第383話 リーナ・ノイエ・レプラコーンの笑顔

 私はレックスさんの試合を目の前で見ていました。姉さんに誘われたからではありますが。レックスさんの動きに興味があったのは、事実ですね。


 行われた試合を見たことは、確かに私の糧になったと思います。自分に足りないものを、強く知ることができましたから。


 私には、何もなかった。カミラさんやエリナさんのような切り札と言えるだけの技も、レックスさんのような自分の不利を押し返すだけの覚悟も、ハンナさんのように想いを受け取る純粋さも。


 いま思い返しても、歯噛みしてしまいます。自室で誰も見ていないのが、幸いというところですね。情けない姿を晒せば、王女として隙になってしまいますから。


 とはいえ、向き合うのは前提条件です。自分に足りないものを見ないふりをしたら、それこそ私には何も残らない。


「カミラさんにしろ、エリナさんにしろ、凄まじいですよね」


 カミラさんはレックスさんの防御を貫くだけの魔法を生み出した。エリナさんは同じように、防御を切り裂く剣技を生み出した。


 私がなまじ強い魔法使いだからこそ、異常性が分かります。レックスさんの魔法は、そう容易く対応できるものではありません。むしろ、ただの魔法使いでは抵抗すら許されないでしょう。何もできずに敗北するのが、レックスさんに敵対する者の運命だったはずです。


 ですが、ただの雷使いが、魔法すら持たない存在が、レックスさんに有効打を与えた。偉業と呼ぶことすらおこがましいことですよ。歴史に名を残す程度の軽い意味じゃないんです。


 だって、闇魔法使いはずっと特別だったんですから。レプラコーン王国の歴史ではずっと、闇魔法使いに暴れさせないことを旨としていたんですから。


 カミラさんもエリナさんも、この世界の歴史上で誰一人としてできなかったことを実行したんです。でも、だからこそ悔しさがありました。血が流れるくらいには、拳を握っていましたね。


「私は、五属性ペンタギガ。カミラさんやエリナさんより、間違いなく才能があるんです」


 というか、隔絶した差があって当然なんです。普通は、ひとつ属性が多いだけの相手にも勝てないんですから。そして、四属性以降にはもっと大きな壁があるんですから。


 その五属性ペンタギガにすら勝てるのが、闇魔法使いと光魔法使い。そして、無属性使いと言われています。


 だから、姉さんやジュリアさんがレックスさんに勝っただけなら、まだ納得はしていたでしょう。ですが、その常識こそが、私が捨て去るべきものだったんです。本当に必要だったのは、現実に立ち向かう力だったんです。


「なのに、私はレックスさんに通じるだけの技を生み出せていない。あまつさえ、ハンナさんにも負けた」


 ハンナさんとは、直接戦ったわけではありませんけれど。ですが、ハンナさんがレックスさんに通じるだけの技を生み出したのは事実です。


 本当なら、私が一番乗りすべきだったんですよ。それだけ、才能に恵まれていたんですから。私が過ごしてきた時間は、無駄とまでは言いませんが、惰性に満ちていた。それを認めざるを得ません。


 ただ、いま諦めるなんて論外なんです。先を越されたのなら、追いつけばいいだけ。言葉ほど簡単ではないでしょう。むしろ、空前絶後の難題だと思います。ですが、目の前に達成した人がいて、私だけ逃げるなんてありえない。


 私は自分の手を見ました。さっきまで血が流れていただけで、とてもきれいな手を。王女にふさわしい、シミもタコもない手を。だから足りなかったんですよ。そう理解できましたね。


「今のままでいて良い訳がないですよね。私はフィリスを超えると誓ったんですから」


 世界最高の魔法使いを超えるとの誓いは、安いものじゃない。分かっていたつもりでした。だから、努力を重ねていたつもりだったんです。全身の魔力を引きずり出して、全身が引き絞られるような苦痛に耐えて、それだけで。


「甘かった。ただ苦しみに耐えていれば、それが努力だなんて」


 思わず、うつむいてしまいました。私はどれほど夢想家だったか、思い知らされる気分です。そうですよ。苦しい思いをした私に満足していただけ。それこそが、私の最大の甘えだったんです。


 違いますよね。苦しければ結果が出る訳ではない。時間をかければ結果が出る訳ではない。ただ努力した気分に浸っているだけの時間は、無為だったんですよ。


 私は、もっと必死になるべきだったんです。結果を出すために突き進むべきだったんです。こなした努力を見るよりも、出した成果を見るべきだったんですよ。本当に、口惜しい。愚かだった私が、情けなくて情けなくて仕方がないんです。


「結果を出せない努力に意味なんてない。他の誰よりも、私は知っていたはずでしょうに」


 私はずっと、軽んじられていたんですから。それは、周囲を満足させる結果を出せていなかったから。姉さんの光魔法に目がくらんでいたとしても、その心ごと染め上げるだけの実力があれば良かったんですよ。


 姉さんに勝つことを諦めていた私は、ずっと変われていなかったんですね。下を見て満足していたのが、これまでの私だったんです。それが、私の現実。


「もう、立ち止まってなんていられません。必ず、私は強くなるんです」


 ただ停滞の中に浸るだけの日々は、もう終わらせる。そんな決意を込めて、私は手元に魔力を込めました。まずは、この魔力を自在に操れるようになるところからですね。


 手足よりも正確に魔力を動かせてこそ、私は次の段階に進めるのでしょう。なら、やり遂げるだけです。


「魔力を増やすだけの訓練なんて、生ぬるい。私は、複数の意味をもたせるべきなんです」


 全身から魔力を引きずり出すことは、やめません。ただし、ただ魔力を放出させるだけでなんて終わらせません。私はまず、魔力操作を極める。痛みの中であっても、全く動きがブレない。そこが、私の目指すべき境地でしょう。


 そうと決まれば、突き進むだけです。どれほどの痛苦にまみれようとも、そんなものは前提ですらありません。私はただ、結果だけで証明する。私は、絶対に勝つ。


「さあ、始めましょう。私の甘さに決別して、本当の強さを手に入れるんです」


 そこから、私の人生は始まるんです。レックスさんを誰にも奪わせないために。私の強さを、周囲に刻み込むことで。


 ええ。私の計画にも、役に立つでしょうね。私の魔法で、戦略すら踏み潰す。そのための一歩として。


「レックスさんの隣に並ぶのは、私です。他の誰にも、譲ったりなんてしません」


 本当は、姉さんの二番手で妥協なんかするべきじゃなかったんです。いつか負けるのだとしても、一番を目指す。そうでなくては、二番すらも掴めない。そんなことは、分かりきっていたはずだったでしょうに。


 だから私は、もうなりふりなんて構わない。どれほど恥をさらしたとしても、最後には私が笑う。そうしてみせます。


「姉さんもフィリスも、他の誰だって超える。私が一番だと、証明してみせます」


 レックスさんにふさわしいのは、この私。それを、あまねく天上天下に知らしめるんです。私の力を持ってして。その覚悟が足りなかった。


 私はもっと、全力になるべきだったんです。予防線など貼らずに、言い訳など考えずに。


「痛みが愛の証なんて、違いますよね。レックスさんを支えるのが、私の愛です」


 だからこそ、誰よりも強くなる。レックスさんに勝てるくらいに。レックスさんを守れるくらいに。それこそが、私の生きる意味なんです。


 魔力を引き出しながら操作の練習をする私は、相変わらず痛苦に襲われています。めまいがしそうなほどです。でも、今の私は笑顔でしょうね。


「これまでの私を捨ててでも、私は進化する。絶対に、誰にも負けない」


 そう。私は勝つ。どこまででも努力して。どれだけ先にでも突き進んで。何が何でも、レックスさんを奪う。私は、もう迷ったりしません。


「知恵を振り絞って、想いのすべてを込めて、それでようやく始まるんですから」


 だから、待っていてくださいね。レックスさん、あなたの隣で笑うのは、私なんですからね。

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