第3話 楽しい勝負

 angel_bloodはRTAを走り始めて、なかなかスムーズに成長しているようだ。俺もいつものように『静寂の森』を走っているが、空いた時間で通常ダンジョンの攻略動画を見ている。


 俺の心は、もう決まっているようなものだな。彼女がどういう結果を出すにしろ、少なくとも一度はSランクダンジョンの攻略に付き合うつもりだ。


 まあ、相性の問題だってあるから、組んだ上でうまくいかない可能性もある。だが、きっと大丈夫だという感覚があった。


 とりあえずはいつも通りの日常を過ごしつつ、少しずつ本番に向けて準備を進めていった。


 そんなある日、angel_bloodから提案があった。


「ねえ、ステラブランドさん。せっかくだから、あたしとRTAで勝負をしてくれないかしら?」

「あなたがどれだけ成長したのかは知らないが、大抵のハンデじゃ勝負にならないと思うぞ」

「だからこそ、挑む価値があるのよ。ついでに、賭けをしない? あたしが勝ったら、あなたはRTAよりSランクダンジョンを優先する。あなたが勝ったら、あたしのチャンネルで『静寂の森』RTAの宣伝をするわ」

「宣伝って、そんなに視聴者がいるのか?」

「あたしのチャンネルの登録者数は、100万人を超えているわよ」


 とても驚いた。大人気じゃないか。俺の登録者数は、1万人を超えたところだ。正直、比べるのもおこがましいレベル。そんななら、angel_bloodの配信を先に見ておけば良かったな。


 だが、angel_bloodの目標は、登録者数と関係のないところにあるのだろう。100万人を超えているというセリフには、何の感情も乗っていない。結局のところ、自分が納得できなければ、何人に見られようと意味がないからな。


 俺のチャンネルは登録者数が多い訳では無いが、おそらく100万人が登録したところで、世界記録が出ない限り満足できないだろう。彼女も、きっと同じだ。


 だからこそ、全力で戦いたい。angel_bloodが満足するように。手加減なんて、失礼なだけだろう。まあ、ハンデはつけるのだが。流石に、同じ条件では勝負が成立しないだろう。


「じゃあ、条件としては対等かもな」

「そこはどうでもいいわ。とにかく、あたしはあなたに挑みたい。あなたと組むのにふさわしいって、証明するためにね」

「俺はただのRTA走者だぞ」

「日本1位の記録を持っている、ね。実力では、あたしの方が下なのよ」

「まあ、問答をする気はないが。なら、俺は魔法使いチャートで走ろう」


 魔法使いチャートは、あらゆる武器選択の中で最も遅いと言われているものだ。俺はあまり走っていないし、結構遅くなるだろう。それでも、初心者には勝てると思うが。


「確かに、ちょうどいいハンデだわ。じゃあ、明日でどう?」

「分かった。準備しておく」


 ということで、次の日。俺たちの勝負を配信することになった。


「今日はangel_bloodさんと『静寂の森』でレースをする予定だ」


 ノブナガ:初回のコラボで有名人を連れてくるあたり、ステラブランドは化け物。

 止まり木:もしかしてカップルだったりする?


「あたし達は付き合ってないわよ。ただ、これから協力しようってだけ」


 リンゴ:angel_bloodが居るってことで来ました。

 mist:angel_bloodに賭けるぞ。


「今日は視聴者が多いな。angel_bloodさん様々だな」

「あたしがRTAを走るなんて、初めてだからね」


 ノブナガ:思っていたより仲が良くてビビる。

 リンゴ:初めてのコラボとは思えないよね。


 そこまで仲が良い様子を見せた覚えはないのだが。まあ、何にでも大げさに言う人間はいるからな。今回も、そのたぐいだろう。


「さっそくルールを説明していこうか。俺はコメントを読みながら走る。無言の時間が1分を超えてはならない。魔法使いチャートで走る」

「あたしは、いつもどおりに大剣を使っていくわ。それで、コメントは読んでも読まなくても良い」


 ノブナガ:まあハンデがあるのは当然。

 mist:流石にハンデ足りなくない?


「まあ、お遊びよね。あたしが負けたら、チャンネルで『静寂の森』RTAの宣伝をするわ」

「俺が負けたら、しばらくはangel_bloodのSランクダンジョンの攻略に付き合うことになる」


 止まり木:実質カップル宣言!?

 リンゴ:勝率に対する対価は釣り合ってるっぽい?


 カップルの話はさておき、俺とangel_bloodは対等ではない。実力の面でも、負けたリスクの面でも。だから、いい勝負というのは難しいだろうな。


 それでも、彼女が何かをつかんでくれれば良いのだが。そうなれば、お互いにとって良い関係になれるはずだ。


「じゃあ、さっそく走っていくか」

「そうね。3カウントで行きましょう。3、2、1、スタート!」


 カウントが終わると同時に、お互いにダンジョンへと侵入する。今回はパーティ設定をしていないから、同じダンジョンでも別々の空間にいる。だが、お互いの様子は見ることができる。


 何度考えても、不思議だよな。本当にゲームみたいだ。だけど、素材は手にはいるんだよな。面白いことだ。


 まあ、それは良い。まずは杖を抱えたまま走っていく。魔法使いチャートは、まずここが弱い。駆け抜ける上で邪魔になるほどの大きさの杖が、メインウェポンだからな。身長くらいの長さがある。必然、足が遅くなってしまう。


 mist:短剣より明確に遅いな。確かにハンデになってる。

 ノブナガ:それでもangel_bloodより速いの、化け物。


「魔法使いがRTAで好まれない最大の理由だな」


 angel_bloodは大剣を持ったまま走っている。どうにも、普段から大剣を使っているらしい。堂々とした動きではあるが、俺の方が速い。木々を避けるテクニックが、明確に上だからな。


 単純に駆け抜けるだけなら、大剣使いに慣れている彼女のほうが速いだろう。だが、『静寂の森』は俺の庭。どう走れば足を取られないのかなんて、簡単に分かる。


 そして、牙の生えた兎、バイトラビットが現れる。通り道にいるから、倒さないと進めない。俺は立ち止まって、魔法を放っていく。


「行くぞ、【ヘルファイア】!」


 攻撃の時に立ち止まる必要があるのも、魔法使いチャートの弱点だな。他の武器なら、うまくやればノンストップで駆け抜けることができる。


 バイトラビットは火柱に包まれて、そのまま燃えきっていく。だが、炎が消えるまで進むことができない。単純な攻略なら、火力ソースとして頼りになるのだがな。


 対するangel_bloodは、大剣で敵を両断して、そのまま駆け抜けていく。同時に、俺のところの火柱が消えた。


 止まり木:意外と伯仲してるかも。

 mist:問題は、1層ボスの立ち回りなんだよな。


「そうだな。攻撃をすり抜けつつ反撃ができれば強いが、難しそうだ」


 コメントの通り、1層ボスである、鎌を持った兎、デスラビットが勝負の明暗を分けた。


 俺は、鎌の届かない位置から一方的に魔法を連発した。その結果、比較的スムーズに敵を倒すことができた。


 転じてangel_bloodは鎌に当たらないような立ち回りの結果、倒すまでに時間をかけていた。


 ノブナガ:1層ボスはステラブランドの方が速いか。やはり怪物。

 mist:ああ、これは勝負あったな。


「まあ、勝てただろうな」


 1層ボスで生まれた差が埋まることはなかった。結局、前評判通りに俺が勝つことになった。


「これで、俺の勝ちだな」

「ああ、悔しいわ。でも、満足行く勝負だったわ。ステラブランドさんの強さがよくわかったもの」

「ということで、angel_bloodさんには『静寂の森』RTAの宣伝配信をしてもらうことになるな」

「もちろんよ。これで、ステラブランドさんが有名になるといいわね」


 リンゴ:絶対見ます!


 ということで、その日の配信は終えて、次の日。angel_bloodは約束通りの配信をする。その結果、俺が新しい出会いをするきっかけになった。

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