第385話 先達の知恵

 闇魔法使いが、次々と現れているという問題がある。ほぼ間違いなく、何らかの黒幕が居るだろう。だから、どうにかして正体を探りたい。


 とはいえ、そう簡単に敵が尻尾を出すとは思えない。それに、どうしても後手に回らざるを得ないからな。邪神の性質を考えれば、闇魔法使いになった人間の身辺を探っても、怪しい相手は出てこない可能性だって高い。なにせ、邪神は封印されたまま他者に干渉できるのだから。


 そうなると、こちらの魔法でどうにか対策したい。ただ、良い案は出てこなかった。敵の魔力を通して繋がりを探ろうとしても、無駄だった。すでに植え付けられた後の魔力からでは、発信源の逆探知はできない。


 ということで、俺は行き詰まっていた。その状況を解決するべく、魔法の師であるフィリスに質問をしに向かう。


 フィリスのもとに転移すると、すでにこちらを向いていた。そして、俺に対して薄く微笑みかけてくる。歓迎されているのが伝わって、嬉しくなるな。


 とはいえ、あまり時間を使っていられない。早速、本題に入るとするか。


「フィリス、また相談があってな。今、いいか?」

「……当然。レックスの頼みには、最優先で答える」


 当たり前のように言ってくれることだが、凄まじいことだよな。世界でも最高の実力と知識を持つ魔法使いに、いつでも頼れるということなのだから。


 やはり、俺ももっと成長しないとな。新しい魔法を見ることこそ、フィリスの喜びなのだから。それを、どこまでも与えたい。フィリスを喜ばせるために、頑張っていくべき。


 俺にとってのフィリスへの恩返しは、とにかく実力を高めることだ。まっすぐに、進んでいかないとな。


「ありがとう。最近現れている闇魔法使いなんだが、侵食された闇の魔力を使っているみたいでな」

「……一致。私も、同じ仮説を立てていた。おそらくは、何者かが魔力を植え付けていると」


 フィリスは淡々と語っている。やはり、状況から察することはできたか。俺は、実際に敵の魔力を確認してみないと分からなかった。


 こういうところでも、実力や知識の差を感じるところだな。もっともっと、俺は精進できる。それが分かって嬉しくもあるが。もっというと、更にフィリスが尊敬できる。やはり、最高の師匠なのだと。


 とはいえ、分かっていることを確認するだけでは、何も進まない。しっかりと、いい質問をしないとな。


「どうにかして根源を逆探知したかったんだが、何か策がないと難しそうでな」

「……同感。ただ、一つだけ手段がある。魔力を侵食させること」


 フィリスはすぐに案を返してくる。その思考の早さも、驚くべきところだ。実際、的を射ている。魔力が侵食されている途中なら、俺はどこから敵が魔力を送っているか探れるだろうな。


 とはいえ、実現するためにはいくつか課題もある。そこを解決するための手段は、俺には思いつかない。


「すでに魔力を侵食された後の相手じゃないと、探せなくないか? そこが、どうしても解決できなくてな」

「……収奪。魔力奪取ブラックシーフで、闇の魔力を奪えば良い」


 あまりに簡単に、答えが返ってくる。俺は思わず手を打った。ミュスカの使う技で、敵の使った魔力を奪い取る技だ。応用すれば、敵の魔力を空にできる。つまり、敵はさらなる魔力を必要とするだろう。


 そうして敵が邪神に願えば、おそらく魔力は送られてくるはずだ。やはり、フィリスの見識は凄まじい。


「ああ、そうか! 手に入れた魔力を失えば、間違いなく邪神の誘惑に溺れる!」

「……同意。ミュスカの技だけど、レックスにも使えるはず」

「そうだな。ミュスカには見せてもらったことがある。やれるはずだ」

「……待機。後は、レックスが成果を出すことを待つだけ」


 フィリスは落ち着いた様子だ。まあ、魔力奪取ブラックシーフを使えるのは闇魔法使いだけだ。闇の魔力を使えないフィリスでは、流石に実現できない。だから、俺が実践した結果を確認するしかないのだろう。


 さて、これで答えは出た。毎回、フィリスには助けられているな。新しい魔法を見せる以外にも、少しくらいは恩返ししたいところではあるが。良いものが思いつかない。なら、本人に聞くのが早いか。


「助かったよ、フィリス。おかげで、黒幕に対策できそうだ。何か礼がしたいところだな」

「……要望。レックス、私に抱きついてきて。それで、いい」


 真顔でそんな事を言われて、かなり困ってしまった。とはいえ、目に圧を感じる。おそらくは、本気だろうな。なら、受けたいところではある。それで恩返しになるのなら、安いものだ。


 というか、むしろこっちがもらっているくらいじゃないか? フィリスはとても美人だし、約得と言ってもいいだろう。とはいえ、自分から抱きつくことを考えたら、顔から火が出そうではあるが。


「急に、何を……。かなり恥ずかしいんだが……。ま、まあ、フィリスが納得するのなら……」


 そう言って、俺はフィリスに抱きついていく。すると、フィリスの方からも優しく抱きしめてきた。そこから、少し魔力が全身に通っていくのを感じる。どこか心地よさを感じて、俺は軽く目をつぶっていた。


 しばらくして、フィリスは離れていく。目を開けると、とても満足気に微笑んでいた。


「……確認。これで、いざという時の対策ができた」

「なんか、俺に魔力を通していたよな。一応、抵抗はしなかったんだが」

「……検証。私の編み出した魔法が、ちゃんと使えることの確認。それとも、もう少し私に抱きつく?」


 無表情で、そんな事を言われる。フィリスの編み出した魔法も気になったのだが、もっと大事なことがある。フィリスが本気で俺に抱きつくか聞いているかどうかだ。それ次第では、今よりもっと恥ずかしい思いをする羽目になる。


「俺が求めているみたいなこと、言わないでくれよ。いや、フィリスに抱きつくのが嫌な訳では無いが……」

「……確信。レックスは恥ずかしがり屋。別に、レックスならどこを触っても良い」


 相変わらず変わらない表情で、ものすごいことを告げられる。思わず、フィリスの方をじっと見てしまった。どこでもって、どこでもか?


 もしかして、変なところを触ってもいいとかいう意味が込められていたりしないだろうか。いくらなんでも、俺はやらないからな。


「なんでその話になったんだ? 俺は触りたいなんて言っていないんだが」

「……冗談。でも、レックスが望むのなら、構わない。それも、私の役目」


 全くの無表情で、フィリスは言ってくる。まるで冗談には聞こえないんだが。本気で、俺がどこを触ってもいいと言っていたのか? 信頼されていると思えば良いのか、あるいは女好きだと思われているのか。


 いずれにせよ、フィリスらしくもない発言だな。もしかして、心のどこかでテンションを上げるような何かがあったのだろうか。とはいえ、今の状況で聞くのはセクハラみたいになる。困ったな。


「師匠の役割には、間違いなく入っていないと思うぞ。いや、受け入れてくれるのは嬉しい……、嬉しいか?」

「……興奮。レックスの感情は、少しだけ感じる。私を女として意識している?」

「ま、まあ、抱きつきまですれば、多少は……。いや、変なことを言わせないでくれよ!」

「……残念。レックスが私を求めるのなら、それも面白かった」


 少しも変わらない表情で、フィリスは俺の言葉に反応する。これで笑顔なら、まだ納得していたのだが。本当に、どういう意図だというのか。急にフィリスが分からなくなってきたぞ。まったくもう。


 ただ、フィリスの新しい一面を知ったことで、少しだけ親しみやすさが増した気もする。気のせいかもしれないが。


「いつからフィリスは俺をからかうようになったんだよ……。本当に、急だな……」

「……今回。私の目的も、達成できた。だから、一石二鳥」

「ああ、魔法について実験していたんだったよな。良い魔法だったら、また見せてくれよ」

「……期待。きっと、レックスだけにしか見せない」


 そう語る瞬間のフィリスの笑顔は、ずっと見ていたいと思えるほどだった。


 またフィリスの笑顔が見られるように、さっさと今回の問題を解決しないとな。そんな事を考えながら、俺はフィリスに笑顔を向けた。

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