007

 ヒイヒイ言いながら戦闘準備をしていると監視役が急に叫び出した。

 どうやらモンスターの大群がやってきたようだ。


 遠くを見れば大量の黒い点が見えますね。

 なかなかの物量です。



「ブゥウウン」



「ん? ん? ん?」



 なんだかモンスターの大群の方から虫の羽音が聞こえる。

 僕って虫は苦手なんだけど……まさかね?



「来たぞ! モンスター共の襲来だ!」



「へへ、連中ってば虫ばっかりね!」



 背筋に悪寒が……!


 遠目に映ったのは空に虫、地に虫。

 全身に鳥肌が立つのは当然の帰結であった。

 ちょっとおぞましすぎィ!


 何でモンスターが全部虫なんだよ!

 こんなの想定外だよ!

 知ってたら絶対参加しなかったぞオラァン!



「森じゃ見たことのないモンスターばっかりですね!」



 ちょっとポチ?

 どうしてそんなに嬉しそうなの?


 笑顔をこっちに向けないで。

 そんなことしてもやる気漲ってこないからね?



「あれ? どうかしましたか? すごい汗ですよ?」



「いや、ちょっと想定外の出来事が起きてるというか」



「大丈夫です! ディス様なら余裕で倒せますよ!」



 笑顔でグッと拳を握るポチ。

 思わず苦笑いしてしまう僕。


 いやいや、問題は強さじゃないし。

 ポチはその辺を機敏に感じ取ってほしいかな。



「ブゥウウン」



 あ゛ぁ……虫の羽音が鼓膜を叩くのおおお!

 吐き気がするううう!



「くそ! 数が多いぜ!」



「もっと矢を飛ばせ! これじゃ撃ち落とせねえぞ!」



 その場で唸ってる僕の隣では冒険者達が攻撃を始めた。


 冒険者達は元気いいな。

 みんな虫は平気なんだろうか?

 そんな彼らの勇気をください神様。



「あれはモンスター。あれはモンスター。あれはモンスター」



 自分に言い聞かせて自己暗示だ。

 大丈夫、僕はやれば出来る子。


 そうさ、あれは虫じゃなくてモンスターなのだ。

 だから殺せる。



「……やっぱり無理ー!」



 目の前には巨大な虫の大群。

 脊髄反射で体が逃げを選択してしまう。



「ディス様?」



 い、いかん。

 このままではポチに対して威厳を保てない。



「やってやる! たかが虫くらいなんだってんだー!」



 気合いだ僕!

 ガッツだ僕!


 こういう時こそ心が試される!

 僕がどのくらい強靭なハートなのか今こそ示す時!



「ダメだ速すぎる!」



「そっちに行ったぞ! 気を付けろ!」



「Fランク共は早く逃げるんだ!」



 あれ、冒険者達が慌ててるぞ?

 何か不都合なことでもあったの?


 なんかこっちに来てるのは【気配感知】で分かるけど。

 どうしてかな……通常の三倍のスピードで迫ってきてるぞ。

 しかもなんだか既視感のあるカクカクとした動きで。



「なんだろう……嫌な予感が」



 こういう時の僕の勘はよく当たるんだ。

 これは……運命の悪戯ですよ。



「ひっ」



 僕の目に映ったのは……黒いあれ。

 黒光りボディーに細い触覚に忙しなく動く口元。


 そう、あれは黒い悪魔

 通称……G。


 それを見た瞬間から僕の記憶は曖昧。

 はっきりしてるのは僕が大量の経験値を稼いでいるってことだけ。

 レベルが上がってることからそれは明白なんだ。



「……ああ、そういうこと」



 理解はしたくないけど僕の灰色の脳細胞は理解してしまった。

 僕はいつの間にか虫を絶対殺すマンと化していたらしい。


 考えたくないけど相当数の虫を殺したんだろうな。

 ああ、記憶が蘇ると身震いが。



「でも、まだ戦いは続いてる……ここが地獄か」



 もう逃げ出しちゃおうかな。

 この町のために戦う理由なんてないわけだし。

 このまま戦ってたら僕の心が死んでしまう。


 ちょうど僕って町から程よく離れてるし。

 一人くらい冒険者が減っても誰も気付かないでしょ。



「ディス様!」



「……ああ、ポチか」



「え!? どうしたんですか!? ゲッソリしてますよ!?」



「はは……ちょっとね。疲れちゃった。もうゴールしてもいいよね?」



「何を言ってるのかよく分かりませんけど……疲れたんですか?」



「まあ、そういうことかな」



「それなら一旦町へ戻りましょう。人間達も徐々に後退してますよ」



「なんで?」



「モンスターの数が減らないんです。だから人間達も休憩するんですよきっと」



「数が減らない……?」



 虫は数が多い。

 一匹いれば百匹はいると思った方がいい。

 しかしこの数はちょっと異常だってことに早く気付くべきだった。


 異世界なんだからこれくらい普通なのかもしれない。

 でも、もしそうなら人類なんてとっくに滅んでそう。


 そもそも虫が大量発生した原因ってなんだっけ?

 ギルマスの説明じゃなかったような?



「……僕は気になったら追求したくなっちゃう」



「ディス様?」



「ポチ。ちょっと遠出しよう。目指すは虫の出現地点」



 こんな悪夢みたいなイベントはさっさと終わらせよう。

 このスタンピードを起こしている親玉がいるならそいつを叩く。

 単なる虫の大量発生なら逃げる。

 これでいこう。


 で、僕とポチは虫の発生ポイントと思われる山の麓にある森へやってきたのだ。



「……簡単に辿り着いたな」



「そうですね。途中でモンスターの邪魔があるかと思ってました」



「もしかして【隠密】の効果かな……?」



 と自分で言ったけどすぐに違うなと思い直す。


 だって僕には【隠密】があるけどポチには無い。

 だから【隠密】が悪さをした結果とは思えない。


 まあ、自分にとって都合の良い運命なら甘んじて受け入れよう。



「むむっ。【気配感知】に反応」



 森の中を移動していると僕の【気配感知】が巨大な生物の気配を察知した。

 どうやらこのスタンピードのボスがいるのは確定のようですね。

 さっさと殺そう。



「……まあ、知ってた」



 現れたのは巨大なクモ。


 巨大クモは森の木々を薙ぎ倒しながら動いてる。

 環境破壊してることに抗議したいが、それよりも気持ち悪さが勝る。


 巨大クモは尻からいろんな虫のモンスターを生み出しているようだ。

 生まれた虫モンスターは一目散に町へ向かって走っていったり飛んでいったり。



「もう泣きたい」



 体が震えてきやがった。

 なお、これは武者震いだから。

 決して虫にビビってるわけじゃないから。



「とりあえずあれを【鑑定】で見てみるか……」



 キモいの我慢して巨大クモを【鑑定】で見る。

 我慢した甲斐がある結果でありますように。




 名 前:

 種 族:スタンピード・スパイダー

 レベル:28/75

 状 態:通常


 筋 力:1091

 体 力:1300

 俊 敏:187

 魔 力:122

 運命力:309


 スキル

 【モンスター生成】


 称 号

 【スタンピードの主】




 ステータスの情報を見てびっくり。

 こいつ今までのボスで一番強い。

 これは無策じゃ勝てないかもしれない。



「ポチ。作戦会議だ」



「え? 正面から殴っていればいいんじゃないですか?」



「この脳筋がよぉ……いいから作戦会議だ!」



 幸運なことにボスは僕達を無視して町へ向かっている。

 だから作戦を立てる時間もあるわけですね。

 まあ、複雑な作戦を練る余裕は無いんで、シンプルな内容ではあるが。



「……つまり私が囮になればいいんですね?」



「そういうこと。ボスを背後から僕が刺すから」



「まあ、ディス様がそう言うなら……」



 ポチが渋々って感じでボスを追いかけていった。


 今回の作戦はポチがボスを誘引。

 ポチの魅力にメロメロなボスの背後から僕が刺し殺すというもの。


 しばらくしたら遠くに行ったはずの破壊音が戻ってきた。

 見ればポチとボスが一緒に走ってくる。


 僕は素早く背の高い木の上に登る。

 そしてポチとボスが通り過ぎたらリストカット。

 垂れ流した血で刃物を作り出すと木の上から飛び降りてボスの真上に。


 僕の思いよ届け!

 今こそ憎い虫に死の報いを!



「マジでこれで死んでえええ!」



 血の刃物がぶっすりとボスに刺さる。

 僕はそのまま刺し込んだ血の刃物をボスの体内で爆散。

 するとボスは動かなくなった。

 なんだ楽勝じゃん。



「ディス様! やりましたね!」



「ちょ、ポチ! それ言っちゃダメなやつ!」



 時すでにお寿司……じゃなくて遅し。

 僕に駆け寄ってきたポチが盛大なフラグを立ててしまった。



「キシャー!」



 ボス、再起動。


 というかクモの鳴き声って初めて聞いた。

 クモってこんな風に鳴くんだな……知りたくなかったが。



「ちょっとポチ! お前のせいでボス死んでなかったじゃん!」



「え!? 私のせいなんですか!?」



「理不尽だけどそうなの!」



「も、申し訳ありません……」



 しょんぼりポチを見てると罪悪感が。

 くそっ、これも全部虫野郎が悪い。

 この報いは絶対受けさせるぞ。



「ボスは弱ってるしここで倒す! じゃないと僕は耐えられない!」



 ボスは口から血を吐いて動きは鈍い。

 今が攻撃する絶好の機会。


 気持ち悪いけど、今を我慢すればもう虫とは関わらなくて済むんだと自分に言い聞かせる。



「キシャー!」



 ボスの体当たり攻撃!

 それを僕とポチは横に飛んで回避!

 すれ違いざまに血の刃物を投擲して少しでもボスにダメージを与える!



「ムーンカッター!」



 ポチの【月魔法】による攻撃だ。

 でもボスには全然効いてない。

 全部ボスの甲殻に弾かれてる。


 あれ、おかしいな。

 僕の攻撃は効いてるのに。

 ポチはまだ子供だから攻撃もしょぼいのかな?



「キシャーッ!」



 ボスが叫んだ。

 でも僕には虫語はさっぱりなんだ。



「だから死ね!」



 僕の殺意マシマシ攻撃がボスに当たった。

 するとボスはビクビクと痙攣してそのまま動かなくなった。

 これはクリティカルヒットしちゃったかな。



《レベルが上がりました》



 今度こそボスをやっつけたな。

 経験値を手に入れたんだから間違いない。



「やったか!?」



「はい! やりました!」



 こうしてフラグ発言してもへっちゃら。

 だってもうボスは死んでるんだもん。



「これで虫と戦わなくて済む……早く帰ろ」



 誰か来る前に撤収だ。

 そんなわけで僕は町へ向かって歩き始めた。


 するといきなりポチが話しかけてきた。

 今は会話する気分じゃないんですけど。



「ディス様! 私、進化できるみたいです!」



「へーそうなんだー」



「ワクワクしますね! じゃあ進化します!」



「頑張ってねー」



 適当に流してしまったが、ポチは進化するらしい。

 まあ、明らかに格上のモンスターを倒せば経験値もガッポリだよね。

 そりゃ進化もしますよ。


 ま、とりあえずポチの進化を見守ることにしよう。



「進化する時はオオカミの姿に戻るんだな」



 どうでもいいことを知ってしまった。

 これからポチが進化する時は人目を気にしなきゃいけないらしい。


 ポチの進化は数分で終了。

 進化中は僕と同じように気絶してた。


 ちなみに見た目の変化は無し。

 変わらないおっぱいを見て露骨にがっかりすんなポチ。



「体の調子はどんな感じ?」



「さっきより軽い感じがします」



 少し動いてもらったが本当に調子が良さそう。

 進化して具合が悪くなったとかじゃなくてよかった。



「それじゃ強くなったポチのステータスを見るかな」



 僕は【鑑定】でポチのステータスを見た。

 ポチは僕のペットなのでプライバシーとかはありません。




 名 前:ポチ

 種 族:シャドウムーン・ウルフ

 レベル:1/50

 状 態:通常


 筋 力:267

 体 力:257

 俊 敏:356

 魔 力:245

 運命力:408


 スキル

 【気配感知】【月魔法】【人化】【偽装】【隠密】

 【闇魔法】


 称 号

 無し




 おお、かなり強くなってる。

 というか僕より強くなってない?

 スキルも増えてるし、ステータスの数値も強い。

 ……やっぱり僕より強くない?



「ん?」



 ここで僕の灰色の脳細胞はポチの称号に注目。

 そう、ポチの称号が消えてるのだ。

 確か【忌み子】とかいう称号があったはず。

 条件次第で称号って消えたりするのかな?



「……まあ、いいか」



 どうせデメリット効果しかないような称号だったし。

 外れたことでポチも喜ぶでしょきっと。



「よし、それじゃ帰ろうか」



 僕達は町へ帰ることにした。

 のんびり帰っていればちょうど戦闘も終わってるはず。


 いや、もう虫は懲り懲りだよ。

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