第4話 熱意の形

 angel_bloodとのレースを終え、その翌日。彼女が『静寂の森』RTAの宣伝をしている配信を見て、少し休んでいる。

 そうすると、ダイレクトメッセージが来ていた。


 碧界:少し、話をさせていただいてよろしいでしょうか。


 知っている名前だ。angel_bloodとSランクダンジョンの攻略をするために、ある程度情報を集めていた。その中で、Sランクダンジョンに挑むひとりとして動画を配信していた記憶がある。


 もしかして、有益な話を聞くことができるかもしれない。ということで、返答することにした。


 ステラブランド:構いません。メッセージで続けますか?

 碧界:フレンド申請を送りますので、通話できませんか?


 ということで、言われた通りにする。すると、すぐにライブ通話の通知が来た。そして開いていく。


 ホログラム状に写った映像には、紫髪赤目の女がいた。スポーツするかのように切られた髪と、強い意志を秘めた瞳が印象的。同時に、とても自信が見える堂々とした顔つきだ。


 その碧界は、すぐに口を開いていく。


「angel_bloodさんを、RTAに誘うのをやめていただけませんか?」

「あなたはangel_bloodさんとどういう関係だ? 友達でもないなら、余計な口出しだろう」

「そうかもしれませんが、彼女の才能は、RTAなんてお遊びに使われて良いものじゃないんです」


 まあ、RTAが趣味のたぐいであることは否定しないが。初対面の人に言う言葉か? いや、判断するのは早いか。一応、俺の発言の一切合切を否定する感じではない。単純に、自分の意志が強いだけだろうか。


 とりあえず、ビックリしてはいるが、案外不愉快ではないんだよな。なんだろうか。俺をバカにするためではなく、本気で信念を押し通そうとしているように見えるからだろうか。


 間違いなく、碧界は全力でSランクダンジョンを攻略している。それは、動画を見ただけでも分かる。アーカイブを流し見したが、俺と匹敵するぐらいにはダンジョンに潜り続けている。つまり、それほど信念に向かってまっすぐ突き進んでいる。


 少なくとも、自分で行動しないまま他者を批判するような愚か者ではない。最低限、自分が率先して動いている。俺の配信の視聴者達は、ダンジョンに潜ることすら大きな苦痛だと言っていた。それが、普通の人間の感覚だろう。


 だが、碧界は何度も死の苦しみを味わいながらも、Sランクダンジョンに挑み続けている。彼女も、彼女なりに人生を懸けている。だから、必ずしも悪人とも思えない。良くも悪くも、信念に対して純粋なのだろう。


 まあ、その信念がどんなものなのかは知らないのだが。Sランクダンジョンの攻略が大事だと思っているのは分かる。


「Sランクダンジョンに本気なのは分かった。それで、何のためにそこを攻略しているんだ?」

「そんなの、分かりきったことです。人類を発展させるためですよ。Sランクダンジョンからは、素晴らしい素材が取れるんです」


 確かに、高位のダンジョンほどいい素材が手に入るというのは、常識と言って良い。そう考えると、碧界の言動に矛盾はないな。何度も何度もSランクダンジョンに挑むのは、素材を手に入れるためなのか。


「Eランクダンジョンの素材だって、人類には必要じゃないか?」

「否定はしません。ですが、Eランクダンジョンは初心者でも入れるところです。才能がある人間は、もっと上を目指すべきなんです」


 立派な志ではあるが、angel_blood本人の意思はどうなのだろうな。俺の感覚では、人類への貢献になんて興味なさそうだが。


 俺としては、ダンジョン攻略は苦痛らしいし、人に強制するものではないと思う。まあ、俺は特に苦しんではいないのだが。


「それは、angel_bloodさんの意思を無視して良いものじゃないだろう」

「Sランクダンジョンに一度挑んだんですから、意思はあるはずです。『試練の洞窟』1層を攻略したんですから」


 まあ、実際のところ、俺はSランクダンジョンの攻略を手伝ってくれと頼まれた。だから、攻略の意思自体はあるんだよな。とはいえ、碧界のような考えではないだろうが。


 自分が世界で一番になるために戦っている。それについて、碧界はどう思うのだろうな。そこが、今後の俺達の関係に大きく影響するだろう。


 まあ、お遊びが嫌いらしいし、俺達みたいな動機には共感しないタイプに見えるが。


「それでも、他人が人生を決めて良いことではない」

「Sランクダンジョンの価値を知らないから、そんな事を言えるのです!」

「なら、教えてもらおうか」

「分かりました。まずは、ミスリルを知っていますか? 加工が容易い上に、経年劣化しない素晴らしい金属です。しかも、半導体としても使用できる。まさに、人類の夢なのです」


 確かに、Sランクダンジョンで手に入る素材だ。『機械仕掛けの間』で入手できたんだったか。ニュースにもなっていたから覚えている。


 まあ、それほどの素材は簡単には手に入らないよな。分かる話ではある。だから、需要はとても大きい。


「他にも、多くの新薬の原料になった、パナシーアだってあります」


 確か、ガンに効く薬と、結核に効く薬が、パナシーアの扱いの始まりだった記憶がある。『白銀の霊峰』で入手できたはずだ。


「エーテルだって、外せません。エネルギー源として、最高峰としか言いようがありませんから」


 確か、電池のように加工すれば、ひとりの人間が千年無補給で過ごせるほどの電力がまかなえるんだったか。『天上の宮殿』の素材だったよな。


 それにしても、俺もずいぶん詳しくなったものだ。つい最近まで、RTAにしか興味がなかったのにな。他人と関わると、新しいことを知れるというのは良く分かった。


 碧界の目は強い意志を持っており、それほどに情熱を注いでいるのだろうと分かる。だから、はた迷惑な物言いなのに嫌いになれないんだよな。


 俺と同じく、目標のために人生の全てを懸けてもいいと思っているのだろうから。そこに、いくらかの共感がある。


 まあ、碧界の方は俺に共感なんてしないんだろうけどな。そこは、なんとなく分かる。


「まあ、Sランクダンジョンの攻略で良いものが手に入るのは分かった。なら、元々の予定通り、angel_bloodさんの攻略を手伝うとするか」

「予定通り? なら、なぜあなたはangel_bloodさんにRTAなど……」

「俺が彼女に協力するための条件だったんだよ」

「そのために、遊びに誘ったというのですか?」


 やはり、碧界にとってはRTAは遊びなんだな。まあ、否定はしないが。人類に貢献しているかと言えば、そうではない。実際、俺だって高尚なものだとは思っていない。


 とはいえ、俺にとっては人生を懸けるべきものだ。あまり、邪魔はされたくないな。


「俺とangel_bloodさんの間で、話はついているんだ。それで十分だろう」

「十分ではありません! あなたに、Sランクダンジョンの攻略のすばらしさを教えてあげます! ですから、パーティを組みましょう」

「angel_bloodさんとの先約があるんだ。あなたとの話は後回しだな」

「なら、彼女とも話をしますから! 逃げないでくださいね。お願いしますよ」


 そう言って通話が切れていく。angel_bloodと碧界の間で話がまとまったら、3人で攻略することになるのか。


 まあ、何でも良い。俺とangel_bloodさんが、お互いに目標を達成できるように、突き進むだけだ。碧界が邪魔になるのなら、必ず説得してみせる。

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