第386話 大切な日常
フィリスと相談したことで、今後に向けての道筋ができたと言って良い。これから相対する闇魔法使いの魔力を一度奪って、黒幕が魔力を注ぎ込むところを逆探知する。
一応、相手が注ぎ込んでこない可能性がある。その場合は、とりあえず闇の魔力を侵食させておこうと考えている。離れている間に何らかの動きがあれば、俺に伝わるように。まあ、おそらくは問題ないだろう。
まあ、今から失敗した時のことを考えても仕方ない。備えは必要ではあるのだが、悲観的すぎてもな。失敗したら味方が死ぬかと言えば、そうではないのだから。
とにかく、まずは当たってみること。そう考えて、近衛騎士たちに相談することにした。近衛騎士の本部に会いに向かって、すぐに尋ねる。
「なあ、ハンナ。次の闇魔法使いの相手は、俺に譲ってもらっていいか?」
「こちらで倒したことになってもよいのなら……。どうしても、対面というものがありますゆえ」
難しい顔で、そう告げられる。まあ、分かる話ではある。どう考えても、俺は部外者だからな。手柄を横から奪っていった形になる。
しかし、目の前の敵以外のことも考えないといけないのは、大変だな。勝った後の政治的な流れを頭において動かないといけないとは。正直、俺には向いていない分野に思える。とはいえ、ブラック家の当主となった以上、何かしら対策は必要なのだろうが。
基本的には、主に政務を担当しているジャンやミルラに従いたいところだな。俺だけで考えても、良い案は浮かばないだろう。
俺が悩んでいると、カミラは退屈そうな顔で反応した。
「まったく、面倒なことよね。どうでもいいことばかりに気を取られていたから、近衛騎士は弱かったのよ」
「傭兵として生きていても、面倒な根回しは必要だったぞ。戦いだけに生きるなど、不可能に近い」
エリナは腕を組みながら言った。まあ、獲物や取り分の話なんかに関わってくるのだろう。ただ活躍しているだけだと、周囲に敵を作ることになる。そんな話に思える。
まあ、今回は譲っておけばいいだろう。というか、とにかく黒幕に近づく方が優先順位が高いはずだ。手柄にこだわって敵を逃がすようなら、それこそ本末転倒というものだろう。
「俺は別に構わない。敵の正体を探ることが優先だからな」
「バカ弟ってば、考えが浅いわよね。ブラック家の評判にも関わるんだけど」
カミラは冷たい目でこちらを見てくる。まあ、否定できない。確かに、俺が活躍したという事実があれば、ブラック家にとっては良い話になる。
やはり、カミラは俺のことを大切に思ってくれているのだとよく分かる。今回の注意も、俺を心配してのことだろう。ずっと甘い顔をしていれば、搾取されるままだという。
とはいえ、ハンナだからやることであって、俺も相手を選んでいるつもりではある。ただの他人なら、今回ほど簡単に譲らないだろうな。というか、もっと厳しく当たると思う。
「カミラ殿がおられますし、こちらで名声の代替はある程度できますが……」
「まだまだ、レックスも青いな。私とて、お前を利用するかもしれないぞ?」
エリナはこちらをじっと見ている。まあ、エリナにだって、当人なりの思惑はあるのだろう。俺のことを師匠として大事にしてくれているのは、間違いないが。
ただ、いくらなんでも、この場にいる相手が俺を破滅させようとするとは思わない。なんだかんだで、借りができれば返してくれる人たちだ。だから、問題ないよな。
「利用されるくらいなら、別に良いんだよな。俺に不利益をもたらす気なんてないだろうし」
「ほんと、甘ちゃんよね。ま、別に良いわ。あたしは、あたしの敵を切り捨てるだけよ」
「わたくしめは、レックス殿のことを優しい方だと思っておりますよ」
ハンナは優しい顔で、こちらのフォローをしてくれる。まあ、エリナやカミラだって、俺を悪く思って言っているわけではないだろうが。
俺が周囲に甘くしすぎれば、軽く見られる。それを気にしてくれていることは、まあ分かる。だから、気をつけるつもりだ。というか、俺はあまり他人を信じていない方だからな。身内以外が相手なら、自然と疑う。
「ハンナのために、わざわざ傷だらけになるくらいだものな? 実は狙っていたりするのか?」
「おいおい、エリナ……。友達のために全力になるのは、普通のことだろ?」
「どう考えても異常なのよね。程度ってものがあるのよ。あんたはやりすぎ」
エリナはからかうような様子で、カミラはジト目でこちらを見てくる。友人のために命をかけるのは、そこまでおかしいとは思わないが。エリナやカミラ、他の仲間が同じ状況になっていたとして、俺は必ず同じことをした。だから、狙っているとかではない。
というか、前世の影響があるから、中学生くらいの相手を狙うのは無理だ。俺の倫理観が許さない。まあ、前世のことは墓に持っていくつもりだから、説明が難しいのだが。
「わたくしめは、嬉しかったです。レックス殿の想いが、伝わりましたよ」
「ふーん。また女を落とそうとするのは、どんな気持ちなのかしらね」
カミラはとても冷たい目で見てくる。前にも同じようなことがあったな。確か、フェリシアの時だったか。フェリシアとバチバチしていたのを覚えている。
まあ、独占欲みたいなものを感じる瞬間はあるからな。とはいえ、カミラが俺を恋愛対象にしているとは思わないが。どっちかというと、姉は弟のものみたいな感情だろう。
「待ってくれ、姉さん。俺にハンナを口説こうという意思はない。誤解だ」
「わたくしめは、口説こうとは思えないほどですか……? 魅力的ではありませんか……?」
ハンナは瞳をうるませて、こちらを見てくる。両手を胸の前で握っていて、本当に悲しそうだ。確かに、俺の言葉は捉えようによってはハンナを軽く見ているという話になりかねないが。
どう言ったものか。ハンナを傷つけたくはないが、だからといって口説くつもりは本当にない。大切な仲間と思っているだけなのだから。だけとは言いたくないが。
「い、いや、違うぞ。ハンナはちゃんと魅力的だ。努力家で、まっすぐで、とても信じられる人だ」
「やはり口説いているのではないか? 師としては、女癖が悪いと損をすると言いたいが」
「エリナまで言ってくるのか!? まだ性欲もまともにない年齢だぞ」
「あんた、いくらなんでも言い訳としては未熟よ。不能ってことになるんだけど」
確かに、中学生くらいで性欲がないのは、まあおかしい。カミラの言っていることは正しい。とはいえ、直球で言ってくるとは思わなかった。流石に否定したい。いくらなんでも、されたくない誤解だ。
「ハッキリと言うなよ、姉さん。いや、違うが……」
「雑な言い訳をするから、隙ができるんだ。泰然自若として、うまく受け流さなくてはな」
腕を組みながら、エリナはうなずいている。確かに正しいのだが、からかっているとしか思えない。ただ、どこまで本気か読めないんだよな。
「こんなところで師匠としての対応をしてほしくなかった……」
「ふふっ、冗談でしたのに。レックス殿は、可愛らしいですな」
口元に手を当てて笑いながら、ハンナは言ってくる。つまり、からかわれていた。本当に困ったし、ハンナの目は確かにうるんでいたのだが。まったく、女は生まれながらにして女優とはよく言ったものだ。
俺はずっと慌てていたのだが、ハンナは楽しんでいたのだろうな。仕方のないやつだ。
「やめてくれよ……。本気で焦ったんだぞ……」
「あっさり動揺して、敵に隙をつかれたらどうするのかしらね。まったく、バカな弟だこと」
そう言いながら、カミラの目には優しさが見える。俺が隙をつかれないように、アドバイスしてくれているという側面もあるだろうな。
やはり、カミラは俺を大事にしてくれている。言葉からは見えない愛情が、確かにあるんだ。
だからこそ、絶対に油断なんてしない。俺はどんな敵にだって負けない。みんなと一緒に、未来を生きるために。
「いや、勝つさ。俺は絶対に、仲間を傷つけさせやしない」
「では、期待しております。レックス殿、次の戦いも、勝ってくださいね」
そう告げるハンナに、俺は強く頷いた。さあ、黒幕に近づいて、さっさと問題を解決してみせよう。そこから、新しい未来が始まるんだから。
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