第377話 戸惑いの中で
近衛騎士の任務として、闇魔法使いを倒すことが命じられた。フィリスの見解によると、邪神の影響が出ている可能性が高いらしい。
ということで、できるだけ情報を探りたいところだ。とはいえ、近衛騎士にどうやって着いていくのか。そう考えていると、ハンナに誘われて同行することになった。
大きな問題は解決しているのだが、手柄を奪うのも問題ではある。とりあえず、少しでも情報が手に入れば良い。相手がどうやって魔法を使っているかを観察するだけでも、なにか分かるかもしれないのだから。
今は、現場に向かっているところだ。敵は屋敷にこもって、怪しげな研究をしているらしい。まあ、手に入れた闇魔法をどう使うかを考えているのだろうな。
「さて、次の敵も闇魔法使いだな。どうにかして、対処を安定させたいものだが」
「そうでありますな。できれば、わたくしめに任せていただければと」
ハンナは剣を強く握っている。相当やる気に満ちあふれているらしい。うまく勝ってほしいところだな。俺が居なくても闇魔法使いに対処できるようなら、安心して任せられることが増える。
やはり、俺が全てを解決しようとしても不可能だ。これまでの日々で、何度も思い知ったことだからな。俺個人は強くても、あくまで限界はある。単純に手数が必要になるだけで、俺ひとりではどうにもならなくなるのだから。
「ま、妥当なところね。あたしもエリナも、明確に手段を持っているもの。ねえ?」
「通じなくなる可能性があるにしろ、しばらくは使えるはずだ。レックスも、そう思うだろう?」
まあ、そう簡単に破れるような技ではないだろうな。カミラにしろ、エリナにしろ。俺の防御は相当強いのだから、その防御を抜けるだけでも大きい。
だからこそ、カミラとエリナの価値は計り知れない。これまで、俺はたくさんの敵を軽く打ち破ってきたんだからな。その俺に通用する技がどれだけ強いかは、俺だからこそ分かる。
「まあ、よほど闇魔法の運用に慣れていなければ、まず対策なんてできないだろうな」
「でしたら、今度はわたくしめが……!」
「頑張れよ、ハンナ。いざという時には、俺が手を貸すよ」
ハンナは頷き、俺達は目的の家へと向かっていった。ツタが壁に絡んでいるような、いかにもな家だ。経年劣化も感じるし、派手に暴れれば崩れるのは間違いない。
まあ、俺が本気で攻撃すれば、たぶん城だって壊せるのだが。それはさておき、なかなかに雰囲気のある家といえば良いのか。
実際に闇の魔力を感じるので、標的は家にいるのだろうな。さて、どう戦うのが良いのだろうか。
「なるほど、あそこか。ハンナ、行けるか?」
「もちろんであります。必ずや、わたくしめの価値を示してみせましょう」
強い目で、こちらを見ていた。まるで、何が何でも敵を倒そうとしているかのような。もう少し踏み込んで言えば、気が逸っているという感じか。
剣を持つ手にもかなり力が入っている様子で、間違いなく平常心ではないのは分かる。さて、どうしたものか。
「……ふーん。ねえ、バカ弟。気を張っておきなさいよ」
「そうだな、レックス。私も、すぐに動けるようにしておこう」
「なんですか、お二方。そんな、わたくしめが負けるかのような……」
ハンナはふたりを責めるように見ている。俺としては、カミラやエリナに同感だな。どう考えても、ハンナは冷静ではない。相手が弱いなら問題ないのだろうが、闇魔法使いが相手だからな。万が一があってもおかしくない。
「別に、あたしは止めないわよ。あんただって、レックスにチョーカーを贈られてるみたいだし?」
「まあ、これも経験になるだろう。ということだ、レックス」
「それなら、先に俺が動いた方が良いんじゃないのか?」
俺としては、ハンナに危険がないようにしたい。まあ、俺の贈ったチョーカーの防御魔法は、闇魔法使いだとしても簡単には抜けないだろうが。それでも、心配なものは心配だ。
ただ、言っていることは分かるんだよな。ハンナが絶対に失敗しないようにし続ければ、どこかで致命的な事態を招く。それは確実だろう。難しい問題だと言わざるを得ないな。
「あんたが居ない時に何もできないようじゃ、いずれ破綻するのよ」
「そういうことだ。レックス、苦しいだろうが、よく見ておけ」
「わたくしめは、負けはしません……! 行きますよ!」
俺が止める間もなく、ハンナは家の中に入っていった。そのまま、勢いよく突き進んでいく。そしていくつか扉を開き、ローブを被った男と相対した。そのままハンナは問答すらせず、魔法を放つ。
「これを受け取りなさい!
ハンナは魔力を凝縮してできた剣を放つ。そのまま魔力の剣は突き進んでいき、敵に当たる。風がこちらに飛んできて、いくつかの家具らしきものも吹き飛んできた。
だが、その奥に見える敵は無事なようだった。そのまま、敵は魔力を集め始める。なのに、ハンナは動こうともしない。そこで、俺は魔法を放つ。
「我が力の前に、ひれ伏すが良い……ぐはっ!」
そのまま、敵は倒れていく。ぶつけた闇の魔力を通して敵を調べていると、面白いことが分かった。これは、俺がシュテルにやったことと同じだ。つまり、魔力を侵食させることで、本来は魔力を持てない存在に魔法を使わせているということ。
間違いなく、何者かが黒幕だ。そして、邪神の手のものである可能性が高い。予想通りとはいえ、できれば当たってほしくなかったな。
邪神は原作のラスボスと言って良い。だから、平和な世界を望むのならば、いずれは倒す必要があるのだろうが。だからといって、強敵であることには変わりないのだから。ヘタをしたら、俺の一切は無力化されかねない。相手は闇の根源なのだから。
それに、ハンナの様子も気になる。どう考えても、様子がおかしい。一体、何があったというんだ。
「ハンナ、動揺しすぎだ。いくらなんでも、立ち止まっていては……」
「まったく、もう。ほんと、思った通りになったものね」
「レックス、もう少し様子を見ても良かっただろうに」
「どうして、わたくしめの技は……。わたくしめとおふたりの、何が違うというのです……?」
うつむきながら、ハンナは震えている。まあ、違うことは色々と思いつく。分かりやすいところで言えば、戦う時の姿勢だろうか。カミラもエリナも、余計なことなど考えずに敵を殺している。今回のハンナは、見るからに他のことを考えていた。
まあ、一番大きいのは、きっと自分への向き合い方なのだろうな。カミラもエリナも、俺に勝つためだけにとんでもない技を生み出していた。ハンナもかつて新技を身に着けているとはいえ。
「それが分からないのなら、あんたは絶対にバカ弟には勝てないわよ」
「厳しいようだが、同感だな。レックスに、また助けられるだろう」
カミラは冷たい目で、エリナは淡々と、ハンナを見ている。まあ、言いたいことは分かる。俺から見ても、ハンナは戦う心構えができていない。以前は違ったはずなのだが。何がハンナを変えたのだろうな。
わからないことが、もどかしい。とはいえ、いま聞いても答えは返ってこないだろう。むしろ、ハンナを余計に追い詰めるだけだろうな。分かるだけに、歯噛みしそうになる。
「わたくしめの、何が……。何をすれば、わたくしめは……」
「ハンナ、とりあえず帰ろう。温かいものでも飲んで、まずは休むんだ」
顔を手で覆い出したハンナの姿は、とてもじゃないが見ていられなかった。元気を取り戻してくれると信じて、心を休ませたい。そう考えて、言葉を選んだつもりだ。
ただ、ハンナの反応はないも同然。思わずため息をつきそうになって、我慢する。いくらなんでも、ため息なんて見せてしまえば終わりだ。
「そうね。今のあなたなら、何をしても同じでしょ」
「私から見ても、もう少し落ち着くべきだな。今のままでは、迷走を重ねるだけだろう」
「ミーア様、リーナ様……。わたくしめは、賜った任務を……」
「ハンナ……。また強くなって、それで勝てばいいさ。ハンナなら、きっとできる」
「これ以上、どうやって強くなれば……」
これから、ハンナが本当の自分を取り戻してくれれば。かすれた声で涙を流すハンナを見ながら、俺は祈っていた。
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