第372話 エリナの愉悦

 レックスと戦う機会を得ることになり、私はレックスの魔法を切る剣技を使った。編み出した技は、確かに通用した。つまり、魔力を持たない剣士でも、レックスを殺す手段を生み出したということでもある。


 ただ、私が最初に編み出したのは、お互いにとって幸運だったはずだ。レックスだって、これから対策を練ることができるのだから。同じ手段では、やすやすと殺せまい。


 それに、レックスに私の剣技を刻み込めるという証でもある。レックスという才能を私の色で染め上げる。それがどれほどの楽しみであることか。


 私など遠く及ばないだけの、圧倒的な才能がある。私が勝っていることなど、経験くらいのものだろう。だが、今はその経験が通用する。だからこそ、私をレックスに刻み込めるのだ。最高の娯楽であり、人生をかけるに値する目標だ。


 そのために、私も成長し続けなくてはな。いずれはレックスに抜かされるとしてもだ。私の剣技が進化すればするほど、レックスに強い影響を及ぼせるのだから。その愉悦は、他の何よりも勝る。


 とはいえ、今は自分の成果を喜ぼう。まずは、大きな一歩を踏み出せたのだから。


「私の狙った通りに、レックスの魔法を切り裂けたな」


 魔力の流れを読み取って、その隙間に県をもぐりこませる。言葉にすれば単純だが、わずかなズレすらも許されない絶技だ。自分で言うのもなんだがな。


 だからこそ、そうやすやすと真似をすることなどできまい。たとえレックスであったとしても、数カ月は習得に要するはずだ。つまり、それだけの期間、私のことを考え続けることになる。


 レックスに、私という傷を残す。そうできることが、どれほどの喜びであることか。真っ白な紙を私好みに塗りつぶす。そんな感覚がある。


 本当に、良い技を生み出せたものだ。自分を褒めてやりたいくらいだな。


「とはいえ、レックスにも対応はできる。そのうちに、今のままでは通じなくなるだろうな」


 魔力の流れをくぐるということは、その流れを歪ませれば私の剣は通じなくなる。実際、そうしてレックスは私に対抗しようとした。


 とはいえ、まだレックスの防御を貫くことはできる。魔法の才に関しては、私では計ることすらできないが。あるいは、明日には対応されているのかもしれない。


 なにせ、あのフィリスが最高峰の才能と言う存在なのだから。この世の誰でも知っている、最強の魔法使いがだぞ。私を凌ぐ剣の才と良い、天は二物を与えたと言って良いだろう。弟子でなければ、嫉妬していたかもな。


 だが、今は私の弟子だ。レックスの成長は、私の悦びでもある。素晴らしいことだな。


「まあ、いい。私は私にできることをやるまでだ。簡単なことだな」


 私の剣技を伝えること、そして私自身が成長すること。その2つだけを実現できれば、それでいい。私にとって必要なことは、レックスの師であることなのだから。


 かつては、力によって成り上がることを考えていた。だが、変われば変わるものだ。今の私は、立場より何より、レックスを見守ることが大事なのだから。


 とはいえ、ただ漫然と生きていたならば、レックスを染め上げることなどできなくなる。レックスにとって私が価値ある存在であるために、もっと進化を続けるべきだな。


 私の剣技が優れているからこそ、レックスは私の剣を覚えるのだから。そのためには、世界で最も優れた剣士でなければならない。私こそが、最強の剣士になる。それは、単なる通過点でしかないのだが。


 何より大事なのは、最強の剣技でレックスを染め上げることなのだから。私のすべてを、レックスに刻みつけることなのだから。私自身で、レックスを汚し尽くすことなのだから。


「しかし、良い成果だったと言えるな。レックスも、駆け引きを覚えてきた」


 これまで、レックスはただ力押しをするだけで勝ってきた。強い技を生み出すことだけが、レックスの成長だった。決して、間違っていない。圧倒的な力を持つものがまず考えるべきは、その力を活かすことなのだから。


 だが、ただ強い技を撃つだけでは、いずれ限界が来る。それを私の手で伝えられたことは、大きな意味を持つだろうな。私が、レックスの考えを変えるのだから。レックスの戦闘原理に、私を組み込めるのだから。


「いずれは、私の持つ技術をすべて伝えたい。ただ強い剣技を放つだけが、剣ではないのだから」


 呼吸の読み合い、相手の狙いを潰すこと、自分の狙いを通すこと。それらは、今までのレックスには無かったものだ。だが、レックスも必要性を実感しただろう。だからこそ、私で染め上げる機会なんだ。


 私は、弱者だ。少なくとも、レックスほどの才能は持っていない。だからこそ、私が一番駆け引きに優れている。レックスの周囲では、間違いなく。


 まさか、自分の才能が劣っていることを喜ぶ瞬間が来るとはな。人生とは、分からないものだ。だが、悪くない。


「もっともっと、レックスは成長するだろうな……」


 真綿が水を吸うように、レックスは勢いよく進み続けている。これから先も、駆け引きだってすぐに覚えてしまうだろうな。


 だからこそ、レックスには期待してしまう。あるいは、私ですら使えないような剣技を、魔法に頼らずとも最強の剣を生み出してしまうのではないかと。


 もちろん、レックスが剣と魔法を融合させて闇魔法使いならではの剣を生み出す瞬間も、素晴らしいものではあるだろう。だが、どうしてもレックスの剣の進化も見てみたい。


 まだまだ、長い時間があるんだ。レックスと出会って、まだ数年でしかないのだから。そう遠くない未来には、達人になっているはずだ。ゆっくりと、待つ。それも悪くない。


「やはり、レックスを弟子に持てて良かった。依頼を受けたのは、正解だったな」


 所詮は貴族の遊びだと思っていたが、まさか私の人生を変えることになるとはな。しかし、レックスと出会う前より、明らかに充実している。


 レックスに出会えたことは、私にとって一番大きい財産だと言えるだろう。これまでの人生では、知らなかった悦びを教えてくれた。本当に、感謝したいものだ。


「私とて、まだまだ成長できる。それも、レックスと出会わなければ知らなかっただろう」


 魔力を切り裂く剣など、レックスのためだけに生み出した技なのだからな。そうでなければ、私はただの剣士のままだっただろう。今の私ならば、相応の魔法使いを殺せる。これまでと違ってな。


 レックスを成長させるつもりで、私も成長させられていた。まったく、皮肉なものだ。だが、素晴らしいことだ。


「ふふ、師というのは、弟子にも学ぶものなのだな。悪くない」


 レックスのおかげで、どれほど私が成長したか。きっと、レックスには分からないのだろうな。だが、それで良い。私は、レックスにとって尊敬できる師でありたい。


 そのためには、格好をつけるくらいでないとな。堂々とした私を、見せたいものだ。


「さて、と。魔法を斬る剣は生み出せたのだから、次の目標を定めないとな」


 レックスの師として、私はレックスを成長させる。そのためには、レックスが覚える価値のある技術を生み出さなければならない。


 私が停滞してしまえば、レックスは簡単に私のすべてを覚えて、次の段階に進むだろう。そんなことを、許して良いはずがないのだから。


 レックスの剣技は、私が染め上げる。そのためには、どれほどの努力だって重ねようじゃないか。


「魔力を持たない私にできるのは、体を活かした剣技を作ることだけ」


 獣人の身体能力を活かした剣こそが、私の長所。そこを磨き上げれば、レックスとて運用できる剣になる。レックスは、魔力で体を強化できるようなのだから。


 私はただ、私の剣を極めるだけでいい。単純明快で、分かりやすいものだ。


「そうだな。音無しサイレントキルの速度をあげられないか、考えるか」


 完成したと思っていた剣技だが、本当に完成したとは限らない。まだ改善の余地がないか、全力で探る。そうでもなければ、もっと先には進めないだろう。


「今やるべきことは、おそらく基本に立ち返ること。基礎の精度を高めることだ」


 新しい技は、生み出したばかりだものな。別の道に進むことが、今の私がするべきことだろう。音無しサイレントキルは、音を置き去りにする。いっそのこと、雷すら置き去りにしてやろうじゃないか。


 カミラを上回る速さを出せたのなら、一石二鳥だものな。私はカミラに勝てる。実力でも、レックスへの影響でも。


「レックスには、私の剣を完璧に伝えたいものな」


 そうなった暁には、レックスの剣を私に刻みつけてもらいたいものだ。どんな剣になるか、楽しみで仕方ない。


「そうして、いずれ私を組み伏せてもらう……。どうにも、たぎってしまうな」


 レックスが欲望のままに私を組み伏せ、押し倒す。そんな光景を想像したら、つい笑みを浮かべてしまう。レックスが私に刻みつけるものは、どんなものになるだろうな。


 息が荒くなってくるな。私は、もはやレックスで頭がいっぱいだ。


「お前の成長のために、私は全てを尽くす。この先が楽しみだな、レックス」


 その先の未来で、私にレックスのたくましさを教えてくれ。それだけで、私は報われるだろう。


 お互いがお互いを刻み込むなんて、最高じゃないか。なあ、レックス?

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