バイト

 高校が終わった僕は幼馴染の三人から逃げるようにして隠れながら下校し、少しだけ離れたところにある喫茶店へとやってきていた。


「お邪魔します」


「いらっしゃい……あっ、蓮夜くん。おかえり」


「はい、ただいまです。着替えてきます」


「うん、お願い」

 

 おかえり、ただいまと会話しているが、ここは僕の家というわけではない。

 ここは僕の叔父が経営している喫茶店であり、ここで僕はバイトしているのだ。

 おかえりとただいまはアットホームな職場という何故かイメージの悪い職場を目指しているおじさんが定めたルールである。


「入るよー」

 

「良いよー」


 中にいるであろう少女の返答を聞いてから僕は扉を開ける。


「って、まだ着替えていないのかよ」

 

 スタッフ室へと入った僕は部屋の中に置かれている一脚の椅子へと腰掛け、本を開いている少女へと苦笑しながら言葉を告げる。

 彼女は雨宮秋宮。僕の中学生の頃の同級生であり、同じくここでバイトしているバイト仲間である。


「まだお客さんが来るときじゃないし、良いじゃない」


「まぁ、そうではあるけどね。でも僕は着替えるからカーテン閉めるからね」


「えぇ……そろそろ私も着替えようかしら?」

 

 おじさんの経営している喫茶店はそこまで大きなお店でもない。

 バイトは僕と秋宮の二人だけであり、それでも人は回る。

 

 スタッフ室には僕と秋宮のためのロッカーが置いてあり、更衣室はない。

 ここは男女用で分かれているわけではないので、僕と秋宮が一緒に着替えるときはカーテンで仕切って互いの体を隠すのだ。


「僕は着替え終わったからそっち終わったらカーテン開けておいて。僕はしばらくここにいるつもりだから」


「はいはい」

 

 僕が制服へと着替え終えたから少ししたところで着替え終わった秋宮がカーテンを元の位置に戻す。


「ここってば結構稼ぎがいいのだし、もっと厚いカーテンをつけてほしいところね」

 

 僕が座っていた椅子の隣へと腰を下ろした秋宮が口を開く。


「うん。そうだね。もうちょっとで良いから良いやつが欲しいよね。


「そうそう。それで話は変わるけど、学校……というよりあの三人はどう?今」


「いつもと何も変わらないよ。あいつらは僕との距離が近いし、そのせいで周りから睨みつけられるし……そんな中でも僕は虐められずに普通に学校生活遅れているの凄くない?」


「まぁ、あんな伝説が広まっている中で虐められる猛者はいないわよ」


「ん?何か言った?」


「……いや、何でもないわ。それにしてもあの中からさっさと一人を選んじゃないさいよ。一人で三人を独り占めしていちゃだめよ」


「嫌だ、僕は一生三人を独り占めしているから」


「強欲ねぇ」

 

 僕たちが雑談していたところ、いきなりスタッフ室の扉が開かれる。


「ちょっとお店の方を手伝っておくれ。思ったよりもお客さんが増えちゃってね」


 そして、中へと入ってくるのはおじさんである。


「あっ、はーい」


「この時間に?珍しいわね」


 おじさんの言葉を受けて僕と秋宮は共に立ち上がるのだった。

 

 ■■■■■

 

 基本的に僕と秋宮の業務は接客である。

 

「こちらの席にどうぞ。メニュー表はこちらとなっております。ごゆっくりとどうぞ」


「蓮夜。そっちのテーブルを拭いておいて」


「わかった」

 

 僕は秋宮の言葉に頷いてテーブルの上に置かれている食器をおじさんのいるキッチンの方に運んだ後に布巾をもってテーブルの方に向かう。

 

「すみませーん」


「はい。注文がお決まりでしょうか?」


「はい。こちらのショートケーキとモンブラン、ウィンナーコーヒーを二つお願いします。


「承知いたしました。少々お待ちください」


 布巾と先ほど先ほどのお客さんの注文を記録した伝票メモ用紙を持っておじさんのいるキッチンの方へと向かう。


「わかった……が、ちょっとコーヒーの方は淹れてくれないか?もう俺と変わらない味は出されるだろう」


「うん。任せて」

 

 自分で淹れたコーヒーを二つ持って先ほど注文されたお客さんの方に運んだ僕は次に会計を取っている秋宮の代わりに今入ってきたお客様の案内をしていく。


「ね、ねぇねぇ」


「はい、何でしょう?」


「店員さん。私たちと連絡先を交換しませんか?」


「……あの、すみません。業務中ですので」


 何故かやってくる僕への逆ナンも


「あぁぁぁぁぁぁ」


 体感いつもやってくるお客さんの十倍。

 それだけ多く感じるほどの珍しい繁盛ぶりを見せるお店の中で仕事を行った僕は椅子に座って声を漏らす。


「お疲れ様」

 

 既に時刻は19時。もう閉店の時間だ。

 お客さんはもう誰もいない……自由時間だ。


「まさか平日の夕方にあれだけのお客さんが来るとはね」


「本当ですよ。いつも、平日のバイトは緩く出来るはずですのに」


「それを雇い主の目の前で言うか?」


「はっはっは!良いんだよ。今日もコーヒー飲んでいくかい?」


「あっ、お願い」


「私もお願いします」


「あいよ」

 

 僕と秋宮さんの言葉を聞いたおじさんがキッチンの方へと戻っていく。


「……あのさ、一つ言いたいんだけどなんでナンパされたりするのが私じゃなくて貴方なの?ナンパより逆ナンの方が多いってどういうこと?」


「やっぱり僕のショタフェイスが強いのかな?」


「ムカつくわー」

 

 そして、僕は秋宮と雑談を交わしながらコーヒーが来るのを待つのだった。

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