第365話 新たな敵

 ハンナによると、近衛騎士が任務に失敗したらしい。ということで、俺達が代わりに敵を討つことになる。ハンナが一人で挑むと危険だろうし、俺としても気合いが入るところだ。


 今は、敵の情報を集めているところだな。こういうところで手を抜けば、後で痛い目を見るものだ。戦いである以上、死ぬことだってあり得る。だから、しっかりとハンナの知っていることを聞いておかなくてはな。


 何も情報が無い敵と戦うのは、できる限り避けたいところだ。あり得ないとは思うが、魔法の師であるフィリスのような圧倒的な魔法使いが敵だったら困る。それは、普通に勝つのが難しい。


 本当にフィリスが相手なら、手の内を知っているアドバンテージもある。それに、知っていれば心構えもできる。だが、急に同じような実力者に遭遇すれば、最低でもかなりの痛手を追うだろう。そう考えると、無策で敵に挑むのは嫌どころではないな。


「近衛騎士達の状態ですが、簡単に言えば第一陣は全員討たれました」


 ハンナは淡々と語っているが、俺はとても驚いている。近衛騎士が文字通りの全滅をするとなれば、敵は相当厄介じゃないだろうか。


 というか、第一陣は情報を持ち帰ることすらできていない。そうなると、敵がどんな相手なのか分かるかすら怪しいとなる。困ったものだ。あまり戦いたくない相手だな。とはいえ、俺がやめればハンナが戦うことになる。なら、協力するのが当然だよな。


「おいおい、かなりの危機的状況じゃないか? それは、俺を呼ぶわけだ」

「といっても、所詮はハンナすらいない近衛騎士でしょ? あたしだってできることよ」

「私なら、どうだろうな。ただ、絶対に勝てないと判断する情報ではないな」


 そう言われると、少しは安心できるかもしれない。いや、ダメだな。カミラと同格の相手は、普通に死人が出てもおかしくないレベルの強敵だろうに。まったく油断できる相手ではない。


 まあ、過剰に恐れすぎても、それはそれで問題なのだが。恐怖が強いと、実力を発揮しきれないからな。結局は、バランスの問題になる。


「ええ。ですが、問題は残りの情報にあります。敵は、闇魔法を使ったのです」


 ハンナは深刻そうに語る。とりあえず、情報は持ち帰れたのか。第二陣あたりが頑張ったのだろうな。とはいえ、闇魔法使いか。練度次第では、通常の魔法使いは完全に無力化されかねないんだよな。


 相手の魔力を操作する魔法をうまく使えば、相手は魔法を運用できなくなる。とはいえ、カミラくらいの相手になれば、俺ですら完全には対処できないのだが。ただ、フィリスと同格の練度を持った闇魔法使いなら、ただの魔法使いという時点で詰みだろうな。


「闇魔法を? それって国に報告されていたりしないのか?」

「だからこそ、問題なのです。レプラコーン王国に、我々の知らない闇魔法使いがいる。とても危険な事態です」


 俺だって、王家に報告されたものな。まあ、闇魔法使いが生まれたことを父が誇りに感じていたこともあるだろうが。とはいえ、実際に闇魔法使いは優遇されている。あくまで猛犬に鎖をつける手段だとはいえ。


 だから、隠れた闇魔法使いというのは珍しい。というか、なぜ今になって分かったのだろうか。普通、力を持った直後に暴走するというのが定番の流れな気もするが。


「なるほどね。ちょうど良い機会よ。あたしの技を試すためにはね」

「私としても、慣らせそうだな。闇魔法使いに対抗するための剣を完成させるために」


 カミラもエリナも燃え上がっているようだ。この調子で、敵にだけ対抗心をぶつけてくれたらありがたいのだが。まあ、功を競い合っても暴走が怖くはあるが。


 とはいえ、カミラだってエリナだって実戦慣れしているからな。つまらない競争で自分の命を危うくする真似はしないだろう。そこは信じられる。できれば、もっと仲良くしてほしくはあるが。


「頼りになることだ。闇魔法使いは厄介だが、だからこそ力に溺れやすいからな」

「同感ですね。敵は力を見せびらかすかのように近衛達を殺したそうですから」


 まあ、闇魔法は万能だからな。俺だって、周囲に命の危険がなければ、調子に乗っていたのかもしれない。だが、今なら分かる。ただ強い力を持っているだけでは、足りないのだと。


 結局のところ、誰かの信頼がなければ人は生きていけない。精神的充足という意味もあるが、単純に戦略として。周囲に嫌われるだけの存在に未来など無いと、父に教わる形になったからな。だからこそ、仲間だけでも大事にしたいものだ。


「俺は同じことにならないようにしないとな。みんなに迷惑をかけるのはゴメンだ」

「あんたが道を外れたなら、あたしが切り捨ててあげるわよ」

「レックスの手を引くのも、師としての役割だからな。そう簡単に堕ちさせないさ」

「わたくしめも、友人として止めましょう。ですから、安心してください」


 俺が良くないことをしたら、周囲が止めてくれる。その安心感は、とても大きいよな。みんなを傷つける存在になることだけは、避けたいのだから。


 今となっては、平気で人を殺す存在になってしまった。だが、そんな俺でも守りたい一線はある。それは、仲間を大事にできる俺であることだ。そうでない俺に、価値なんてないだろう。だからこそ、皆んなだけは裏切りたくない。失いたくない。


「ありがたいな。みんなの敵になるのは嫌だからな。さて、俺達の敵はどんなやつなんだ?」

「スタンという男です。レックス殿は、ご存知ですか?」

「いや、知らないな。闇魔法使いなら、噂が流れても良さそうなものだが」

「だからこそ、分からないのです。どうして今になって、闇魔法使いと明らかになったのか」

「原因なんてどうでもいいじゃない。あたし達のやるべきことは、切り捨てることだけよ」

「戦場に余計な思考を持ち込めば、剣が鈍るものだ。私達が殺す相手だけ分かっていれば良いだろう」


 カミラとエリナは、バッサリと切った。だが、正しい姿勢だと思う。戦いで大事なのは、まず生き延びることだ。次に、敵を効率よく殺すことだ。それらを優先すべきであって、他のことは後回しで良い。大事なことだよな。


 俺ひとりのことならともかく、みんなだって戦うんだ。だったら、勝つことを優先しよう。それで良いはずだ。


「まあ、情報を引き出すのは余裕があってこそか。とにかく、まずは勝たないとな」

「頼もしい限りでありますな。わたくしめも、見習いたいものです」

「ハンナなら、大丈夫じゃないか? 油断する姿なんて、想像できないが」

「臆病風に吹かれるならともかく、警戒なんていくらでもしていいのよ。バカ弟、分かってないわね」

「カミラの言う通りだな。敵の強さを見誤れば、待っているのは敗北と死だ」


 言われてみれば、正しいように思える。怯えて有効な一手を打てないなら別だが、警戒心は持っておいて損はないよな。常に相手が切り札を隠していると思うくらいでちょうど良いかもしれない。


 とにかく、油断は禁物だ。みんなの命がかかっているんだから、全力で集中しないとな。


「ああ、そうだな。二人の言う通りだ。闇魔法使いなんて、何でもできるからな」

「レックス殿が言うと、説得力がありますな。では、皆様。よろしくお願いします」


 そう言って、ハンナは頭を下げた。必ず、みんなを安全に返してみせる。そんな意気込みを込めて、強く頷いた。

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