第374話 裏に潜むもの

 近衛騎士が任命されたことによる立食パーティが終わって、ひとまず解散となる。だが、俺と近衛騎士達はミーアの私室に呼ばれていた。


 何かしら、表に出せない話をするのだろう。それはすぐに分かった。まあ、ミーアの顔を見る限りでは、そこまで深刻な話でもないだろうが。


 とりあえず、新しい敵を討伐しろとか、その程度の話だと思う。まあ、その程度と言いたくはないのだが。結局のところ、人を殺す任務なのだから。とはいえ、楽な方だと思ってしまう自分もいる。悲しいところだ。


 まったくもって、慣れというのは恐ろしいものだ。今の俺は、人を殺すことを日常だと感じている部分がある。よくないとは思うのだが、いちいち罪悪感を抱いていては困るのも事実だ。本当に、ままならない。


 そんな俺とは対照的に、ミーアは明るい笑顔でこちらを迎え入れている。まあ、努めて明るくしているのは分かるのだが。王家の人間として、人心掌握は大事だろうからな。


 対してリーナは、相変わらずの無表情だ。それはそれで、環境で笑顔を忘れたという事実が思い返されるところではあるのだが。かつて、周囲から軽んじられていた。それは今でも傷となっているのだろう。


 俺がレックスになった時には、もうどうにもならなかったことだ。それでも、もっと早く出会えていればと思ってしまう。俺は傲慢なのだろうな。俺ならば救えたのだと、そう信じているのだから。


「みんな、よろしくね! 私を守ってくれると嬉しいわ!」

「姉さんの強さなら、そう守られる理由もないでしょうに。私も同じではありますけど」


 ミーアは前向きな発言をして、リーナは皮肉っぽい物言いをする。これはこれで、うまく役割が分かれているのだろうな。ミーアは最善を目指して、リーナは最悪を避けるみたいな。


 結果論ではあるが、ミーアとリーナが仲良くしているという事実は、王家にとっても好ましいものなのだと思える。ミーアが見えないものをリーナが見て、リーナが引っ張れないものをミーアが引っ張る。そんな関係性ができているように見える。


 とはいえ、強いから護衛が必要ないかと言えば、まあ別問題だよな。王族には護衛がいるという事実そのものが、様々な影響をもたらす。単純に戦力にならずとも、近衛騎士の役割は大きいよな。


 分かりやすいところで言えば、守られるだけの権威がある人間だと示せる。それだけでも、大きな意味があるのだから。


「とはいえ、王族が直接戦うべき局面は少ないだろう。あくまで、先頭に立つときくらいじゃないか?」

「別になんでもいいわ。あたしの目の前に現れた敵は、全部斬るだけよ」

「わたくしめは、両殿下に尽くす所存でございます」

「我々として目指すべきところは、まず強さを示すことだろう。王家の守りは盤石だと、内外に示すためにな」


 カミラは冷徹な対応に近い。腕を組みながら、淡々と話している。そのあたりの割り切りは、必要なものなのだろうな。近衛騎士ともなれば、斬るべき敵は多いのだろうし。


 ハンナは真面目な印象がまた強くなった。どこまでもまっすぐに、ミーアやリーナに仕えるのだろうな。俺だとしても、頼りたくなる相手だと感じる。


 エリナは落ち着いていて視野も広い。やはり、人生経験が見えてくる。ただ敵を斬るだけが近衛騎士の役割じゃない。それを言わずとも理解できるのだ。ただの平民として、ろくな教育も受けてこなかっただろうに。


 やはり、それぞれに優れている部分が見えてくる。しかも俺に通用するくらいの技まで持っているのだからな。最高峰の騎士だと言って、差し支えないだろう。


「ふふっ、頼りになるわ! レックス君にも、少し手伝ってもらうかもね!」

「俺は近衛騎士じゃないが、構わないのか?」

「私達の使える手駒は少ないのが実情ですから。レックスさんには、頼らせてもらいます」

「そうね! それに、レックス君の良いところを、いっぱい知ってもらいたいもの!」


 王族に使える手駒が少ないというのは、大問題な気もするが。まあ、レプラコーン王国は中央集権的な国家というよりも、貴族の寄り合いに近い。絶対的な権力は発揮できない部分は出てくるのだろう。


 それでも、ミーアとリーナの力ならば、押し切れる局面もあるのだろうが。最後に物を言うのは暴力というのが、悲しい現実だ。


「まったく、白々しいものね。ま、いいわ。あたしの邪魔になるのなら、誰であろうと関係ないもの」

「私とて、レックスの師としての自分を捨てる気はない。覚えておいてほしいものだな」

「わたくしめは、心配しておりませぬ。レックス殿は、両殿下にとっても大切な方。そう知っておりますゆえ」


 何かミーアが企んでいるような物言いだな。まあ、王族として、ただの友人として付き合いを続けるわけにはいかないのだろう。それでも、ミーアやリーナは俺の仲間でいてくれる。それだけは間違いない。


 俺だって、ミーアやリーナと一緒に未来をつかめるように、できるだけ手を貸していきたいところだ。


「もちろんよ! いつか、私達は本当の意味でつながるのよ!」

「レックスさんには、姉さんが苦労をかけるかもしれませんね。私も、振り回されていますから」


 呆れたように、リーナはため息をついていた。実際、ミーアは活発だから、捉え方次第では振り回されていると言って良いのだろう。


 とはいえ、多少の苦労くらいなら、なんということはない。それで友達の力になれるのなら、安いものだ。


 さて、ミーアとリーナは、俺達にどんな役割を求めているのだろうな。


「それで、今回呼び出した理由はなんだ? 挨拶だけなら、こんな場を取る意味はないだろう」

「次の任務について、話をしたくて。といっても、これまでと同じなのだけれど。闇魔法使いが現れたから、討伐してほしいの」

「妙な頻度で現れるものだ。あるいは、邪神が関わっているのかもな」

「そうだとすると、ただ討伐しているだけじゃダメかもしれないわ!」

「とはいえ、私達は適切な対処をできるだけの知識を持ち合わせていません。口惜しいですが、専門家の力が必要でしょう」


 俺が思いつくのは、フィリスくらいだな。最強の魔法使いにして、俺の師。エルフとしての長い生を、魔法に注ぎ込んだ存在だ。知識でも技術でも、フィリス以上の魔法使いなんて知らない。


 まず間違いなく、魔法に関する話で頼るのなら、フィリスだよな。俺も、何度も意見をもらったものだ。


「フィリスなら、頼りになるはずだ。私から見ても、圧倒的な知識を持っているからな」

「ま、他に道はないでしょう。とにかく、当たってみないことにはね」

「同感でありますな。対症療法を続けていても、我々が疲弊するだけでありましょう」


 言ってしまえば、無限に闇魔法使いが湧いてくるのかもしれない。そうなってしまうのなら、状況は良くないからな。どこかで根っこを断ちたいところだ。


「そうと決まれば、会いに行くか。さて、フィリスは学園で良いのか?」

「ええ。フィリス先生は、今でもアストラ学園で教鞭を振るっているわ」

「やはり、フィリス・アクエリアスは最高峰の魔法使い。そう認めざるを得ませんね」

「じゃあ、行くか。良い報告を待っていてくれ」


 これからフィリスに会いに行くことは、とても楽しみだ。そう思っている俺もいた。とはいえ、まずは邪神についてどこまで知っているのかを聞かないとな。


 おそらくは、何かいい案がもらえるだろう。そんな期待を抱えながら、俺達はフィリスのもとへ向かっていった。

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