第8話 恋文をしたためるレターセット

 放課後。俺と麻衣はルークスにラブレターをしたためるためのレターセットを買いに、『超特急ムゲンザハンズ』に来ていた。元の世界で聞いたことあるようなないような名前の百貨店……いや、この世界では千貨店というらしいここには、楽しい商品がいっぱい! いっぱい! ある。


 まず、全フロアにそれぞれの種族用の店があり、さっき観葉植物を興味本位で見に行ったらマンドラコラー! があった。引き抜いたら「コラー!」と叱ってくれる、ダメな自分を正してくれる人気のある観葉植物らしい。観葉?


「いっつも思うけど、どこ行ってもハロウィンみたい」

「あぁいうイベントって、時々やるから楽しいんだって思い知ったな」


 異世界になって初めの方は、生活の中にあるファンタジーにテンションが上がった。けど、今みたいに歩けばゴブリンとか獣人とかがいて、『どうしても我慢できないあなたに』というキャッチコピーと一緒に、ヴァンパイア用の血液ドリンク人間味が売られてるのを見たら、お腹いっぱいどころの騒ぎじゃなくなった。


「つか、どうしても我慢できないあなたにってことは、ヴァンパイアは人間の血ぃ吸ったらだめなのか」

「法律で禁止されてるわけじゃないけど、ヴァンパイアにとって人間の血が一番おいしくて中毒性があるらしいよ。そこの血液ドリンク人間味は血液じゃないって言ってたし」

「ノンアルコールビールみたいなこと?」


 この世界にもあるんだな、限りなく同じ味で作ったけど認められないみたいなやつ。


 ……ん? ちょっと待てよ? 言ってた?


「麻衣、クラスメイトにヴァンパイアがいるのか?」

「うん。でも何もやましいことはないよ」

「それやましいことあるやつしか言わねぇんだよ」


 レターセットを見ながら指摘すれば、麻衣は地獄みたいな柄のレターセットを手に取って、「これとかいいんじゃない?」と俺に押し付けてくる。こんなのでラブレター書いたらルークスに魔王の手先かと思われるだろうが。


「いや、だって、その、あまりにも美形だったものですから……」

「別に麻衣の恋愛にとやかく言うつもりねぇけどさ。異世界の住人なんて元の世界に戻ったら会えなくなるし、そもそもヴァンパイアにとって中毒性のある人間が恋人になるってあんまりよくねぇんじゃねぇの? 付き合った結果そのヴァンパイアが麻衣の血が忘れられなくなって、血を提供するだけのタンクにされるかもしんねぇじゃん」

「随分とやかく言われたけど……。好きってわけじゃないよ。顔がブチクソ好みってだけで」

「好みすぎてきたねぇ形容詞使ってんじゃん」


 ちょっと気を付けた方がいいな。異世界の住人を好きになって付き合っても、元の世界に戻ったらいなくなる。わざわざそんな悲しいつながり作らない方がいい。ここは異世界だって割り切って、ゲームの中みたいなもんだって割り切れるなら別だけど、そんな割り切りできる人間はいないと思う。


「……私にそんなに言うなら、エイリーンさんと付き合うみたいなことになったらぶっ飛ばすかんね」

「俺今仲良しゲージ-825なんだけど」

「ごめん」

「いいよ」


 ここからどう付き合えって? 子どもの頃嫌いだったものが大好きになるのとはわけがちげぇんだぞ。なんだよ-825って。もう既に元の世界に帰れる気しねぇんだけど。一人目から人間嫌いってハードル高くね?


 ……いや、文句を言っても仕方がない。そもそも神様の道楽で作られた世界で、俺たちはその道楽の一部。無理難題を押し付けて、それで慌てるさまを見て楽しもうって腹だろう。


 でもそうはいかない。神様にはワリィけど、ルークスさえ手中に収めれば俺たちの勝利だ。勇者ならきっとなんでも解決してくれるだろうからな。フフフ、ハハハ、ハーッハッハッハッハッハッハッハ!!!!!

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