物語の途中で殺される悪役貴族に転生したけど、善行に走ったら裏切り者として処刑されそう

第367話 誰かの糸

　近衛騎士達に大きな損害を与えた敵を打ち破ったので、後は帰るだけになった。とりあえず、戦果を知らせておかないとな。

　しかし、闇魔法使いの敵が急に現れたとなると、かなり厳しいだろうな。エリナが当たり前のように倒したのは、エリナが特別な存在だからなのだし。

　普通なら、闇魔法使いに相対したら死ぬ。近衛騎士の第一陣と第二陣のように。一般的な民衆にしてみれば、かなりまずい状況と言えるだろう。

　闇魔法使いが分別を持たずに暴れ回れば、相応に大きな被害が出る。だからこそ、早急に対処したいな。まあ、今回の例が特別なだけである可能性もあるのだが。とはいえ、これまでの経験からして、もっと大きい事件につながっているだろうな。だから、気を抜くには早い。

　とはいえ、今の段階ではどう対応するべきかも判断できない。まずは、予定通りに動こう。ということで、近衛騎士達の本拠へ向かうことになった。

「近衛騎士に報告すれば良いんだよな。こっちで良いのか？」

「はい。そのまま進んでいけば……、これは、まさか！」

　ハンナが口元に手を当てていた。その先を見ると、人が大勢倒れている。近寄ってみたら、ぴくりともしない。

　念の為に倒れている相手の口のそばに手を持って行くが、呼吸は確認できない。まあ、そういうことだ。

「明らかに、息はないな。レックス、警戒してくれ」

「その必要はなさそうよ。あっち、見てみなさい」

　カミラの指差す方を見ると、無傷の男が居た。どう考えても、状況的には第一容疑者だ。さて、どうしたものかな。

　目の前の男はこちらを見ながら、いやらしい笑みを浮かべていた。

「ほう、見つかったか。だが、ちょうど良い。まだまだ実験が足りぬと思っていたところよ」

　発言からして、こいつが下手人で間違いないだろう。それに、こちらに攻撃してくる様子だ。魔力を集中させているのを感じる。しかも、闇の魔力だ。つまり、また闇魔法使いが現れたことになる。

　どう考えてもおかしいが、まずは目の前の敵に集中しないとな。油断して負けるのは論外なのだから。

「バカ弟とは、比べる価値もなさそうね。ま、いいわ。あたしが、遊んであげる」

　カミラが剣を持って前に出る。すると、敵は明らかにバカにしたような笑みを浮かべていた。

「ふん、選ばれしものでもあるまいに。先程の者たちと同じところに送ってやろう！」

「問答している暇があったら、もっとあたしを見ているべきだったわね。もう、終わりよ」

　敵が動きらしい動きを行う前に、カミラは敵を両断していた。電気をまとって加速する技ではあるが、相変わらず速い。そのまま、あっけなく敵は倒れていく。

　とはいえ、気になることもあった。今回の敵も、自分の体に闇の魔力をまとわせていた。単純な発想と言えばそうなのだが、だからといって2人連続で同じ魔法を使うものだろうか。

　それに、闇魔法についての教本なんて、どこにもないだろうからな。元が希少だし、魔法の技術は秘匿されがちでもある。フィリスのような存在は、例外だと言える。自分の魔法を惜しげもなく教える人なんて、まず居ない。

　だからこそ、偶然だとは思えない。何者かが裏で糸を引いていると考えるのが自然だろう。そう思えた。

「やはり、闇の衣（グラトニーウェア）に似た魔法……。どうも、怪しいな」

「それより、ハンナ。一応、誰か生き残っていないか確認した方が良いんじゃないの？」

「カミラ殿の言う通りですな。ただ、期待薄でしょうが」

　カミラの言うことは正しいだろうから、とりあえず周囲を魔力で探っていく。ついでに、敵が隠れていないかも。だが、生きている人のような反応はなかった。恐らくは、全滅したのだろうな。

「これ以上、周囲に人の気配は感じないな。誰かが生きているとは思えない。強いて言うのなら、逃げているかどうかか」

「私から見ても、全員死んでいる様子に見えるな。とはいえ、誰が死んだかの確認も必要だろう。ハンナ、頼めるか？」

「分かりました。しばらく時間をいただきます」

　ということで、ハンナはしばらく遺体を検分していた。俺達で手伝えることはほとんど無かったので、適当に様子を眺めているだけになってしまった。まあ、一応周囲を警戒していたとはいえ。

　そして、ハンナは深刻そうな顔で戻ってきた。

「名簿とも照合しましたが、近衛騎士に生き残りはいない様子です。これで、私だけになってしまいましたね」

　まあ、そうなるよな。拠点が襲われたとなると、逃げ出す以外で生き残る道はないだろう。しかし、大変な状況になった。少なくとも、近衛騎士としての活動はできなくなるだろう。いくらなんでも、ハンナひとりで業務をこなすのは不可能だ。

　とはいえ、俺が考えてどうにかなる問題ではない。とにかく、ミーアに伝えるのが大事だな。しばらくは、俺がミーアやリーナを守れるのなら良いが。まあ、そのあたりも王家の判断次第だ。

「困ったものだ。ミーアやリーナの安全が危ぶまれるな。急いで報告しないと」

「そうですね。とはいえ、闇魔法使いが複数人も同時に現れたのですか……」

「ミーアのやつなら、大丈夫でしょ。光魔法は、闇魔法に有効なんでしょ？　ね、バカ弟」

「まあ、練度は低いからな。リーナでもどうにかなるとは思う。ただ、そう単純でもないだろう」

　とにかく、どうして闇魔法使いが急に現れたのか分かっていない。原因次第では、王宮に現れる可能性だって否定できない。

　完全に安全とは、とてもではないが言い切れないな。できるだけ早く、問題を解決したいところだ。とはいえ、今は何もできないのだが。歯がゆいものだ。

「王家の威信が落ちますからな。なんとしてでも、近衛騎士の再編をしなければなりません」

「私から見れば、未熟者ばかりではあったが。とはいえ、外部の人間には分からないことだからな」

「ええ。ですから、実力者を集める必要があるでしょうね。二度同じことを起こさせる訳にはいきません」

　王女姉妹の護衛として、ちゃんと信頼できる相手であってほしいところだ。そうでなくては、何も始まらないだろう。

　まあ、俺が考えるべきことではないな。王家がどう判断するか次第になる。とりあえずは、王家の動きを待つところだからだ。

「それもこれも、まずはミーアやリーナと相談しないとな。俺達だけで考えていても、どうにもならないだろう」

「あたし達の敵についても、調べなくちゃいけないものね。まったく、面倒なものよ」

　闇魔法使いがただ偶然発生したとは考えづらい。そうなると、ほぼ間違いなく黒幕がいる。近衛騎士が襲撃されたことを考えたら、最初に近衛騎士の第一陣が倒されたのもつながる気がする。

　とにかく、大きな陰謀の中に居る気がしてならない。本当に、気合いを入れなければな。おそらくは、王女姉妹にも助けを求められるだろう。いつでも応えられるように、準備をしておくべきだ。

「闇魔法使いが増えたとなると、怪しいのは邪神か？　いや、思い込みは避けるべきだな」

「今のところは、情報が足りていませんからな。レックス殿の言う通り、殿下に報告いたしましょう」

　さて、王女姉妹や国王はどんな対応をするだろうか。きっと、王家も巻き込む流れになる。そんな予感が消えなくて、少しだけ不安がよぎった。