第13話 一歩立ち止まって

 Sランクダンジョン、『深淵の領域』に挑んだが、結果はあまり良いとは言えない。まあ、初めてでうまくいくとも考えていなかったが。


 とはいえ、対策は必要だよな。何も考えずに何度も挑むのは、賢い選択とは言えないだろう。そうなると、俺達の課題は連携になるはずだ。


 そこで、俺たち3人で、ここから先にどうするかの相談をしていた。


「私としては、Aランクダンジョンで慣らしていくのが良いと思いますね。連携の訓練とダンジョンへの適応を同時にこなすのは難しいでしょう」

「あたしは、もう一度『深淵の領域』に挑むべきだと思うわ。やっぱり、Sランクダンジョンの感覚はSランクじゃないと分からないわよ」


 碧界とangel_bloodの意見が分かれているな。とはいえ、険悪な雰囲気ではない。お互いに、前に進むために建設的な意見を出そうとしている様子。


 この感じなら、どちらに転んでも悪いことにはならないだろうな。俺たち3人で、しっかりと『深淵の領域』攻略に向けて進めるはずだ。


 ということで、俺は落ち着いて様子を見ることができている。喧嘩別れの心配をしなくて良いのは、ありがたいな。


「Sランクダンジョンに挑むにも、ある程度の実力は必要です。無論、私達個人でなら問題はありません。ですが、私達の連携は、十分とは言い難い」

「それにしたって、ダンジョンの中でも連携を深めていくことはできるはずよ。Aランクダンジョン程度じゃ、大した練習にならないわ」


 どちらの意見も、長所と短所がある。当たり前のことだがな。その上で、価値観として攻めか守りかみたいな話だろうな。


 碧界は、十分な対策をした上で挑むことを正着と考えている。angel_bloodは、兎にも角にも挑戦しないと始まらないと考えている。


 俺の意見は、どちらに賛成という話ではないな。RTA走者としての経験から言うと、上級テクニックより何より先に、基礎的な訓練が必要だと思う。


 そのためには、もっと別の手段が必要なんだよな。まあ、2人の性格に合うか合わないかという問題もあるとはいえ。


 ただ、俺の意見を押し通すべき場面ではないよな。せっかく2人が色々考えているのだから、その意見の流れを見ていきたいところだ。


「そうですね。ステラブランドさんは、どちらの意見に賛成ですか?」

「確かに、気になるわね。ずっと聞いているだけじゃないの」

「俺としては、Cランクダンジョンを周回するのはどうかと考えている」


 Eランクダンジョンだと、俺達にとっては簡単すぎる。連携など何も考えなくても、押し切るだけで突破できてしまう。Aランクダンジョンだと、逆に難しすぎる。1回1回の攻略に集中する必要があるので、試行回数を稼げない。


 そのバランスを考えた時、ちょうど良いのがCランクダンジョンだと思うんだよな。ある程度は考える必要があって、周回もできる。


「どちらとも違う考えなんですね。理由はあるんですか?」

「あたしも、聞いてみたいわ。RTA走者としての考えなの?」

「俺たちに必要なのは、基本的な連携だ。そのためには、何度も練習するのが良いはずだ。だから、楽なダンジョンを選ぶって話だな」


 碧界もangel_bloodも、俺の言葉を聞いて考え込む。さて、3人の意見が分かれてしまったが。どうなることやら。素直に、どちらかの提案を選んでおいたほうが良かったか?


「その考えは無かったですね。私とangel_bloodさんは、難しいダンジョンに挑むことが日常でしたから」

「同感ね。わざわざCランクダンジョンに行くなんて、あたし達からは出なかった発想ね」


 ああ、どちらもSランクダンジョン攻略が目標だものな。Eランクに日常的に挑んでいる俺とは、考えが違って当然だ。


 だからこそ、俺はangel_bloodたちとの共同攻略を受け入れたんだ。俺とは違う意見を取り入れるために。そうして、世界記録に少しでも近づくために。


 ただ同じことを繰り返すだけの日々で、単純な訓練には限界を感じていたからな。新しい風を求めていたんだ。


 きっと、angel_bloodと碧界にとっての俺も、同じような立ち位置のはずだ。お互いの存在がお互いの成長に繋がるのなら、理想的な関係と言えるよな。


「なら、一度試してみましょう。私達から出ない発想なら、意外な効果があるかもしれません」

「そうね。動いてみないことには、始まらないわ」


 ということで、俺たちはCランクダンジョン、『赤の坑道』へ向かっていく。そこは、名前の通りに掘り進められた山の中みたいな見た目で、赤い光景が広がっていた。


 このダンジョンにも落とし穴があるのだが、『深淵の領域』よりも明らかに分かりやすい。見るからに床の色が違うからな。ちゃんと注意していれば、まず引っかからない。


 そして、モンスターも適度に弱い。即死攻撃もあるにはあるが、前兆動作が大きいからな。対処は簡単だ。


 『赤の坑道』みたいな環境なら、何度も何度も周回できるだろう。その中で、動きを洗練させていければ良い。


「さて、まずは軽く攻略していくか。そこから、動きの悪かったところを修正していきたいところだ」

「なるほどね。何回も攻略して、RTAみたいにキレイに動こうって話?」

「そういうことですか。ですが、RTAの動きは汎用性が低くありませんか?」


 碧界は、だいぶ詳しくなってくれているみたいだな。ただ、間違っている部分もある。


「基本的には、最速で動くためには、基礎的な動きが重要なんだよ。高度なテクニックより先に、単純な技量がないとダメなんだ」

「そこで、私たちが基礎的な連携をこなせるようになると?」

「仮説段階だけどな。俺も、連携については素人だからな」

「とりあえず、今日1日は頑張ってみましょうよ。考えるのは、その後でいいわ」


 angel_bloodの言う通りだ。とにかくやってみなくちゃ始まらない。立ち止まっているより、動いているだけマシだと思うのは大事だよな。あまりにも高すぎる目標は、動きを止めてしまうことも多い。


 ということで、攻略を進めていく。でかいトカゲみたいなモンスターは、俺が盾になって他の2人が攻撃する。落とし穴は、俺や碧界が見つけていく。ボスである剣を持ったトカゲは、多少ダメージを受けたが問題なく倒せた。


 所詮はCランクダンジョンなので、苦戦らしい苦戦はしない。だが、改善点はいくらでも思いつく。


 angel_bloodが罠に気づかないので、そこのフォローにどうやって言葉を使うか。俺が盾になるだけで、攻撃の効率が悪い状況をどうするか。ボスへの距離のとり方をどう変えていくか。とりあえず、今はそのあたりか。


 ということで、思いついた場所の改善を意識しながら周回を進めていく。うまくいく案も、失敗した案も、たくさんあった。


 例えば、angel_bloodの名前を呼ぶことで注意を促す案は、どこに気をつければ良いかが伝わらなかった。俺が盾でパリィのようなことをして攻撃に転じる案は、数度で成功まで持っていけた。


 何度も何度もダンジョンを走っていくうちに、罠のない状況では、いちいち相手の方を見なくても良くなったのが、今回の最大の成果だろう。


 angel_bloodや碧界がどんな動きをしているか、感覚で分かるようになってきた。相手の方も、同じような感じらしい。


「ステラブランドさんの提案は、結果的に正解だったようですね」

「そうね。あたし達は、見るからに強くなったわ」

「なら、もう一度『深淵の領域』に挑んでも良いかもな」

「そうね。あたし達がどれくらい成長できたのか、しっかりと確認しましょう」


 とりあえず、今回の訓練は成功だったような気がする。それが正しいかどうかは、明日のダンジョン攻略で分かるだろう。さあ、気合を入れていこう。

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