第376話 フィリス・アクエリアスの葛藤
私のもとに、レックスが相談にやってきた。それ自体が久しぶりで、胸がたぎるような心があった。やはり、私はレックスとの時間を大切に感じている。
できることならば、誰よりもそばでレックスの成長を見続けたい。私の力さえあれば、私の意思を押し通すことは可能。ただ、レックスが悲しむだろうことも見えていた。特に、アストラ学園にいるレックスの友人を軽んじれば。
他にも、私がアストラ学園と険悪な関係となることも、レックスは望まない。だからこそ、私はレックスと距離を取ることになっていた。国から必要とされるのは、やはり面倒。
とはいえ、レックスの情報を集める上でも、周囲との関係を利用できることは確か。いずれは、教師という立場を終わりにするにしても。
目下の最大の問題は、やはりレックスが抱える悩み。近衛騎士の再編にも関わった。大きな動き。
「……邪神。見過ごすことのできない存在。レックスを奪うことだけは、許さない」
邪神が闇魔法使いに誘惑を仕掛け、そこで力を与えてから全てを奪う。邪神のやり口は、とても単純。だからこそ、対策が難しい。誰にだって、力への欲求はある。私にだって。レックスにだって。
その弱さに付け込む形で、邪神は自分の影響を拡大していく。おそらくは、現世に与える影響を高めるために。今の世界は、女神ミレアルが支配していると言っていいから。
邪神は、ミレアルに敵対している。だから、邪魔なのだろう。ミレアルを排除したいのだろう。そのための力を蓄えているのが、現状のはず。
そのために、レックスほどの力の持ち主は有用。それは間違いない。だからこそ、レックスを注視する必要がある。私だって、できる限り情報を集めていた。
レックスが近衛騎士を任命するための壁となったこと。その中の戦いで、カミラが新しい技をレックスにぶつけたこと。エリナがレックスにすら通じる剣技を生み出したこと。すべて知っている。
「……魔法。カミラの生み出したものは、確かに新しい。なのに、物足りない」
状況から察するに、魔力を自分と融合させた可能性が高い。これまで、私が検証してこなかったこと。おそらくは、レックスの魔力を込められたアクセサリーがあれば、私にも実現できる。
だから、私にとっても成長の機会。同時に、新しい景色を見る機会でもある。それでも、私は満ち足りているとは思えなかった。これまでのように、魔法について詳しくなるだけでは満足できない。そんな感情を自覚した。
つい、自分の手を見ていた。この手の中で扱える魔力が、私のすべてだった。だけど、今は違う。その変化は、悪いことではない。むしろ、好きだ。
私は、自分が満たされているのだと理解できた。胸が暖かくなるような感覚があった。レックスの顔を思い描くだけで、頬が緩んだ。
「……期待。私は、レックスの見せてくれる景色が好き。ようやく分かった」
かつては、ただ珍しい闇魔法が見たいだけだった。今は違う。レックスが成長するのが嬉しい。尊敬されるのが心地良い。同じ時間を過ごすのは幸せ。
私にとって、もはやレックスはなくてはならない存在。だからこそ、絶対に達成すべきことがある。邪神になど、レックスに触れることすら許さない。その覚悟を持って行動すべき。
「……目標。私が目指すべきは、やはりレックスの成長」
レックスなら、きっと誘惑に負けない。そう信じるだけなら、私は師匠失格。レックスが邪神に勝てるように導いてこそ、私は役割を果たせたと言える。
結局のところ、レックス本人に頼るしかない。それが歯がゆくはある。だとしても、私はそっと手を引いて、その上で見守るべき。
きっと、立ちはだかる障害全てを私が取り除いてしまえば、レックスは致命的なところでつまづいてしまう。レックスの才能は本物だけれど、心の弱さも否定できないから。
「……妨害。邪神がレックスに干渉できないように、手を打つ必要がある」
ただ、魔法によって解決策を生み出すのは、おそらく現実的ではない。少なくとも、事前に対処して終わりにはならない。
おそらく、邪神はレックス以上に魔力の侵食に長けている。その前提ならば、何らかの魔法をレックスに込める形の手段では、何の意味もない。
私がそばに居たならば、魔法で邪神の干渉を一時的に払うこともできるかもしれない。ただ、あくまで一時的なもの。私の魔力が尽きた時点で、終わり。
歯噛みするほどに口惜しいけれど、レックス本人が対処することが最適解。そうならざるをえない。
「……油断。きっと、レックスの心に食い込もうとする。だから、私も新しい魔法を生み出す」
私の強みは、五属性を持っていることによる魔法の幅の広さ。そして、優れた魔力量。だからこそ、自分の強さを最大限に活かした魔法を、新しく作るべき。
きっと、これまでにない難題になる。私の研鑽は、長い人生で突き詰められたものだから。ただ、レックスと触れ合う中で手に入れた発想もある。魔力の侵食に似た何かを、私の魔法で再現することが課題。
私はこれまで、属性どうしは反発することで最大限の火力を出せると認識してきた。ただ、本当は混ぜた方が強いのかもしれない。
なら、私のやるべきことは、五属性全てを溶かし込んだ魔法を生み出すこと。そうすれば、レックスに新たな道を示せるはず。
「……研鑽。レックスにその心があるのなら、きっと大丈夫」
きっと、私の成長を見れば、レックスだって奮起する。私の魔法から、更に学ぼうとする。その姿勢こそが、邪神の誘惑をはねのけるための力になるはず。
邪神に負けるのは、自分の弱さから目を逸らしたままだから。きっと、レックスなら大丈夫。そう信じたい。
ただ、確実だと言えることは何も無い。邪神について、完全に分かっているわけではないのだから。むしろ、分からないことの方が多い。どうしても、警戒は止められない。
「……決意。本当にレックスが奪われるくらいなら、私が奪う」
改めて、その考えに至る。最後の手段ではあるけれど、常に頭の片隅においておくべきこと。もちろん、できるだけ避ける方法を考えることが前提ではあるけれど。
「……完成。レックスを私の子宮に取り込んで生み直すことは、可能」
禁術を練り直したことで、私の魔法として完成した。レックスを私の子供として生み直すこと。魂を残したまま、肉体を完全に作り変える。そうすることによって、邪神の影響を取り除く。
きっと、レックスは苦しむと思う。そして、闇魔法を失う可能性も高い。それでも、レックスを失うよりはマシ。そう考えながらも、私はお腹に手を当てていた。実際にレックスを生む瞬間を想像しながら。
そうなってしまえば、私とレックスの交配は実現できない。ハーフエルフの可能性は、実験できない。それでも、私はレックスを選ぶ。
「……誘惑。私の一部としてレックスを取り込むことも、魅力的」
魂すらも私の中に溶かし込んで、完全に1つになる。そんな誘惑も、確かにあった。もちろん、レックスと触れ合うことはできなくなる。それでも、私が生きているだけでレックスを感じられる。二度と離れなくて済む。欲求が浮かんでは消えて、私の思考を乱していた。
「……否定。今の私に必要なのは、レックスとの時間。それさえあれば、耐えられる」
レックスと触れ合っている時間は、とても幸せだから。その幸せが遠ざかるからこそ、余計なことを考えてしまう。だから、私にはレックスと会う時間を増やす必要がある。
もしレックスを取り込んでしまえば、二度とレックスと会えないのだから。それは、避けたい。
「……魔力。私はもっと、高められる。新しい魔法も、案がある」
魔力を限界まで絞り尽くせば、まだ成長するだろう。その姿勢をレックスに見せることで、さらなる研鑽に励んでもらう。そして、私をもっと見てもらう。それが、私の選ぶべき道のはず。
私だって、誘惑に負けるわけにはいかない。レックスを取り込むという欲求には。きっと、レックスの幸せではないのだから。
「……背反。レックスを大切に想う気持ちも、レックスを奪いたいと思う気持ちも、本物」
本当は、レックスを私の一部にすることを想像しただけで、背筋に快感が走る。きっと、歪んだ笑みを浮かべているのだと思う。
これまで、私には欲というものは少ないと考えていた。魔法だけあれば良いのだと。違った。私は、心から欲しいと思うものを知らなかっただけ。本物の欲求の前では、私だって冷静では居られない。そう思い知っていた。
「……検証。邪神の手は、どこまで伸びるのか。それを知らなくては、始まらない」
とにかく、レックスを邪神に奪われることだけは絶対に避ける。そのためにも、邪神の限界を探る必要がある。
私にどこまでできるのか、分からない。それでも、進むことを止めることだけはあり得ない。私は、目を閉じながら決意を固めようとした。
「……仮説。闇魔法の侵食で、新たに魔力を植え付けている。だから、新しい闇魔法使いが生まれる」
恐らく、邪神が闇魔法の侵食のような形で、ただの人に魔力を植え付けている。だから、闇魔法使いが増えている。
だったら、侵食に対抗できる手段があれば良い。そこまで考えて、私は決めた。
「……決断。私も、闇魔法を打ち破る魔法を作らなくては」
闇魔法の侵食そのものを妨害する魔法。きっと、五属性を溶け合わせる魔法が、手がかりか答えになる。その確信を持ちながら、私は検証を始めた。
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