第371話 カミラ・アステル・ブラックの目標
あたしは、バカ弟と何度も戦い続けてきたわ。初めて負けた時から、ずっとね。悔しさに震えることもあった。泣き出しそうになることもあったわ。でも、そんなことで諦めるなんて、あり得なかった。
だって、あたしはお姉ちゃんなんだもの。バカ弟をただひとりになんて、させやしないわ。どれほど強かろうとも、隔絶していようとも、関係ない。あたしが、バカ弟をつなぎとめるだけ。そう決めていたのよ。
ずっと、努力を重ねてきた。バカ弟に勝つ瞬間を夢見て。一生消えない傷を刻み込んで、あたしを絶対に忘れさせないために。
訓練しすぎて、倒れそうになったこともある。縮まらない距離に、折れそうになったこともある。けれど、決して立ち止まったりしなかったわ。だから、あたしは結果を出せたのよ。
あたしが生み出した新しい魔法は、バカ弟に刻み込まれたでしょう。傷跡としても、心に残るものとしても。
バカ弟と戦って、勝って、あたしはひとりきりの部屋にいたわ。そうでもなくちゃ、感情の行き場がなかったもの。
「ようやく、あたしはバカ弟に勝てた。ここから、あたしの人生は始まるのよ」
これまでのあたしは、ただ生きているだけだったわ。何一つとして成し遂げていない、ただの負け犬だったのよ。でも、今は違う。バカ弟は、絶対にあたしを忘れないでしょうね。初めての敗北を刻み込んだ相手として。
つい、笑っているあたしがいたわ。楽しいって、こんな気持ちだったのね。そう実感していたわ。胸の奥が弾むような感覚が、頭が弾けるような感覚が、あたしを満たしていたの。
とはいえ、まだ始まったばかり。終わりには遠いもの。立ち止まるなんて、論外よね。
「まあ、バカ弟のことだから、すぐに対策してくるんでしょうけれど」
あたしがどれだけ苦労して、切り札を生み出したと思っているのかしら。まったくもう。でも、いいわ。バカ弟が努力するのは、あたしの存在が忘れられないからでしょうし。
だからこそ、これからもあたしを刻み続けるだけよ。絶対に、よそ見なんてさせない。あたしから、目を離させない。姉をずっと見るのは、弟の義務だもの。そうよね、バカ弟。
「ほんと、退屈するヒマがないわ。ま、悪くないわ。つまらない人生なんて、まっぴらよ」
バカ弟と本当の意味で出会うまでは、ずっと死んだように生きてきたもの。そんな瞬間に戻るなんて、あり得ないわ。考えただけで、飽き飽きしちゃう。つまらないものよ。
あたしは、バカ弟に勝つためだけに生きてきたと言っていいわ。でも、それは悪くなかった。ずっと、まっすぐに進み続けられていたもの。
バカ弟には、感謝しないといけないわよね。まあ、自惚れるようなら、現実を突きつけてやるだけよ。ほんと、手間を掛けさせてくるんだから。バカ弟じゃなきゃ、どうしていたかしらね。
「でも、まだバカ弟は私の魔法の正体に気づいていないみたいね……」
あたしそのものが魔法。あたしは雷であり、剣であり、あたし自身でもある。雷として相手を焦がすことも、剣として切り裂くこともできる。
そしてなにより、魔法があたし自身ということは、受けた相手にはあたしを送り込めるのよ。バカ弟の消えない傷は、その証よね。
今でも、バカ弟の存在を感じるわ。どんな魔法を使っているのかも、どんな動きをしているのかも、全部分かる。もう、バカ弟はあたしの手のひらの上なのよ。
「ふふっ、あたし自身を、魔法を通じてバカ弟に溶かし込む。良いものよ」
これからは、どこにいてもバカ弟でいっぱい。そして、バカ弟は傷を見るたびにあたしを思い出すでしょう。いえ、そんなまどろっこしい事をしなくてもいいわ。傷跡を疼かせてやれば、それだけであたしを思い浮かべるでしょう。
いい気分よ。バカ弟は、もうあたしから離れられない。たとえ遠くに居ても、絶対にあたしを忘れられない。魂の奥底にまで、あたしの存在を刻み込めるのよ。
「あたしはお姉ちゃんだもの。バカ弟とずっとつながるのは、当然のことよね」
弟は姉のもの。そんなの、この世の摂理だものね。バカ弟は、どこに居たとしても、何をしていたとしても、ずっとあたしのものなのよ。
そう、身も心も、剣も魔法も、何もかもね。ねえ、バカ弟。あたしの剣を覚えなさい。あたしの魔法を覚えなさい。そうすれば、もっと強くあたしが刻み込まれるでしょう?
とはいえ、時間をかけてこなすことだもの。今日明日に終わることではないわ。その間は、別のことをしないといけないわよね。
「さて、これからどうしたものかしら。近衛騎士になるのは、面倒だもの」
バカ弟に有効打を与えることが、近衛騎士になる条件。そう言って、ミーアは戦いの場を用意したのだもの。ちょうど良い機会だから手を上げたけれど、考えてみればわずらわしいものよ。
それに、バカ弟と離れる機会も増えるでしょう。まあ、消えない傷を刻み込んであげたから、マシではあるのだけれど。あの傷を通して、あたしはバカ弟と繋がり続けるのだもの。
「仕方ないわね。バカ弟と戦う代わりだと思っておきましょうか。いいお姉ちゃんを持ったものよね、ねえ?」
まあ、ミーアやリーナが傷ついたら、バカ弟は悲しむものね。それを防ぐためだと思っておきましょうか。ほんと、弟を大切にするいいお姉ちゃんよ。他の姉なら、きっともっと雑に扱われていたわよ。
あたしだって、バカ弟のことは大好きだもの。笑顔で居てくれるのなら、それが一番よね。
「とりあえずは、また訓練しないとね。すぐに負けたら、姉の恥だもの」
ただ一度だけ勝った過去を誇るなんて、そんな無様をさらすあたしじゃないわ。だから、あたしはもっともっと進化し続けるのよ。
いっそのこと、バカ弟の魔力もあたしに溶かし込んでやろうかしら。そうすれば、もっと深く繋がれるわよね。
「姉というものは、弟の上にいてこそなのよ。そうじゃなきゃ、意味なんてないわ」
弟に負けて、バカにされる。そんなの、許せることじゃないもの。それに、弟を守るのがお姉ちゃんの役割だもの。あたしの力で、バカ弟を傷つけるやつは殺し尽くすだけよね。
そのためにも、ミーアやリーナの敵を殺すのも、まあ悪くないわ。弟の友達なんだから、それなりに大事にしてやらないとね。まあ、バカ弟の一番はあたしだけれど。
「まったくもう。ずっとバカ弟のことばかり考えているわね。ほんと、贅沢なやつよ」
まあ、それがお姉ちゃんってものよね。弟の一番で、弟が一番。それでこそよ。とはいえ、あんまり甘えるようなら、痛い目を見せてあげるけれどね。
でも、少しくらいなら泣きついてきてもいいわ。お姉ちゃんとして、強く抱きしめてあげるわよ。甘やかしてあげるわよ。そして、また傷を刻み込んであげるわ。
「あたしはずっと、お姉ちゃんだもの。たとえ離れたとしても、刻みつけた傷があたし達をつなげてくれるわ」
弟と姉は、絶対に切れない関係だもの。恋人なんかより、ずっと深くつながっているのよ。そうだものね、バカ弟。違うというのなら、思い知らせてやるだけよ。ねえ?
あたしとバカ弟は、ふたつでひとつなんだから。絶対に、誰にも邪魔なんてさせないわ。
「バカ弟があたしのことを忘れるのなら、また消えない傷を刻み込んであげるだけよ」
そうして、何度でもあたしを思い出させてあげるわ。ずっとあたしで頭がいっぱいになるようにね。姉のことを考え続けるのは、弟の義務だもの。ちゃんと守りなさいよね、バカ弟。
「嬉しいわよね、レックス。あんた、お姉ちゃんが大好きだものね」
仕方ないから、ずっと一緒に居てあげるわ。何があったとしても、あたしとあんたはつながり続ける。
どんな未来だとしても、変わらないことよ。誰にだって、壊せないつながりなのよ。
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