008

 じっくり時間をかけて町まで戻ってきた。

 【隠密】使ってこっそり帰ってきたから誰にもバレてないはず。


 町の外は凄惨の一言。

 あちこちに虫の死骸が転がってて見てられない。


 そんな虫の死骸の隣で喜び合ってる冒険者達。

 こいつらメンタル強すぎでしょ。



「よっしゃー! 宴だ宴! 酒の用意しとけよ!」



「ひゃほーう! もちろん酒代はギルドマスター持ちですよね!」



「今から確認に行ってくるぜ! まあ答えは決まってるだろうがな!」



 なんか話を聞いてると冒険者達は祝勝会をやるつもりみたい。

 そんなことより先にやることがあるような気もする。

 いや、スタンピードの原因はもういないけどさ。

 危機は本当に去ったのかとか気にならないのかな。



「人間達はこれから何をするつもりなんですか?」



「酒を飲んで騒ぐつもりなんだよ」



「ふーん。人間っておかしなことするんですね」



「まあ、楽しいことなんだよきっと」



「楽しい……?」



「それを知るために僕達も後で参加しようね」



「はい!」



 ポチも宴会に興味津々だ。

 僕もタダで飲み食い出来るとあってはワクワクせずにはいられない。


 というわけで夜まで暇を潰した。


 町中は街灯がほとんどないから真っ暗だ。

 まあ、僕はヴァンパイアだから問題ないけど。

 ポチも夜目が利くみたいだから安心。


 宴会は冒険者ギルドの建物の近くの広場でやってるみたいだ。

 主役は遅れて登場するものとはいえ、早く宴会に行かなくちゃ。



「ひでぶっ!」



 いきなり転んでしまった。

 ちょっと何でこんな所に石があるの?

 町の清掃係はもっと美化活動に力を入れて。



「ディス様大丈夫ですか?」



「おっぱいクッションが無ければ死んでた」



「え? クッションになるほど大きくないような?」



「ポチそれ以上はいけない」



 僕だって並くらいありますよ。

 ポチめ、自分は持ってないから妬んでるんだな。

 女の嫉妬は怖いからやめてよね。



「ん?」



 立ち上がると視界の端から小さな何かが飛んでくるのが見えた。


 昼間なら当たったかもしれない。

 だが、今は夜なのだ。

 避けるのは容易い。



「危なっ!」



 結構ギリギリセーフだった。

 これは見切っていたから最小限の動きで済ませただけですよ。


 ちなみにさっき飛んできたのはナイフだった模様。

 壁にナイフが突き刺さっているから間違いない。


 ナイフが飛んできた方向には人影。

 【気配感知】で分かったのは三人組だということ。

 スキルって本当に便利である。



「これから宴会で楽しむ予定なんだ。邪魔すんな」



「まあ、焦るな。俺達はお嬢ちゃん達に用があるんだ」 



「そうですか。よかったですね。僕達は無関係なのでバイバイ」



「いや、関係はある。昼間の件だよ。覚えてないか?」



「昼間?」



 こんなおっさん達に関係ありそうなイベントあったかな?

 僕はどうでもいいことはあんまり覚えないようにしてるんだ。

 脳の記憶容量は多くないし。



「よくも仲間を半殺しにしてくれたな。覚悟しろよ」



「あいつらも再会を楽しみにしてるぜ」



「へへへ。可愛がってやるからな」



 うーん、なんか昼間に恨みを買ったのかな。

 でも正直、虫のインパクト強すぎてね。

 些細なことは覚えていません。



「やっぱり人違いだわ。僕達は善良な市民だし」



「そんな嘘には騙されんぞ。てめえらが犯人だってことは分かってんだ」



「ふーん。そう」



「観念して素直についてきな」



「いやです」



 もう面倒になってきたな。

 こういう連中はどう扱えばいいのかラノベで知ってるんだからな。

 今は闇夜に紛れて都合もいいしね。



「ポチ、やっちゃえ」



「どのくらいまで?」



「半殺しで」



 僕の合図でポチが走り出す。

 目標は中央のリーダー格と思われる男。

 こういう時って数を減らすために末端の奴から倒した方がいいんだけどね。

 まあ、たぶん大丈夫だろ。

 ポチは進化して強くなってるから。



「てめえ、抵抗すんのか! 俺はCランクの――」



「煩い」



 ポチが飛び蹴りを放った。

 狙われた男は鉈みたいなでかいナイフを構えて防御姿勢。


 が、無駄。

 ポチの蹴りでナイフはポキリと折れた。


 そしてポチは華麗に地面へ着地。

 握り拳を作って次の攻撃への動作に繋げる。



「は?」



 呆気に取られている男の顎にポチのクソラブリーなパンチが直撃。

 哀れ、男は白目を剥いてその場に崩れ落ちた。

 なんか骨の折れる音が聞こえたけど、まあ死んでなければセーフ。



「アニキ!」



「そんな、Cランクのモンスターを追い払ったこともあるアニキが一撃で……」



 残った二人はポチから数歩離れる。

 ふふん、ビビってるじゃん。

 そんなへっぴり腰でポチに勝てるわけないだろ!


 というわけで残った連中もポチがボコっておしまい。

 三人は目立たない路地裏にポイ捨てして財布だけ迷惑料としてもらっていく。


 それから僕達は何事もなく、無事に目的地へ着いたのだった。



「なんか臭いです」



「これが酒の匂いだよポチ」



「これが酒……? 私はあんまり好きじゃないです」



「まあ、大人になったら好きになるかもね」



 僕とポチはテーブルに並んでいる料理の前にやってきた。


 冒険者らしく豪快に肉や魚の丸焼きを切って食べてる感じ。

 一応、ソースや塩胡椒の類はあるみたい。


 とりあえず料理を食べてみた。

 悪くはないけどすごく美味いってわけでもない。

 日本の食文化を知ってるとこれは仕方ないよね。



「食い物はもういい! ジュースだ! ジュースを要求する!」



「じゅーすって何です?」



「美味しいやつ!」



「じゃあ、私もそれをください」



 僕とポチは飲み物を配ってる人に飲み物をもらった。

 まさか未成年に酒を勧める筈もなし。

 安心してジョッキの中身を飲み干す。



「ぶほぉー!」



 おいちょっとー!

 僕の飲み物ジュースじゃないんですけどー!

 どう味わっても酒なんですけどー!



「あ、これ甘くて美味しい」



 ポチは普通のジュースだった様子。

 くそ、何で僕はジュースじゃないんだよ。

 これが嫌がらせですか?



「口直しにもう一杯!」



 今度はちゃんと匂いを確認してから飲む。

 ジュースは砂糖が入ってるのかってくらい甘い。

 そうそう、お子様舌にはこういうのでいいんだよ。



「俺はカマキリ野郎を十匹も殺したんだぜ!」



「俺なんて三十匹だぞ!」



「嘘はやめな! 半分はアタイが殺ったんだ!」



「みんな小せえ小せえ。ギルドマスターなんか百匹だ」



「マジかよ……」



 酒で酔った連中が武勇伝を語り始めた。

 他人の自慢話を聞いてみんなゲラゲラ笑ってる。

 何が面白いのかは分かんない。

 これがカルチャーギャップか。



「そういや、すげえ数のモンスターをやった奴いたよな」



「ああ、ありゃ一体何だったんだろうな?」



「噂じゃバーサーカーの類いらしい」



「なんだよ、また法螺話か?」



「ち、ちげーよ!」



……ヤバいなこりゃ。

目立ちたくなかったのに僕の預かり知らぬ所から噂が。

このままここにいたら揉みくちゃにされる可能性濃いかな?



「潮時だ……撤収しよう」



「あれ? ディス様もういいんですか?」



「もういい。もう充分堪能したよ」



「そうですか」



 誰かに絡まれるの嫌だ。

 タダ飯は食べた。

 ならもうここにいる必要ないな。

 僕とポチは颯爽と去るぜ。



「これからどうします?」



「疲れたし宿屋で寝ようかな……ん?」



 宿屋までの夜道で急に立ち止まる僕。


 何だろう……急に喉が渇いてきた。

 さっきジュースをがぶ飲みしたのにどうして?

 まだ飲み足りないのかな?



「ま、まさか……!」



 僕の灰色の脳細胞はすぐに答えを出してしまう。

 そう、これはラノベで知った展開。

 ヴァンパイアの吸血衝動であることに。


 そういえば異世界に来て僕ってば一滴も血を飲んでない。

 リストカットして頻繁に出血はしてるけど、血の補充はしてないんだ。

 ヴァンパイアとしてこれはあまりに不健全。



「くっ! 収まれ僕の衝動……!」



 ヴァンパイアって血を飲まないとこうなるのか。

 これが禁断症状ってやつ?


 なんか大声で叫びながら暴れたくなる。

 無論、そんな真似したら危険人物として逮捕されちゃうでしょう。

 僕は前科持ちにはなりたくないの。

 どうしようこの気持ち。



「どうかしましたか? そわそわしてますけど」



「なんだか血が飲みたい気分」



「あ、そういえばヴァンパイアでしたね」



「ちょっと人襲ってくる。今の僕は血に飢えるケダモノ……」



「血が飲みたいなら私の血でも飲みますか?」



 なんと、ポチが僕にために献血してくれるらしい。

 これは魅力的な提案だけど、果たして乗っかってもいいのだろうか?

 今の僕ならポチが干乾びるまで血を飲んじゃいそうで怖い。


 そもそもポチってオオカミじゃん。

 人間の血を飲んでこそのヴァンパイアじゃないの?

 というかヴァンパイアってモンスターの血を飲んでお腹壊さないの?


 疑問は尽きませんよ。

 神様教えてください。



「さあ、遠慮せずにどうぞ」



 ポチが服を脱いで下着姿になる。

 そして細い首筋を見せてくる。


 ああ、なんてことだ。

 ポチのおっぱい全然成長してない……じゃなくてポチの血美味しそうですね。



「じゃあ、いただきマンモス!」



 もうお腹壊してもいいや。

 僕はポチの血を吸うぞ。


 さあ、ポチの柔肌に牙を突き立てて……あ、そうだ。



「【創造】で血を作ればいいじゃん」



 スズメの涙ほどの理性が悪魔の囁きをする。

 スキルを悪用しろと。



「創造――アイテム――」



 出来上がったのは血液パックに入った血。

 ヴァンパイアになったからなのかそれはとても綺麗に見える。



「うめえ! 血うめえ!」



 唖然とするポチの隣で僕は血を飲む。


 さっきのジュースよりも美味しい。

 これが異世界の血の味か。



「ふう……余は満足じゃ」



 追加で生み出した血を飲み干したら吸血衝動も収まった。

 冷静になったからこそ色々考えちゃう。


 思い返せばポチの血を飲もうだなんてどうかしてたな。

 ペットの血を飲んで満足しようなんて飼い主失格ですよ。

 よくやった僕の理性。



「あ、もう血を吸わなくていいから服着ていいよ」



「……そうですか」



 なんだかポチは残念そうにしてた。

 僕にはどうしてなのか分かんない。

 だって女の子だもん。

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