第382話 ミーア・ブランドル・レプラコーンの罪過

 ハンナちゃんに頼まれて、私はレックス君の戦いの場を用意したわ。相手は、カミラさんとエリナ先生。どちらも近衛騎士で、模擬戦とはいえレックス君に勝った人。


 そんな相手に、レックス君は挑むという話だったわ。なんでも、ハンナちゃんに自分の戦いを見せたいんだとか。


 隠れて場を用意した私は、そこで試合を見ていたわ。レックス君はなりふり構わず、痛みを乗り越えて勝利を手に入れていたわ。同時に、新しい技も身に着けていたみたい。


 そんな姿に、惚れ直しちゃったんだと思う。私はやっぱり、レックス君が好きなんだって。あらためて、そう感じたわ。


 自室で振り返ってみている今も、とっても素敵だと思えるわ。思い返しているだけで、笑顔になっちゃいそうなくらい。


「レックス君、流石だったわよね。一度負けた相手に、しっかりと勝つんだもの」


 レックス君には才能があったからこそ、敗北という経験はしてこなかったはずよ。だって、闇魔法使い自体が特別で、その中でも飛び抜けた実力を持っていたんだもの。


 実際、アストラ学園でフィリス先生に勝っていたわ。歴史にずっと語られる、最強の魔法使いにね。そんなの、自惚れるのが当然だって思うわ。私が同じ立場なら、少しくらいは軽はずみな行動をしていた気がするもの。


 だけど、レックス君は違った。ずっとずっと、私達のために行動し続けてくれるレックス君のままだった。それがどれほど素晴らしいことか、きっと本人には分からないのでしょうね。


 私は何度も見てきたわ。王女と仲良くなろうと策略を巡らす人たちを。私を利用しようとする、薄汚い欲望を抱えた人たちを。王になれば自分の望みが全部叶うって、それしか考えていないような人たちを。


 そんな汚泥の中で、レックス君は輝いていた。だから私は、レックス君が好きになったんだ。そんな想いが、再び燃え上がってくるようだったの。試合を見ていた時は、思わず息が激しくなったかもしれないわ。


「ハンナちゃんのために戦うのも、素敵だわ! やっぱり、姫にふさわしい勇者だと思うの!」


 ハンナちゃんは、間違いなく苦しんでいたわ。それは、見ていただけの私にも分かったことよ。だからこそ、レックス君は立ち上がった。ハンナちゃんを元気づけるために。


 痛みが伴うと知っていて、誰かのために立ち上がれる。そんなの、最高じゃない。私にだって、できるかどうか怪しいことよ。太陽の姫だ何だって言われたって、結局は私もただの人間。


 レックス君はもう、特別という言葉ですら言い表せないのかもしれないわ。負けた相手に挑むことも、自分が苦しむと知っていて戦うことも、そのすべてが誰かのためだってことも。私がこれまでの人生で見てきたどんな相手よりも、輝いていたの。


「大切な人のために頑張れる人は、大好きだもの! きっと、私のためにも頑張ってくれるわ!」


 私とリーナちゃんの仲を取り持ってくれた時みたいに。出会ったばかりだった私達のために、全力で動いてくれたように。


 もし私が絶望の中にいたって、きっと希望を見せてくれる。そう信じられるの。命をかけて、人生をかけて、レックス君の全部をかけて、私を助けてくれるはずよ。


 それが実現できるのも、レックス君が努力家だからこそ。才能に溺れていないからこそ。本当に、どこまでも素敵よね。


「しっかりと負けに向き合って、そこから勝ちにつなげる。とっても良いものを見られたもの」


 カミラさんの魔法を見抜くために、あえて魔法を受けた姿も。エリナさんの剣技を見抜くために、ただ耐え続けた姿も。私にとっては最高の時間だったわ。


 結局、カミラさんと同じ技を使って勝って、エリナさんの剣を超えて勝った。ハンナちゃんにまで勝っちゃったのは、ちょっと配慮が足りないかなって気もしたけれど。


 でも、可愛い欠点よね。完璧であるよりも、もっと好きになれそうだと思うくらいよ。ハンナちゃんに責められてタジタジになっていた姿は、本当に微笑ましかったもの。


 強くて優しくて、それでいて抜けているところもある。助けられるだけじゃなくて、私が支える理由があるんだもの。


「だからこそ、私はレックス君と幸せな結婚をしたい。誰からも邪魔されずに、ね」


 レプラコーン王国には、レックス君を敵と考えている人達は多いわ。そんな人たちが邪魔をする限り、私達は幸せな結婚なんてできやしない。許せることじゃないわよね。


 どんな手を使ってでも、私は敵を排除するの。王族としての権力を使ってでも。光魔法使いとして、力で叩き潰してでも。策略を張り巡らせて、おとしめてでも。


 私はもう、レックス君が思うような輝く王女じゃないの。それでも、レックス君を想う気持ちだけは本物よ。だから、私はやり遂げる。レックス君に嫌われること以外なら、なんだって。


 そうよ。私の罪なんて、気づかせなければ良いのよ。レックス君は抜けているところがあるから、隠し通せる自信はあるわ。私と比べて、戦略が甘いもの。そこも、可愛いんだけどね。


 私達が思い描いた夢は、人とエルフも獣人も、魔法使いもそうじゃない人も、どんな属性の魔法使いも手を取り合うこと。みんなが幸せになること。そんな国を作ること。今だって、捨てたつもりはないわ。私とレックス君の、そして大切な人たちとの絆の証だから。


「私達を引き裂こうとする人なんて、私が守るべきみんなじゃないもの」


 そう。私は王女として、みんなを決めるわ。誰が私の民で、誰が排除すべき異物かを。私が手を取り合うだけの価値がある相手を、私は優先するのよ。


 結局、その方が幸せな人は増えるはずよ。だって、みんなの幸せを引き裂こうとする存在は、誰にだって邪魔でしょう?


「レックス君を敵視する人には、ちゃんと消えてもらわないとね」


 そう。レプラコーン王国に必要ない人として。私の敵として。みんなの敵として。未来なんて、与えてあげない。


「そのためなら、レックス君を悪く言うことだってためらわないわ」


 少し、悲しいけれど。胸をぎゅっと握ってしまうくらいには。だけど、私は覚悟を決めたの。レックス君を嫌いだと言ったとしても、レックス君との未来を掴むんだって。


 だから私は、レックス君のことを悪逆非道の輩だと語ることもためらわないわ。そうするだけで、私の敵を見極められるんだから。地獄に送れるんだから。


「ごめんね、レックス君。きっと、あなたには苦しい思いをさせると思うの」


 私の言葉が、伝わるかもしれない。一時的に、罪人として扱われるかもしれない。レックス君は、きっと傷つく。分かっているわ。私の背負うべき罪なのよ。


 目をつぶって、レックス君の顔を思い描いたわ。そこに浮かんでいたのは、仕方ないなあって顔をする姿。王国を良くするためって言えば、きっと受け入れちゃうのよ。だから、好きになっちゃったんだもの。


 悪いとは思っているわ。本当は許されないことだとも。でも、もう迷ったりしないの。


「だけど、少し遠い未来で、絶対にレックス君を幸せにしてみせるからね」


 私は夫に尽くすのよ。レックス君が好きな料理を作って、楽しい話をして、私を求めてもらうの。そして、可愛い子供に囲まれて過ごしてみせるわ。


「さあ、計画の続きに移りましょう。近衛騎士は、排除できた。次の相手は、どうしようかしら」


 近衛騎士達を排出した家かしら。あるいは、他の闇魔法使いを抱えている家かしら。それとも、強い魔法使いが当主の家かしら。


 誰が相手だろうとも、未来は同じよ。後悔と絶望の中で、地獄に送ってあげるわ。それが、私の敵になった人の運命なのよ。


「せっかくだもの、みんなが嫌うわるーい人になってもらうわね」


 味方だと思っていた人にも、石を投げられるくらいにね。民を利用して私服を肥やしていた罪がいいかしら。それとも、私を傷つけて、この国を支配しようとしていた罪が良いかしら。あるいは、他の国にレプラコーン王国を売り渡そうとしていた罪が良いかしら。


 今の私は、きっと悪い顔をしているんでしょうね。でも、知ったことじゃないわ。


「この国である私に嫌われるってことは、みんなに嫌われるってことなのよ」


 だから、さようならね。私とレックス君の結婚を邪魔したことを悔やんでも、遅いわ。そもそも、理由なんて教えてあげない。何も分からないまま、苦痛と嘆きにまみれて人生を終えるの。ね、素敵でしょ?


「ふふっ、結婚式の衣装も、考えておかなくちゃね!」


 計画が成ったら、私達は祝福されて結ばれるのよ。絶対に幸せにしてみせるからね、レックス君。

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