第10話 つながりから得るもの
ホットおにぎりは俺の教えたチャートで走っていて、ある程度完走できているらしい。そこで、一度見てほしいとのことだ。
乗りかかった船ではあるので、予定で埋まっていない限りは受けるつもりだ。俺としても、ホットおにぎりのことは気になっているからな。
俺はこれまで、配信の視聴者のコメントに返答する以外、人と交流してこなかった。ダンジョンに潜るだけで金には困らないので、必要ないと思っていたんだよな。
だが、そんな単純な話でもないらしい。angel_bloodのメッセージから始まった他人との関わりは、想像していた以上に楽しい。
angel_bloodの熱意も、碧界の信念も、ホットおにぎりの努力も、俺に力をくれているのを感じる。これまで1人で配信していたのを、もったいなく思うくらいだ。
ということで、ホットおにぎりが配信を続ける限りは、関係を保っていたいところだな。
相手からライブ通話の通知が来たので、出る。すると、ダンジョンの中にいる姿が見えた。
「こんにちは、ステラブランドさん。そこそこうまくなったと思うので、見ていてください」
「ああ。あなたの努力の成果を見せてくれ。楽しみにしている」
「ありがとうございますっ。あなたが誇りに思える弟子になってみせますよ!」
「ホットおにぎりさんなら、きっとすぐだ。期待している」
「じゃあ、さっそく走っていきますね」
ということで、ホットおにぎりは『静寂の森』へと入っていく。光景が移り変わり、すぐに駆け出していく。木々をすり抜けながら走っており、すでに成長を感じられる。
流石に、上位勢と比べればつたなくはある。全速力で走っていくことはできていない。ただ、木々に引っかかって足を止めることはない。そして、いちいち木の場所を確認もしていない。
つまり、もうどこに木が生えているのか覚えているということだ。俺が初心者だった頃を思えば、驚異的な成長だ。流石だな。
「ここまでだけでも、ホットおにぎりさんの努力が分かるぞ。見事だ」
「ありがとうございますっ!」
一応、返事くらいでは動きは乱れていない。つまり、ある程度は流れとして動けている様子だ。いちいち全力を注がなきゃ走れないようでは、RTAは難しい。
その理由としては、単純に常に集中し続けることが大変だからだ。大技の時くらいは気合を入れたいが、力を入れる場所は選びたいよな。
理想としては、頭を空っぽにしても走れる場所が8割9割になるくらいだな。まあ、現実的には厳しいが。
続いて、ホットおにぎりはバイトラビットが現れる場所まで進むと、歩きながら矢を三発撃って、そのまま走り出す。顔を見る限りでは、当たるのを確信している様子だ。
実際、三発とも命中していた。最後の矢は、額に突き刺さっていた。精度としては、なかなかのものだな。
まだ向上の余地はあるが、最終目標が短剣チャートであることを考えれば、十分と言って良いラインでもある。
「うん、うまいな。武器を自分のものにできている」
「ひとつの武器に集中しろって言ってくれたおかげです!」
そのままホットおにぎりは進んでいき、今度はラピッドクロウの出現位置にやってくる。勢いのままに弓を3発放ち、全て当てていく。敵は倒れていった。
弓で敵を倒す感覚は、完全につかめているようだ。本人の才能もあるだろうが、間違いなくとても努力をしたのだろう。
彼女の配信を見られる時間は少なかったが、この感じなら何度も何度も走っていたことは分かる。敵がどこにいるのか、完全に頭に入っているからな。
「素晴らしい。ダンジョンがしっかり頭に入っているな」
「いっぱい走りましたから! ステラブランドさんに負けないくらい!」
俺は走る日は朝から晩まで配信しているんだが。それに負けないくらいとなると、相当だぞ。ダンジョンに一日で何回も潜るのはおかしいと、視聴者に言われたこともあるからな。
ただ、ホットおにぎりは俺に追いつくかもしれないし、追い越すかもしれない。そう感じるくらい、本気の熱量が見えた。
ホットおにぎりは走り続けて、1層ボスまでたどり着く。デスラビットだ。そいつが持っている鎌が届かない位置から、彼女は射かけていく。動き回る敵に対して、時々は外していく。
見たところ、兎が現在いる位置に対して矢を撃っているな。そうなると、まだ改善できるだろう。
ただ、敵の攻撃範囲に入らないまま、問題なく倒すことに成功していた。立ち回りの面では、あまり言うことがないな。
「逃げ方が上手だな。弓の利点を活かせている」
「せっかく、ステラブランドさんがオススメしてくれた武器ですから!」
そのまま、5層まで順調に進めていき、死ぬことなく攻略に成功していた。確かな成長を感じられて、俺まで嬉しくなってくる。
これが、誰かに何かを教える喜びか。これまでの人生では、知らなかったものだな。
「見事だった。RTAを始めてすぐとは思えない。前回のことを考えれば、別人だと言って良いくらいだ」
「ありがとうございますっ! ステラブランドさんのおかげですよ!」
「このまま進んでいけば、いつかは上位勢になれるだろうさ」
「はいっ! ところで、気になった所はありますか?」
まあ、いくつかはある。とはいえ、意識すれば簡単に改善できるはずだ。なら、言っておいた方が良いかな。
「そうだな。2つある。まずは、弓を打つタイミングだ。敵のモーションを見て、動かない状況で撃つか、動いた後で撃つか。そうすれば、楽に当てられるはずだ」
「なるほど。ありがとうございますっ」
「もう1つは、より高度な技だ。さっきの意見とは矛盾する部分はあるが、相手の動きを見ておいて、移動後の位置に矢が当たるように撃つことだ。いわゆる偏差射撃だな」
「知っていますっ。でも、確かに意識していなかったですね」
「その2つを上手く実行できれば、もっと早く走れるだろう」
「参考になります。今後、気をつけていきますね」
自分で言っていて気づいた。もしかして、短剣でも敵の動く先に攻撃を置いておけないか? それが実現できれば、敵の行動に影響されない走りに、もっと近づけるぞ。
「ホットおにぎりさん、ありがとう。あなたに教えているおかげで、俺も早くなれそうだ」
「それは嬉しいですっ。あなたのお役に立てるのなら、何よりですから」
ホットおにぎりは、本当に嬉しそうだ。こうしていてくれると、交流できて良かったなと思える。実利の部分を抜きにしても。
それからは、彼女と別れた後に思いつきを実行していた。1層ボスのデスラビットや、それ以降の敵に有効な技だと確認できた。
angel_bloodの時といい、ホットおにぎりの時といい、他者に関わってみるものだな。それを強く実感できた一日だった。
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