002

 逃走開始から数分が経過。

 僕はまだオオカミの胃袋に入らず逃げています。


 いやーレッサーヴァンパイアの肉体すごいや。

 レッサーだから内心馬鹿にしてたけど結構スタミナある。

 少なくとも前世の僕よりは運動できる。


 でもね、このヴァンパイアの肉体を駆使しても状況は悪くなるだけなの。

 このままではジリ貧。

 どうしようか。



「あーっ! まだ死にたくなーい!」



 我ながらみっともない声をする。

 でもこれは演技じゃなくてガチなやつ。

 だって女の子なんだもん。



「おっ?」



 と、ここで運命は僕に味方した。

 これが何を意味するか分かるか?

 僕には分かんない。



「キャインッ!」



 何という事でしょう。

 オオカミは巨木の根に足を引っかけて、そのまま木に激突。

 どうやら気絶しちゃったようです。


 この幸運を逃すことはできない。

 今の内に殺しておこう。


 ちなみに僕が生物を殺すことに忌避感は無いタイプです。

 前世は生物の生死に関わることをしてたのかもしれん。

 今更それがなんだって話だけどね。

 今を生きることが重要なんだ。



「さて、どうやって殺そうか。殴ってれば死ぬかな?」



 あんまり時間をかけてるとオオカミが目を覚ますかもしれない。

 そうなる前にさっさと仕留めてしまおう。


 というわけで僕は可愛らしい手をグーにしてオオカミを殴ろうとした……その時。



「おおっ!? なんか頭の中にビビっときたぞ!?」



 突如、脳ミソにヴァンパイアの戦い方がインストールされていく。

 なんか気持ち悪いけど、そんなことより重要なことがある。



《血液操作を取得しました》



 なんかスキルが手に入った。

 スキルってわざわざ生み出さなくても勝手に覚えることもあるんだな。



「ヴァンパイアなら血で戦えってことか! これラノベで見たやつだ!」



 ブラッディな戦い方をする僕。

 なんだ、かっこいいじゃん。

 早速実践しよう。


 僕は即座に爪で手首をリストカット。

 そうすると当然、血がどんどん出てくる。

 その血に魔力を込めるとあら不思議!

 血が鋭利な刃物へ変じた。


 それをオオカミの脳天にぶっ刺せば……ミッションクリアです。



《レベルが上がりました》



 オオカミを狩ったらレベルが上がりました。

 結果オーライだけどいいのだ。



「さて、安全も確保出来たしちょっと休憩……ん?」



 おいおい、また【気配感知】が反応してるじゃん。

 これって……危機ですよ。

 こういう時って期待を裏切らないから。



「ガウッ」



 現れたのはさっきのオオカミとそっくりな奴。

 そして、後に続くオオカミの団体さん。

 どう考えても群れの一匹を殺っちゃたの根に持たれてる。



「逃げろおおおお!」



 なりふり構わず逃げるんだ僕!

 手遅れ感あるけどね!


 しかし、全力で走ってもオオカミからは逃げられない。

 振り返ればオオカミがあんぐりと口を開いてそうで怖い。

 これがホラー映画ですか?



「僕に潔く死を受け入れる心は無い!」



 宣言してみたのはいいけど……さて、どうしよう。

 こんな時こそ僕の灰色の脳細胞を活性化させなければ。


 うーん……あ、そうだ。

 人間って死の間際に走馬灯を見るらしい。

 それって今までの経験から死を回避する方法を探すためなんだって。



「うわあああ! どうでもいいことしか思い浮かばなーい!」



 追い詰められても僕はこんな感じなのか。

 ああ、僕のセカンドライフは短かったな。



「アオンッ」



「キャインッ」



 あれれーおかしいぞー?

 オオカミのような悲鳴が聞こえる。


 これってまさかまたなの?

 僕にまた運命味方しちゃった?


 後ろを振り返ればオオカミの団体が目を回していた。

 どいつもこいつも木の根に足を引っかけてやがる。

 おバカ集団かな?


 まあ、何にせよこれはチャンス。

 今の内にオオカミの命、貰い受ける。



《レベルが上がりました》



 全部のオオカミの脳天を血の刃物でぶっ刺した。

 その結果、結構レベルが上がった。

 周囲はオオカミの死体でいっぱいです。



「ふう……やっと落ち着ける」



 その辺の木の根に座り込む。

 あれだけ走って殺してやったのにそんなに疲れてない。

 ヴァンパイアの体マジ半端ないな。



「さて、レベルアップしたらステータス……気になるよね?」



 そんなわけでステータスチェックの時間だ。

 気になる結果は如何に。




 名 前:

 種 族:レッサーヴァンパイア

 レベル:12/25

 状 態:通常


 筋 力:85

 体 力:63

 俊 敏:64

 魔 力:207

 運命力:1802


 スキル

 【創造】【鑑定】【隠密】【気配感知】【血液操作】


 称 号

 【運命に翻弄される者】




 ちゃんと強くなってる。

 ゲームみたいでテンション上がる。

 これからもどんどんレベルは上げていこう。

 強いことで損することはないでしょきっと。



「よし、そろそろ移動するか。いつまでもここにいられない……ん?」



 おいおいおい、またまた【気配感知】が反応してるよ。

 これって……二度あることは三度あるですよ。

 こういう時って雑魚をまとめるボスが登場するから。

 僕は詳しいんだ。



「アオーーーーンッ!」



 空気がビリビリと震える。

 ちょっとさっきのオオカミたちとは格が違うってはっきり分かっちゃうよ。

 ビビって漏らさなかった僕えらい。




 名 前:

 種 族:ハイ・ウルフ

 レベル:26/30

 状 態:通常


 筋 力:321

 体 力:267

 俊 敏:298

 魔 力:74

 運命力:15


 スキル

 【気配感知】



 称 号

 無し




 【鑑定】で確認したけどこのオオカミ強い。

 今までのオオカミが雑魚に思えるくらい強い。


 何でこんなに強いのか。

 その答えは相手のステータスの中にある。



「……もしかしてこいつ進化してるんじゃないの? ハイ・ウルフだし」



 流石だよ、僕の灰色の脳細胞。

 凡人なら気付かない点も見逃さない。



「そっか、この世界ってモンスターは進化できるんだな」



 この危機的状況でこんなことを考えてる僕は馬鹿野郎。

 でもちょっとくらい現実逃避しちゃうのも仕方ないことなんだ。


 だってこれ負けイベントの濃厚な匂いしてますよ。

 負けるっていうのはつまり死と同じってことです。

 死の気配に背筋がゾクゾクしてきやがった。


 神様、僕に勝ち筋を見せてください。



「この森に人間が来るとは珍しい」



 突然、渋い声が聞こえた。

 僕の聞き違いじゃないなら目の前のオオカミが喋った。


 流石異世界だ。

 動物も……じゃなくてモンスターも話せるんだね。


 というか意思疎通できるなら戦闘回避できるんじゃない?

 これは試してみる価値あるかも。



「よくも同胞を皆殺しにしてくれたな。覚悟しろ、人間」



 あっこれダメだ。

 言葉は通じても話は通じないやつですよ。

 あのオオカミ殺意丸出しです。


 僕が何したっていうんだ。

 正当防衛でオオカミの群れ壊滅しただけじゃん。

 ちょっとわけ分かんないですね。



「ガウッ!」



 オオカミの攻撃!

 鋭い牙が僕を襲う!


 僕は横に転がって躱した!

 代償にボロい服が少し破れた!

 見えちゃうと不味いのがポロリしちゃうー!



「おぅふ、いきなり攻撃とかないわ」



 開始の合図聞こえた?

 正々堂々って言葉知らないのかよ。



「ガアッ!」



 再度、オオカミの攻撃!

 今度は爪で僕を切り裂こうとする!


 この世界はターン制バトルじゃないらしい。

 いい加減、覚悟決めないとヤバいので覚悟、完了。


 僕は手首をまた爪でリストカットして出血。

 その血で刃物を形成するとぶんぶん振り回した。


 でたらめな攻撃だけどオオカミはこれで警戒したのか一旦距離をとる。



「血を操るとは……奇怪だな、人間」



 いやいやオオカミさん?

 血を操る人間なんていないと思うんですけど?

 憶測でものを語っちゃいけない。



「だが所詮は脆弱な人間! 次の一撃で決める!」



 オオカミからのプレッシャーが強まった。

 マジで次の一撃に賭けるみたい。



「アオオオオン!」



 オオカミの必殺技は体当たり。

 超スピードで得た運動エネルギーをぶつけるみたい。


 ……なんて、呑気に解析しとる場合じゃない!


 相手の動きが速すぎて回避は無理。

 つまり、この攻撃は直撃する!


 今の僕にこの攻撃を防ぐ手段、無し。



「あっ死んだわ」



 死を覚悟した僕の脳裏に走馬灯が走る。

 あぁ……楽しかったセカンドライフよグッバイ。



「……ってこんな所で死んでたまるかー!」



 まさにシチューにカツ定食……じゃなくて死中に活を求める。

 極限状態で僕は一つ悟りを開いた。

 世の中諦めなければ案外どうにかなるんじゃないかと。



「痛ああああい!」



 オオカミに腕を噛まれた。

 血が大量にブッシャーと流れる。

 このままじゃ失血死しちゃう。

 マジピンチ。



「……ん?」



 頭から血の気が引いたからこそ発想が冴える。

 ここで聡明な僕は逆転の糸口を見つけた。


 今、僕は出血中。

 オオカミの口の中で出血中。

 なら出血した血を尖らせれば……殺れるんじゃないかなこれ。



「ごふっ!?」



 オオカミを体内から血で串刺し。

 そうしたらオオカミは盛大に血を吐いた。

 その流れ出た血で追撃の倍プッシュ。

 オオカミは死ぬ。


 ふふん、勝ったな。

 諦めない心が僕に勝利をくれた。



《レベルが上がりました》



 ズキズキ痛む腕を天に向かって突き上げる。

 勝利の雄たけびは上げない。

 だって女の子なんだもん。

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