009
虫騒動から一週間が経った。
僕は冒険者ギルドの建物の壁に張り付けてある掲示板を見ている。
「くっ、今日もゴブリン退治と薬草採取をする日々が始める……」
掲示板に貼られた依頼書はほとんど残ってない。
まだ残ってるのは不人気な依頼のみ。
朝の壮絶な依頼取り合戦に敗北した僕達は底辺の依頼しか出来ないのだ。
このままじゃ何時まで経っても上のランクに上がれないじゃないか。
「ポチ……またゴブリン退治だ」
「またですか。もうゴブリンを相手にするのは飽きてきました」
ポチも不満そうにしてる。
でもね、依頼を受けないと金も手に入らない。
【創造】で金貨作っちゃうかって思った日もあったけど流石にそれはね?
あーこんな夢も希望も無い生活嫌じゃ。
僕はもっとファンタジーな世界を冒険したいんじゃ。
「全く、依頼のキャンセルなんてやめてほしいわ」
「ん?」
受付のお姉さんが掲示板に一枚の依頼書を張り付けていった。
なんとなく気になった僕はその依頼書を見た。
「アデュール山の調査……冒険者はBランク以上限定。それに高額な報酬……」
なんか山を調査するだけの依頼っぽい。
それなのにすごく報酬が高い。
これは……面白いことが待ってそう!
「さあ行こうアデュール山へ!」
「依頼を受けないと報酬がもらえませんが?」
「またには見学も大事」
善は急げって言うし?
僕は気になったものは追求しないと夜も八時間しか眠れないんです。
というわけで冒険者ギルドを出発して目的地へ向かって前進だ!
準備とかは【創造】があるんで必要無し。
「ポチは山登り、好きかい?」
「さあ? やったことないんで分からないです」
「そっか。じゃあポチの初めて……もらうね」
「よく分からないですけど山に行くんですか?」
「そうだね」
「山にいるモンスターを狩るんですか?」
「そうかも」
「じゃあ行きましょう!」
ポチの了承も取れた。
行こうアデュール山へ。
未知のイベントが僕を待ってるぜ!
「……で、着いたわけなんだけど」
「何にもいませんね」
どういうわけかモンスターの一匹もいない。
ただ雄大な自然が広がってるだけ。
危険がいっぱいだと思って覚悟してきたのにこれは拍子抜けですよ。
はっきり言うと帰りたくなってきた。
こんなん無駄足じゃん。
「ギャオオオン!」
がっかりしてた僕の耳に飛び込んでくる咆哮。
今のは一体何だろうか?
たぶん山の頂上から聞こえてきたと思うけど。
「頂上に何かいる。行ってみるか」
「……危険では?」
「ん? なんだポチ、ビビってんの?」
「そ、そういうわけでは……」
ポチはそう言うが尻尾も耳もへたってる。
明らかに委縮してます。
「まあ、なんとかなるって。僕は数々の強敵を屠ってきたからね」
「……そうですか」
「とりあえず【隠密】で隠れながら近付こう。それなら大丈夫だから」
「……そうですか?」
心配性なポチを連れて僕は山の頂上へ向かった。
一応、保険として【隠密】を使いながら山登り。
これで咆哮の主からは見つからずに近付けるって寸法よ。
「デ、ディス様……私でも強大な魔力を感じます」
「ヤバいチビりそう」
山の頂上に辿り着くと膨大な魔力が荒れ狂ってる。
ここに来てようやく僕の勘も警鐘を鳴らし始めた。
これは早く下山すべき。
どうやら僕達が来るべき場所ではなかったようだ。
「ギャオオオン!」
逃げようとしたその瞬間。
空から白い何かが落ちてきて、それを追うように赤い何かが近付いてきた。
「と、とりあえず【鑑定】しよう」
その見た目からそれが何かはすぐに分かった。
でもステータスを見るのは大事だから。
対策を立てるために見ないとね。
名 前:
種 族:レッドドラゴン
レベル:56/90
状 態:通常
筋 力:3656
体 力:3599
俊 敏:3245
魔 力:3800
運命力:708
スキル
【気配感知】
称 号
【殺戮者】
名 前:
種 族:ホワイトドラゴン
レベル:48/90
状 態:瀕死
筋 力:3387
体 力:3281
俊 敏:3098
魔 力:3988
運命力:801
スキル
【気配感知】
称 号
無し
やっぱり目の前にいるのはドラゴンみたい。
レッドドラゴンは膨大な魔力を溜めてる。
これはラノベで見たことのあるやつだ。
ドラゴンの代名詞……ブレス攻撃するつもりなんだ!
「ひえっ! ポチ逃げるぞ!」
「は、はい!」
僕達は全力ダッシュで逃げようとする。
それを阻害するかのように空から声が。
「何故人間がここにいる?」
見上げればブレス攻撃を中断したレッドドラゴンがこっちを見てる。
馬鹿な……【隠密】で隠れてる僕達を捉えただと!?
そんな芸当が出来るなら人間に見間違えるのはやめろって!
「え、えっと……ちょっと、観光にですね」
く、苦しい言い訳!
でもこんなプレッシャーの中でまともな言い分が思い付くわけも無し。
「ふざけたことを言う……」
レッドドラゴンの魔力が再び高まるのを感じる。
もしかして怒ってる?
「下等生物が、死ね!」
レッドドラゴンの口からブレス攻撃が放たれる!
僕は恐怖で固まってるポチのおっぱいに飛び込む形でタックル!
どうにかブレス攻撃の直撃は避けられたが余波で吹き飛ばされる!
「我が灼熱のブレスを避けるとは! 人間の分際で生意気な!」
いやいや、避けなかったら死ぬんですけど?
僕は丸焼けになりたくないです。
「ならば我が爪で屠ってくれる!」
レッドドラゴンの爪に魔力が収束。
またなんかやるつもりか。
「ポチは早く逃げるんだ!」
「で、でもディス様は!?」
「僕は……時間稼ぎかな」
僕は手首をリストカットして血の刃物を作り出す。
どうでもいいが、最近は【血液操作】の熟練度も上がってより鋭い刃物を作れるようになった。
なので今の僕は昔よりも攻撃力が上がっているのだ。
「ディス様一人だけでは危険です! 私も残って……」
「ポチは巻き込めないから。早く逃げてね」
今の状況は僕の短慮が原因。
ならば、ポチを巻き込んじゃ駄目でしょ。
というわけで僕はポチを置いて前へ出る。
レッドドラゴンは魔力を収束された爪を振り下ろした。
僕は横に飛んでそれを回避する。
「おぅふ……」
地面は大きく抉れてる。
レッドドラゴンの一撃はどれも必殺級の威力だ。
やっぱり今からでも逃げようかな。
そんな逃げ腰の僕に対してレッドドラゴンが突進をしてきた。
まるで飛行機が突っ込んでくるかのような威圧感。
普通の突進が即死攻撃って本当にズルいと思う。
だが、元厨二病患者を舐めるな。
こんな状況、想定の範囲内だよ。
「踏み込みが甘い!」
僕はレッドドラゴンを避けた。
当たれば死ぬっていう驕りが攻撃を大雑把にしてるんだなこれが。
だからこそ僕みたいな奴でも回避できる。
でも直撃はしなくてもその余波で吹き飛ばされはする。
そんなわけで僕は地面をゴロゴロと転がる羽目になった。
「人間如きにここまで煩わされるとは! だが次の一撃で――!?」
レッドドラゴンが再びブレス攻撃をしようと魔力を収束させる。
しかし、その攻撃が放たれることはなかった。
何故って、邪魔が入ったから。
「ああ! ホワイトドラゴンがレッドドラゴンの首に噛みついたー!」
瀕死だったはずのホワイトドラゴンから思わぬ反撃。
この痛撃に流石のレッドドラゴンも痛そう。
二体のドラゴンはぐるぐる回りながら地面に落ちた。
首から大量の出血をしているけどレッドドラゴンはまだまだ元気。
このままではホワイトドラゴンを跳ね除けるでしょう。
そうなったら……ピンチじゃない?
「小さき者よ! どうか力を貸してくれ!」
ホワイトドラゴンから必死なお願い。
小さき者って僕ですか?
とか問答してる暇は無さそう。
だから僕は走り出した。
これは勝利へ向かってのダッシュなので何の問題もありません。
「やってやる! やってやるぞ!」
僕は血の刃物の切っ先をレッドドラゴンに向ける。
そしてそのままレッドドラゴンの眉間を刺した。
普通なら竜鱗に阻まれて刺さりそうにない。
でも僕知ってるんですからね。
ステータスの数値は絶対ってわけじゃないことを。
「あぁ、運命はまた僕に味方した」
僕に血の刃物がレッドドラゴンの眉間にぶっ刺さる。
その感触は豆腐に箸を突き刺すが如し。
「あ、ありえん……人間に敗北するなど!」
おや、まだ死んでないのか。
流石ドラゴンですよ。
「ギャオオオン!」
レッドドラゴンから特大のブレス攻撃が放たれそう。
これは当たらなくても死ねる。
だけど、その攻撃を放つ前に勝負は決まる。
この一撃で吹き飛べ。
「爆散!」
眉間に刺した血の刃物を弾けさせる。
するとレッドドラゴンの頭部は半分くらい消し飛んだ。
いやーこの血を爆発させる技強いな。
あとどうでもいいけどレッドドラゴンのブレス攻撃は明後日の方向へ飛んでいった。
まあ、人に迷惑かける真似はしないはず。
当たったら運が悪い。
《レベルが上がりました》
このアナウンスが聞こえたってことはレッドドラゴンは確実に死んだな。
しかし、ドラゴンを倒したのにレベルはカンストしないのか。
ちょっとだけ意外だった。
「ディス様ー!」
戦いが終わったことでポチも戻ってきた。
飛びついてくるポチを抱きしめて僕は思った。
ポチはもっと肉を食べさせないと抱き心地悪いな、とね。
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