第17話 出会った故の成果

 <ダンジョンレーストライアル>に応募したが、まだ採用かどうかは決まっていない。それでも、今の段階から準備を進めていかなくては、間に合わないだろうな。


 ということで、『静寂の森』でのRTAを繰り返している。angel_bloodや碧界が、時々様子を見に来てくれるんだよな。ありがたいことだ。


 単なるビジネスパートナーと言うよりは、友達のような関係だと言っていいと思う。そうじゃなければ、RTAの方なんて放っておいて良いんだからな。


 出会ってからの付き合いは短いのに、良い関係になれたものだ。特に碧界は、最初は嫌われていただろうにな。そこから仲良くなれたのは幸運だった。


「ふむ。安定を狙うのは、最速を狙うのとはまた違う技術が必要だよな。分かっていた事ではあるのだが」


 最速を狙うのなら、運要素に頼ることも重要になる。安定を狙うのなら、運要素を減らすのが基本になる。あるいは、運に関わらず攻略できるようにするか。


 これまでとは考え方が違うので、進め方も変わってくる。厄介ではあるが、楽しくもあるな。


 碧界:全パターンで共通の対処をする必要はありませんね。なら、キラーラビットには初撃にこだわらなくて良いかもしれません。

 angel_blood:ああ、確かに。前兆動作の段階で、どの攻撃をするか決めるのが理想じゃないですか?


「じゃあ、一度試してみるか。2人とも、提案ありがとうな」


 ノブナガ:当たり前のように参加してるが、結構な有名人なんだよな。

 止まり木:もしかして、ステラブランドさんのハーレムですか?

 mist:良くも悪くも、ダンジョンに挑む人間は一般人と違いすぎるからな。

 fallen:ステラブランドさんの人徳ですね。


 コメントの方向性が、それぞれに違いすぎる。ハーレム扱いされるのは、2人に失礼なんだよな。とはいえ、言及しても面倒なことになりそうだからな。スルーが安定だろう。


 それよりも大事なことは、せっかく2人が協力してくれているんだから、なんとか意見を役立てることだ。まあ、無理に採用したところで、早くなれはしないのだが。


 とはいえ、俺以外の意見を聞ける機会は貴重だ。俺にはない発想があって、とても参考になる。直接役に立たない意見でも、考えの取っ掛かりになることも珍しくない。総じて、いいアドバイスが多いな。


 やはり、他人と交流してみるものだ。何度も考えていることだが、何度も実感するからな。これまで1人で走り続けてきたのは、効率の面でも良くなかったのかもしれない。


 ということで、1層ボスのキラーラビットに対して、チャートの構築を試してみる。これまでの経験と合わせると、噛みつきには【電光石火】をできるだけ早く撃つ。鎌を振ってきたら、内側に潜り込んでから【電光石火】を放つ。


 どちらにせよ、敵のモーションを読んで、動く先に攻撃を置いていく感じだな。単純なことではあるが、重要だ。


 何度か試した結果、そこそこ良い感じの動きに落ち着いたと思う。1層に関しては、あまり詰めるところが無い段階まで来た気がする。


 もともと、ザコ敵に対しては先制攻撃か、逃げて対処するかだからな。牙の生えたウサギであるバイトラビットは、初手で首を落とせば良い。空から攻撃してくる牙と爪の鋭いカラス、ラピッドクロウは初撃を避けてから距離を取るだけ。


 とはいえ、死のリスクを減らす上では、もっとタイムを犠牲にする選択もありえる。ルール上は、死んでしまえば終わりだからな。そこは避けたいところだ。だが、リスクを恐れすぎるとタイムが伸びない。レースである都合上、急ぐ必要もあるんだ。


「なかなか、難しいものだな。タイムは安定しているが、これでNoFutureさんに勝てるとは思えないんだよな」


 angel_blood:あの人、すごいですからね。私も見てビックリしました。

 碧界:こう言うと失礼ですが、腕前でも差を感じましたね。


 まあ、碧界の言葉は否定できないんだよな。世界記録は、とても運が良い記録ではある。それでも、基礎的な技術がしっかりしているからこそ、運をつかめたと言って良い。


 今の俺が、同じような運に恵まれたとして、同じ記録を出せるかは怪しい。もちろん、とても近づけはするだろうが。


「この調子で練習していて、勝てるものかな。ちょっと、行き詰まっている感じがあるな」


 ノブナガ:根を詰め過ぎなんじゃないか? いくらステラブランドでも。

 mist:俺から見たら、ミスなんて見当たらないのにな。


「実際、ミスらしいミスをしてなくても勝敗が決まる所はあるだろうな。運の要素もあるし、細かい部分で差が出るから」


 ということで、今のところは細かいところを詰めていくことに終止した。その日の配信を終えても、納得はできなかったが。


 だから、息抜きとしてホットおにぎりの走りを見てみることにした。どの程度成長しているのか、確認したかったこともあったからな。後は、見ているだけなら、大して体力を使わないし。


 すると、彼女はかなりの攻めチャートを走っていた。弓を使っていることには変わりないが、だいぶリスクを取る選択をしている感じだな。


 例えば、弓を1発撃った後、結果を見る前に次の動きに入っていたり、バイトラビットは視界に入る選択をした上で、外せば死ぬ状況で弓を撃ったり。


 他にも、ラピッドクロウは外せば攻撃される状況でも、普通に1発だけ撃って駆け抜けていたり。とにかく、死のリスクを許容した走りをしていた。


 まあ、判断としては分からなくはない。ホットおにぎりが参加したら、俺やNoFutureと勝負することになる。そうなれば、安定を取って完走しようとすれば、かなりの遅れが出るだろうからな。


 そうなれば、イベントとしてはかなり分が悪い。だからこそ、死んで脱落の可能性を許容しているのだろう。そうじゃなきゃ、勝負の土台にすら立てないだろうからな。


 ホットおにぎりの熱意は、間違いなく本物だ。そう考えると、嬉しくなってくるな。俺が時間をかけて教えた甲斐がある。


 もう、尊敬すべき1人の走者だと言えるラインに立っていると言って良い。ホットおにぎりの成長が嬉しくもあり、未来の脅威と思えて怖くもあり。


 ただ、ホットおにぎりがRTAを走っていることは、界隈にとっては大きなプラスかもしれない。彼女は美人だし、実力もある。後続が現れるための、良いきっかけになるんじゃないだろうか。


 実際、俺の人気なんて、軽く超えそうな気配があるからな。RTAを初めてから同期間の俺よりも、明らかに視聴者が多い。


 俺は人気よりも記録を優先したいから、素直に嬉しいだけで済む話ではある。だが、承認欲求がきっかけだったら、強い嫉妬に襲われていただろうな。どう考えても、後から入ってきた人間だからな。


 それよりも、俺はホットおにぎりの走りで、とある考えが浮かんだ。これまでは安定ばかりを考えていたが、リスクも必要だろうと。


 思考を進めていくと、頭の中にチャートが浮かんだような感覚があった。これなら、十分に勝てる可能性があるかもしれない。そう思えた。


 まだ、検証はしていない。だが、これまでの出会いがなければ、間違いなく思い浮かばなかったチャートだ。


 とりあえず、試してみないといけない。だが、うまくいったなら、俺はもっと早くなれる。そう確信していた。

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