第366話 違和感の存在

 近衛騎士達は、闇魔法使いの前に倒れたという。ということで、俺達が倒しに向かうわけだ。


 現状分かっていることは、敵が闇魔法使いということだけなんだよな。まあ、それ以上の情報を集めろというのも無茶だろう。すでに大きな人的損害が出ているのだから。つまり、いま以上の情報収集は死人が前提になるだろうな。


 となると、ある程度はぶっつけ本番で当たるしかない。まあ、戦いというものは十全の準備なんてできないものだ。そこは仕方のないところだな。諦めるしかない。


 それで、いま俺達は敵の本拠地に向かっている。といっても、ただの家なのだが。だからこそ、余計に疑問が大きい。どうして近衛騎士が任務に出されたのか、そして敵は闇魔法を使えているのか。


 基本的には、魔法に目覚めることですら、ある程度しっかりした教育が必要だからな。自然と目覚める例は、とても少ない。俺は原作知識があったからどうにかなったが。


 まあ、戦いに疑問を抱えたまま挑むべきではない。とにかく、敵を倒すことに集中しないとな。そんなこんなで、俺達はたどり着いた。目の前には、小さな家が見える。


「さて、ここが目的地か。闇魔法使いが居るんだから、俺の出番か?」

「あんたが居なくちゃ対処できないなら、終わりなのよ。あたしに任せておきなさい」


 カミラの言うことは、まあ正しい。正しいのだが、心配になる部分はある。闇魔法はとても強いからな。普通の魔法使いでは、逆立ちしても勝てないだろう。


 まあ、カミラが普通の魔法使いかと言われれば、違うのだが。まあ、信じるべきではあるのだろう。俺ひとりしか対応できないのなら、複数箇所で同時に問題が起こった時点で終わりなのだから。


 それに、カミラの技は俺に通りそうになったこともある。凡百の闇魔法使いなら、どうにかなるはずだ。まあ、闇魔法使いの時点で凡人ではありえないのだが。それはさておき。


「いや、私が対応しよう。私でも対処できるとなれば、誰でも対処できるだろう?」


 エリナが笑いながら言う。恐らくは、しっかり対策があるのだろうな。エリナは傭兵として生きてきたのだから、生き残るために何をすべきか知っているはずだ。それで自分から手を上げるのだから、なにか確信があるに決まっている。


 それに、俺の贈ったアクセサリーもあるからな。死ぬような事態は避けられるはずだ。なら、任せよう。


「危なそうなら、手出しするからな。そこは譲れない」

「いつでも協力できるように、備えておきますね。それが妥当でしょう」

「分かったわ。今回は、エリナの手並みを見せてもらいましょうか」

「ああ、任せておくがいい。剣の極致を、見せてやろう」


 そのまま、エリナは敵のもとに向けて歩いていく。すると、敵は家から出てきて、エリナの顔を見て笑った。恐らくは、嘲笑だろうな。


「なんだ、獣人? 身の程知らずが、俺の噂でも聞いたのか? それとも、情婦にでもなりに来たのか?」

「私が何を持っているか、見えないようだな。そんなザマで、よく強者を気取れたものだ」


 エリナは相手の挑発をものともしない。まあ、剣を持っている情婦など意味不明だ。だから、妥当な反論ではあるのだろうが。


 敵は見るからに顔を歪めて、エリナをにらむ。さて、始まりそうだな。


「なら、どうなっても良いんだよな? 後悔したところで、遅いぞ!」


 敵は魔力を身にまとい、同時に魔力を放つ。エリナは敵の放った魔力を切り裂いて、そのまま突っ込んでいく。


 いま、エリナは平気で闇の魔力を切っていたな。闇魔法には、普通の物理攻撃なんて通らないと思っていたが。敵が弱いのか、エリナの剣が凄まじいのか。まあ、両方だろうな。


「ふむ、レックスの足元にも及ばないな。この程度なら、どうとでもなる」

「バカにしやがって! これでもくらえ!」

「……音無しサイレントキル。もろいな。いっそ、哀れになるほどに」


 敵が魔法を放つ前に、エリナは剣を振り抜いていた。敵は何もすることができないまま切り裂かれた。闇の魔力で体を守っている敵に、よくもまあ。


 エリナは一切の魔力を持っていないのだから、単なる技術だけで闇の魔法を貫いたことになる。自分が闇魔法使いだからこそ、偉業であることがよく分かる。並大抵の剣士なら、何もできずに死ぬだけだろうからな。


「何を言って……、は? 体が、うごかな……」


 敵はすべてが終わってから、斬られたことに気づいたようだ。まあ、エリナは普通の人間なら見えない速さで剣を振っていたからな。油断したら、俺だって斬られるかもしれない。それほどの技だ。


 音無しサイレントキルは、俺も使える。だが、やはり練度は違うと実感させられたな。俺の強さはあくまで闇魔法あってのもの。改めて、思い知った。


「やはり、本家本元は凄まじいな。魔力すら使っていないのに、目で追うのが精一杯だ」

「腹立たしいけど、腕は確かよね。ただの魔法使いじゃ、負けるはずだわ」

「しかし、参考になりますな。エリナ殿の剣技は、まるで芸術です」


 みんなも感心している様子だ。まあ、普通は魔法を使えない人間は魔法使いに勝てない。だからこそ、魔法使いが生まれない獣人が軽んじられているんだ。


 そんな中で、エリナは剣ひとつで身を立てた。その事実がどれほど恐ろしいか、今なら分かる。圧倒的な才能と努力という他ないな。


「ああ、確かにな。エリナに剣を教われたのは、俺の大きな財産だ」

「見ていたか、レックス。これが、魔法を斬る剣だ。実感は難しいだろうが」


 なるほど。エリナは俺に教えてくれようとしていたのか。もちろん、それだけではないだろうが。確かに、魔力を使わずに敵の魔法を切れるのなら、魔力を別のことに運用できる。俺としても、ぜひ身につけたい技術だ。


 とはいえ、気になることもあるんだよな。


「あいつ、闇の衣グラトニーウェアに似た魔法を使っていたよな。流石に、使いすぎたか?」

「私から見れば、レックスの模倣というのもおこがましい程度だったが。とはいえ、確かに似ていたな」

「バカ弟のマネをするのは、妥当なところじゃないの? 闇魔法なんて、教師も居ないでしょうに」

「可能性としては、いくつかありますな。いずれにせよ、レックス殿の魔法をどこかで知ったのでしょう」


 俺のことを知っている誰かから直接伝えられた。俺のことがどこかで噂になっている。俺が思いつくのは、そのふたつだ。前者だとすると、黒幕の存在が考えられる。闇魔法使いが知られていなかったことといい、きな臭いな。


「あまり広がるようなら、厄介だよな。対策を打たれたら、面倒だ」

「対策された程度で使えなくなるのなら、その程度の技ってことよ。精進しなさい、バカ弟」


 カミラは挑発的な顔をしているが、背中を押してくれている部分もあるのだろう。いま持っている技の練度を徹底的に高めたのがカミラだものな。俺だって、新しいことに手を出しすぎるべきではないはずだ。


「確かにな、姉さん。強い技というのは、対策されてなお通用するものだ」

「同時に、相手の行動を制限するものでもあるな。私の音無しサイレントキルを、敵が警戒するように」

「打たせたら、まず斬られるからな。なるほどな。今後の方針が見えたよ」

「さて、まずは報告に戻りましょう。それから、これからの対応を考えましょうか」


 今回の敵は簡単に倒れたが、そう単純な問題ではない。そんな予感がしていた。

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