この3人なら、きっとこれから先だって、ずっとうまくやっていけるはずだ。
せっかく2人が応援してくれているんだから、<ダンジョンレーストライアル>の審査に受かって、それでNoFutureに勝ってやらないとな。そうすれば、きっと喜んでくれるだろう。
その先は、またSランクダンジョンを攻略していきたい。間にRTAの時間も挟みたいところだが。3人のそれぞれの目標が、しっかりと達成できるのが理想だ。
あらゆるSランクダンジョンを攻略して、俺は『静寂の森』で世界記録を取る。そうできたら、最高だよな。だからこそ、まずは目の前の目標だ。足元を固めないことには、前に進めないからな。
「なら、絶対に勝ってくるよ。まずは、参加するための審査に合格しないとな」
「そんなものなんですね。ですが、すぐに練習に移るんですよね?」
「ああ、そうだな。参加が確定してから動いていては、勝つことは難しいだろう」
「それなら、いったんSランクダンジョンの攻略はお休みね。残念ではあるけれど、それよりも、あなたの応援のほうが大事だわ」
「同感です。Sランクダンジョンは逃げませんから。しっかりと、練習してくださいね」
angel_bloodも碧界も、Sランクダンジョン攻略には並々ならぬ思いがあるだろうに。それでも、俺の都合を優先してくれる。
だから、2人が困っている時には、俺の方が助けてやらないとな。全力で。それが、2人への恩返しになるだろう。後は、単純に俺自身の望みでもある。
それにしても、碧界は変わったな。以前の彼女なら、俺がRTAのイベントに参加したいと言えば、間違いなく批判してきていた。それが今では、優しい顔で応援してくれているのだから。
「2人は俺の誇りだよ。あなた達の応援があれば、勝てる気がする」
「ふふっ、頑張ってね。あなたが勝つところ、目の前で見せてもらうから」
「そうですね。審査に合格したのなら、当日は空けておきます」
「ありがとう。今の嬉しさは、絶対に忘れないよ」
2人は俺の言葉に微笑んでくれて、とても満たされていた。その日はすぐに解散して、イベント本番に向けた予定をまとめていた。
そんな中、ホットおにぎりも<ダンジョンレーストライアル>に参加申請するという情報が入ってきた。
SNSでコメントしており、応援よろしくお願いしますとのことだ。そこから、アーカイブを見ていくと、彼女の決意表明のようなものが見られた。
「ステラブランドさんに教わったRTAを、イベントという形で表現できればと思います。彼の弟子として恥じない走りを、お見せしますねっ」
その言葉を聞いて、俺はまた泣きそうになっていた。これまで、俺は他人と積極的に交流してこなかった。それをもったいなく思う。
今の俺は、誰かと関わることに、強い喜びを覚えている。ホットおにぎりにRTAを教えたことも、とてもいい経験だったな。
俺自身も、ホットおにぎりの師匠として、恥じない走りを見せていきたいところだ。
もともとやる気だった<ダンジョンレーストライアル>に、更に熱が入ったことを自覚できた。今の俺は、きっと笑っているのだろうな。
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