道場

 バイト先である喫茶店から電車にのって一つの駅を超えた僕は自分の自宅へと帰ってきていた。


「ただいま」


 デカい門を空けて家の中に入る。

 僕の家は長らくの歴史を持つ一応名家といえるような一家であり、江戸の時代より続く道場を代々運営してきた一族だ。

 そのため、家と道場が共に並ぶ僕の家はかなり広い。


「おじいちゃん、帰ったよー」


 僕は自宅の方に向かうのではなく道場の方へと向かう。


「おぉ!帰ったか……それで?買ってきてくれたか」


 道場の方へと顔を見せる僕に対して中にいたおじいちゃんが歓喜の声と共に僕を迎え入れる。


「うん。まぁ、買ってきたよ。というかなかったの?うちに」


「あいにく切らしておってな」


「そう」

 

 僕はおじいちゃんへと買ってくるよう頼まれたテービング類を渡す。


「誰かが怪我したなら一応整骨院に行かせてね?うちの道場から怪我人出てそれを放置で悪化。大炎上とか嫌だかんね?」


「わかっておる!そもそもわしの改革によってのこれじゃぞ!お主の父親よりも時代に乗っておるわ!そこらヘンもばっちりじゃ!」


「……まぁ、おじいちゃんなら大丈夫そうだけど」


 おじいちゃんは時代に取り残されるどころか最先端をひた走りするようなお人である。そこらへんのバランス感覚はしっかりとあるだろう。


「蓮夜くん」


「……の?」

 

 そんなことを考えていた僕は話しかけられてそちらへと視線を送る。


「私は大丈夫よ。大した怪我じゃないわ……ちょっと私が事故ちゃっただけで」


 声をかけられた方に視線を送れば、そこにいたのは道場服を来た若い大人の女性が一人。うちの道場の生徒さんである。


「あっ、そこにいたんですか。気づかなくてすみません。大した怪我ではないのならばよかったです……ですが、問題として本人は大したことはないと思っていても大怪我であったということもあるということです。何か少しでも違和感があれば整骨院の方に行くのをオススメ致します」


「えぇ、わかったわ。わざわざありがとうね」


「いえいえ、当然のことですから。それでは自分はこれで失礼します」


「うん、わかったわ。ありがとう」


「お主、ちゃんと勉強もしておくんじゃぞ?時代に取り残されないようにするのは大切なことじゃからな!」


「うんー」

 

 僕はおじいちゃんと門下生の女性の言葉に頷いてから道場を出る。


 ちなみにではあるが、僕の家の道場で教えているのは実践流柔術。

 内容としてはどんな手を使ってでも相手を倒すことだけに重きをおいた物騒な柔術とは名ばかりの殺法だ。


 そんな殺法を教える我が家の教え子で多いのは女性だ。

 力の弱い女性であっても大丈夫!襲いかかってきた男性を叩き潰そう!殺法でもってね!というのがうちの道場だ。


 広告として女装した僕が鍛えられた大男数人をフルボッコにした動画をSNSに上げたところ大バズリした結果、護身術を学びたい女性たちが道場に通い詰めている。

 歴史ある家に伝えられた殺法なだけはあり、ちゃんと女性でも結構男に勝てる我が柔術は評判が高い。


「ふわぁ……ねむっ」


 もはや文化財レベルの歴史を持つじいちゃんたちが住んでいる古めかしい家を通り抜けて、僕の一族が代々受け継いできた土地を超えて道を一つ挟んだ先。

 そこに建てられている一軒家へと僕は入る。

 水洗トイレもないような文化財で生活するなんて真っ平ごめん。僕とその両親は普通に別の一軒家で暮らしているのだ。


「ただいま」

 

 鍵のかかっていない玄関の扉を開け、女物の靴が三つだけある玄関で靴を脱いで家の中へと入る。

 リビングも廊下も暗い中、僕は階段をあがって自分の部屋へとあがる。


「あっ、おかえりなさい」


「お邪魔してまーす」


「……おかえり」

 

 僕のオアシスである自分の部屋。

 だがしかし、そこは自分の幼馴染三人に占拠されていた。


「……毎回思っているけどさぁ。君たちってば鍵をどうしているの?」


 両親が帰ってくるのは夜遅く。

 二人は道場とは何ら関係ないところでブラックな仕事に従事している。

 というわけで、毎日の朝、僕が鍵を締めて、誰もいない家を出て、今日なのだ。僕以外はいないはずの家の中。

 だが、そこには当たり前のように三人がいる。本当に鍵はどうしているというのだ。


「まぁ、細かいことは良いじゃない。細かい男は嫌われるわよ?」


「そんなことよりゲームしましょ!ゲーム!」


「……ゲーム」


「するわ。お前ら、僕の場所を開けろ」


 僕は鍵などいう些細な問題は隅へと追いやり、鞄を置いてからみんなとゲームを始めるのだった。

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