第9話 初心者向けチャート
ホットおにぎりの実力を確認できたので、これからの方針を考えていきたい。さて、どうしたものか。まずは、本人がどう思っているのかを確認するところからだな。
「ホットおにぎりさん、あなたの目標は何だ? 最終目標ではなく、当面のものだ」
「そうですね。まずは、安定して完走できるようになることでしょうか」
「なら、短剣にこだわりはないと考えても良いか?」
「最終的には、短剣が良いですね。ステラブランドさんみたいになりたくて、RTAを始めたので」
俺の視聴者だったのだろうか。それにしては、コメントを見たことがないが。まあ、見ているだけで満足という人も、居てもおかしくはないか。
実際に俺のファンだというのなら、嬉しい限りではあるが。俺の影響を受けてRTA人口が増えるのは、走者冥利に尽きる。
まあ、ホットおにぎりの言葉が真実であれ嘘であれ、俺のやるべきことは変わらない。ちゃんと走れるように教えていくのが、基本になるだろう。
「俺は短剣使いな訳じゃないけどな。単純に、最速チャートが短剣のものだから、短剣を使っているだけだ」
「そうなんですね。なら、いろんな武器が使えるんですか? 私と同じですね」
「あなたは、どの武器を最も得意としている?」
「今のところは、短剣ですね」
なら、どの武器も使えないというレベルだと言っても良いかもしれない。本人に直接は伝えられないが。
RTA走者基準での使えるは、とりあえず動かせるというレベルではなく、自分の手足の延長線上になっていることだ。ホットおにぎりは、その領域に達していない。
まあ、今から成長していけば、不可能ではないだろうが。それでも、今は一つの武器に専念させた方が良いだろうな。
となると、どの武器が良いか。今のまま短剣を使わせるか、バランスの良い剣と盾を選ばせるか、初心者用チャートのある弓を教えるか。そのどれかだろうな。
まあ、俺が上から決めたところで、本人が納得できないのなら意味がない。RTAは仕事じゃなくて趣味なんだから、効率の優先順位は低い。
結局のところ、本人が走りたいと思える形を選ぶのが、最も良いだろうな。となると、まずは質問からだな。
「武器にこだわりはないって考えても良いのか?」
「そうですね。ステラブランドさんが、いろんな武器を使えるのなら、私も同じ感じになりたいです」
「まあ、まずは一本の武器って決めた方が良いな。あれもこれも手を出すと、どれも中途半端になりがちだ」
「それは確かに。なら、まずは短剣が良いですかね?」
「短剣は、最上位勢向けの武器だからな。初心者向けからは遠いぞ」
「なるほど。だったら、どの武器が良いですか?」
まあ、実質二択だな。剣と盾か、弓か。汎用性を選ぶか、このダンジョンでの使い勝手を優先するかだ。ホットおにぎりは、どちらを選ぶだろうな。
「いろんなダンジョンで使いやすい武器と、『静寂の森』に適した武器と、どっちが良い?」
「それなら、『静寂の森』に合わせた武器ですね」
「なら、弓を使ってくれ。初心者向けのチャートがあるんだよ」
「分かりましたっ。さっそく、教えていただけますか?」
「ああ、もちろんだ」
ということで、理論の説明に入っていく。今日は少し遅いからな。また明日、俺の走りを見せることになるだろう。
その前に、基本的なことについて教えていきたい。彼女が一度走った後に、また説明するかもしれないが。
まあ、何度も聞けば頭に入りやすいはずだ。一度聞いただけで覚えろなんて言うつもりはない。俺は、真面目にホットおにぎりに教えていくつもりだからな。
「とりあえず、なぜ弓を使うのかという話から進めていくぞ」
「はい、お願いしますっ」
「まず、弓の利点は何だと思う?」
「もちろん、遠距離から攻撃できることです」
「ああ、そうだな。なら、なぜ『静寂の森』で、剣と盾より有利になるか分かるか?」
「少し、考えさせてもらっても良いですか?」
「もちろんだ。あなたが成長してくれるのが、一番大事だからな」
そう言うと、ホットおにぎりは納得した様子で考えていく。さて、どんな答えが出るだろうか。それ次第で、今後の教え方も変わってくるだろう。
勘がいい人なのか、あるいはダンジョンについてよく知っている人か。そうじゃないと正解はできない。彼女の言動を考えると、詳しいことはありえないだろうからな。つまり、正解したら、彼女は優れたセンスを持っていることになる。
「分かりましたっ! 木々で足止めしたまま攻撃できるからですね!」
「正解だ。その答えが出せるのなら、才能があると思って良いかもな」
「それは嬉しいですっ。いつか、ステラブランドさんみたいになりたいですから」
「まずは、一歩一歩進めていかないとな。俺も、少しずつ上達していったからな」
「分かりましたっ。まずは、弓チャートで頑張っていきたいですっ」
ホットおにぎりは、とても素直だな。そうなると、俺の教え方が重要になってくる。責任重大だな。
「とりあえず、今日はここまでにしよう。明日、俺が弓チャートでの走り方を見せていくぞ」
「明日も教えてくれるんですか? ありがとうございますっ」
とても明るい笑顔で言われて、これから彼女に教えていくことが楽しくなりそうだった。相手が尊敬しているという態度を見せてくれていると、気分がいいな。まあ、演技の可能性もあるが。そうだとしても、気づかってくれている証だからな。悪いことじゃない。
そして次の日、ホットおにぎりに俺が手本を見せていく。ビデオ通話を開きながらの走りだ。
「じゃあ、始めて行くぞ」
「はいっ。しっかり見させていただきますねっ」
まずは、木々の間を駆け抜けて行って、最初の敵と出会うまで進める。ここまでは、短剣と同じだな。
そして、敵が視界に入った段階で、足を止めてバイトラビットを射抜いていく。額に矢が突き刺さり、敵は倒れていく。
「今回は一発で仕留めることができたが、初心者のうちは、当たるか確認する前に何発か撃ち込むと良い」
「分かりましたっ。確実に当てるためですね」
「そういうことだ。いずれは、走りながら撃つことが目標になるな」
「難しそうですねっ。でも、頑張ります!」
そして、次の敵のところまで走っていく。今度の敵は、ラピッドクロウ。敵が動き始める前に、さっさと射抜いてしまう。
「これが、弓チャートのメリットだな。うまくやれば、回避すらも考えなくて良い」
「攻撃を避けるの、大変ですからねっ」
「ああ。慣れないうちは、走りながら回避まで考えるのは、相当難しい」
それからも同様の動きを続け、1層ボスのデスラビットにまでたどり着く。鎌を振られたら厄介な敵なんだが、弓チャートは運要素が少ないんだよな。
まあ、理由は簡単だ。森に障害物が多いことを利用して、相手の射程外から一方的に弓を射かけてやれば良い。それだけで、どんな行動をされても安定して倒すことができる。
ということで、すぐにデスラビットを倒していった。
「こんな感じだ。短剣だと、運が悪いと死ぬチャートだったよな。でも、弓は相手の行動なんて関係ない」
「なるほど。これなら、簡単かもしれませんね」
「まあ、比較的簡単ではあるな。それでも、あまりにも失敗したら、接近されて大変だが」
「分かりましたっ。気をつけますね」
それから先も、同じように解説しながら、全5層を攻略していった。ホットおにぎりは関心しきりで、少し心配になってしまうくらいだ。
「ステラブランドさん、ありがとうございましたっ。私の方でも、試してみますね」
「ああ。うまくいかない所があったら、いつでも連絡してくれ」
ホットおにぎりは、これからRTAを走っていくだろう。その成長を、できれば見守っていきたいものだ。
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