第378話 迷いの心
ハンナは敵に自分の技が通じなかったことに沈んでいる様子。何も手につかないようで、いつ見ても上の空といった感じだ。
このままでは、まずい。そう分かるのだが、どうすれば良いのかも分からない。あくまで、俺はハンナの悩みに共感できない。いや、正確ではないな。ハンナが求めているものを持っている俺では、共感したところでおかしいだけなんだ。
だからこそ、手の打ちようがない。俺の才能を恨む日が来るとは思っていなかったな。圧倒的な実力を持っているからこそ、弱さで悩んでいるハンナには何もできないのだから。
とはいえ、自分の力を捨てる気なんてないが。この力がなければ、俺は何も守れない。根本的には、俺は単なる凡人なのだから。闇魔法使いに生まれ変わったから、何かができているだけなんだから。
悩みを抱えながらも、今後についてどうするかを、学園の訓練場で考えていた。そんな時、ハンナが俺のもとにやってきた。
「レックス殿、わたくしめと、戦っていただけませんか」
「構わないが……。いや、やろうか。ハンナ、準備をすると良い」
ハンナの目はずっと揺れていて、なにか救いを求めているように見えた。あるいは、行き先が分からない迷子か。いずれにせよ、放っておけばまずい。そんな気がして、ハンナの提案を受けることにした。
正直に言えば、ハンナの今の状況だと、まともに集中できるかも怪しい。だから、悩ましくはあったのだが。それでも、俺がハンナの全力を受け止めることで、何かがあれば。そう思ったんだ。
「いえ、問題ありません。もう、心構えはできていますゆえ」
ハンナはこちらに剣を突きつけてくる。だが、目に強い決意は見えてこない。やはり、迷ったままなのだろうな。だからこそ、感情をぶつける機会が必要なはずだ。
そう決めて、俺は受けに回ることにした。ハンナがどこまで俺を攻撃するかで、これからの動きが変わるだろう。
「分かった。なら、始めようか。……
「参ります。
俺は闇の魔力を体にまとい、ハンナは魔力を固めた剣をこちらに飛ばしてくる。だが、軌道は単調だし、ただ力で押し切ろうとしてくるだけだ。それなら、ただ魔力を増やすだけで対処できる。
この前、同じ手を使って成果を出せなかったばかり。それなのに、何の工夫も見られない。今までのハンナなら、あり得なかっただろうな。
いったい、いつからだ? もしかして、ずっと前から、ハンナは歪んでいたんじゃないのか? そんな疑問と後悔が浮かび上がってくる。それでも、今の俺にできることはひとつ。この戦いに集中することだけだ。
「ただまっすぐ撃ってくるだけなら、対処は簡単だぞ!」
「くっ、なら別の形で!
なんとか感情を吐き出させようと、軽く挑発してくる。そうしたら、今度は魔力の剣を雨あられと振らせてきた。ただ、数だけを頼みにしているから、俺の防御を貫けはしない。初めて戦った時に、分かりきっていたことなんだけどな。
どうして、ハンナはここまでひどい戦い方をしているのだろう。いや、追い詰められているからなのは分かるが。本当に、何があったというのか。
「前に通じなかった技を、そのまま撃ってくるだけか!」
「はぁ、はぁ……。どうして、わたくしめの技は……」
ハンナは息を荒らげている。たった2発の魔法を撃っただけで。正直に言って、見るに耐えない。誇り高く、まっすぐに研鑽していたハンナの姿はどこにもない。
だから、俺としては、戦いを続けていたくなかった。もう、何の成果も得られないような気がしていた。
「ハンナ、もう、終わりにしよう。これ以上やっても、ただ疲れて終わるだけだ」
「まだ、終わっていません!
もはや、ハンナは別人と言っていいほどに変わってしまったんだろう。受け入れたくないことだが、事実のはずだ。
「技の強みをわざわざ自分から捨てるのが、お前の戦い方だったのか……?」
「わたくしめの工夫を、そのように切り捨てて! どうして、レックス殿は分かってくださらないのです!?」
そう言いながら、ハンナはこちらに攻撃を続ける。精彩を欠いたままであるから、何一つとして俺に通じない。昔のハンナは、もっと工夫していた。まっすぐに、目標に向かって突き進んでいた。そんな事ばかり考えてしまう。
どうして、今の今まで気付けなかったのだろうな。思い返せば、何度か兆候はあった。暗い顔をしている姿は、見てきたじゃないか。本当に、情けなくなるな。
「落ち着け、ハンナ! お前は道を見失っているだけだ。自分を取り戻してくれ!」
「
もはや、ただのやけっぱちにしか思えない。おそらくは、正解だ。ハンナに寄り添う機会を逃したことが、痛手となって襲いかかってきている。
俺は昔のハンナを取り戻したい。そんな心が抑えきれなくて、つい叫んだ。
「ハンナ、アストラ学園に居た頃のお前は、そうじゃなかったはずだ! 思い出せ!」
「何を思い出せというのです! わたくしめは、強くなったはずなのです!」
髪を振り乱しながら、魔法を乱打してくる。狙いも甘く、魔力だって乱れている。どうすれば良いか、何も分からない。ただ、ハンナを見ていたくない気持ちだけがあふれてきた。
「もう、ハッキリ言うよ。お前は弱くなった! 俺達と競い合っていた頃より、ずっと!」
「どうして、わたくしめを否定するのです! レックス殿だけは、違うと……!」
「お前は、俺の尊敬する仲間だった! 競い合う強敵だった! そんなお前だから、友達になったんだ! どうしてお前は、変わってしまったんだ!?」
俺の言葉に、ハンナは止まった。そしてうつむいて、ブツブツとなにかをつぶやく。しばらくして、こぼすようにハンナの心境が語られた。
「近衛騎士になったから……。そうか、わたくしめは……」
その言葉を聞いて、ハンナの苦しみが分かった気がした。ずっと目指していた近衛騎士は、望んでいる姿ではなかったのだろう。だから、道を見失ってしまった。どう進めば良いのか、分からなくなってしまった。
だったら、今はハンナの心に寄り添いたい。ようやく、本音を語ったのだから。
「なあ、ハンナ。話してくれないか? お前の抱える苦しみを。俺に、全部ぶつけてくれて良い」
「わたくしめの目指していた近衛騎士なんて、居なかったのです……」
「どういうことだ? 何があった?」
「弱いのに、ただわたくしめをバカにするだけの、レックス殿を軽んじるだけの、くだらない人たちだった……」
ハンナにとって、近衛騎士となったことは苦しみでしかなかったのだろう。だから、鬱屈とした感情を抱え続けてきた。
おそらくは、気力だって失われていたのだろうな。だから、ハンナの動きは精彩を欠いていた。近衛騎士が一度全滅したことで、余計に迷ってしまったのだろう。だから、まともに戦えなかった。
なら、俺は新しいハンナの目標を見せてやりたい。俺がどうやって戦っていくのかを、どうやって前に進むのかを示して。
「そうか、お前は……。なあ、ハンナ。また、カミラやエリナとの戦いの場を設けられるか?」
「ミーア殿下に頼めば、おそらくは……。いったい、どうしたのです?」
「そこで戦う俺の姿を見ていてくれ。お前に、伝えたいことがあるんだ」
「伝えたいこと……? いえ、分かりました……。どうせ、今のままではダメなのですから……」
ハンナの目は、くすんだまま。そこに光を取り戻せるように、俺は戦う。やってやる。俺の背中で語ってやる。
見ていてくれよ、ハンナ。俺の覚悟と決意を、お前に示してみせる。俺が、お前の希望になってみせる。
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