11章 示すべき価値
第364話 課題を抱えて
ホワイト家での用事が終わって、しばらくはブラック家で仕事をこなしていた。とはいえ、出ていっていた時の分を考えたら仕事は少ない。もはや、俺が居なくても回っていそうなくらいだ。
おそらくは、見えないところで組織の改善が進んでいるのだろうと思う。ジュリア達のように、仕事がこなれてきた人も居るのだろうし。ということで、今は落ち着いて過ごせているな。家族や仲間との時間を取りつつ、穏やかな日常を楽しめている。
とはいえ、そう長くはないだろう。原作での事件は、いくらでもある。そして、俺や仲間の周囲を取り巻く陰謀も。原作で事件がなかったからといって、油断なんてできない。
そう考えていると、魔法での通話が飛んできた。また、何かあったのだろうか。ため息をつきそうになりながら、すぐに出る。
「レックス殿、今よろしいでしょうか?」
「ハンナ、どうしたんだ? 切羽詰まっているのか?」
なんとなく、声色に真剣さを感じていた。気のせいかもしれないが、とりあえず注意を払うべきだろうな。
ハンナは近衛騎士として仕事をしているのだろうし、それが困っているとなると、危険だろう。王女姉妹のミーアやリーナにだって影響もあるかもしれない。大きな問題になる前に、対処しておきたいところだ。
「お分かりですか。一度王宮に来ていただきたいのですが、構いませんか?」
やはり、かなり困っている様子だ。すぐに飛んでいきたいところではあるが、大事なことがある。俺はブラック家の当主だから、それを捨てられない。
まあ、おそらく許可は出るのだろうが。まるで忙しくはないし、実質的には弟のジャンや秘書のミルラが当主のようなものだ。だから、俺が居なくてもどうにかなるとは思う。とはいえ、確認すらしないのは不義理だからな。
「とりあえず、家の人達に許可を取ってくるよ。ジャン、ミルラ、良いか? ……ああ。ハンナ、いまから行けることになったぞ」
「ありがとうございます。では、歓迎の用意をしておきますね」
ということで、軽く準備をしておく。すると、姉であるカミラが俺の部屋にやってきた。武器を持っているので、おそらくは戦う予定なのだろう。いくらなんでも、今から俺と戦おうとはしないはずだ。そうなると、ジャンやミルラに指示されたのだろうな。
「姉さんも来るんだな。ジャンから話があったのか?」
「そんなところね。あたしを退屈させるんじゃないわよ、バカ弟」
挑発的な目で見ながら、そんな事を告げられる。厳しい目をしていたり、長い黒髪を後ろでくくっているだけだったりと、活発と言うか強気な印象は相変わらずだ。
とはいえ、とても努力家で誇り高い人だからな。尊敬できるし、信頼もできる。そして何より、俺の贈った剣をとても大事にしてくれていたりと、愛されているのが伝わるからな。大好きな姉と言える。
「状況が分からないことには、約束はできないな。だが、努力はするよ」
「まったく、もう少し堂々とすれば良いものを」
ジトッとした目でこちらを見てくる。カミラはまっすぐな人だから、余計に俺の態度が気になるのだろうな。だが、それも俺なら期待に応えられると感じてくれている証なのだろう。そう思える。
だからこそ、できるだけ立派な俺でいたいよな。カミラにとって誇れる弟であり続けたいものだ。
「俺も当主だし、気を付けておくよ。じゃあ、行くか」
ということで、ハンナのもとに転移していく。すると、緑の髪をポニーテールにしている子に笑顔で出迎えられた。ハンナは相変わらず真面目そうだな。というか、実際にしっかりした人なのだが。
その隣には、狼の耳と尻尾を持った女の獣人が居た。俺の剣の師であるエリナだ。腕を組みながら、威風堂々といった様子で立っている。やはり、風格のある人だ。歴戦の傭兵だけのことはある。
「ホワイト家の時以来だな、ハンナ。それに、エリナも居るのか」
「また会えて嬉しいと言いたいのですが、状況としては言いづらいですね……」
ハンナの言葉を聞く限りは、良くない状態なのだろうな。まあ、そうでもなければ急に呼び出したりしないだろうが。ただ友人として会うだけのことが、どうしても難しい。嫌になりそうではあるが、止まってなど居られない。
なにせ、俺という戦力が居るかどうかで、戦局は大きく左右されるのだから。それを考えたら、何もせずに居るなどありえない。みんなとの平穏な時間のために、突き進むまでだよな。
「ただ、間違いなくレックスの成長は見られるだろうな。師としては、嬉しい限りだ」
エリナの言葉は、師として俺を大事にしてくれている証なのだろう。それと同時に、傭兵としての価値観も見て取れる。やはり、平常心を常に保つのが大事なのだろうな。
さて、まずは状況を整理したいな。それによって、俺のやるべきことは変わるのだろうから。
「とりあえず、今どうなっているのかを説明してもらえるか?」
「もちろんです。といっても、単純ではあるのですが。近衛騎士が任務で敗れてですね」
「ハンナがいて、負けるほどだったのか?」
「いえ、わたくしめは待機しておりました。ただ、そのままでは勝てないだろうとなりまして」
そう聞いて、安心したような、怖くなったような。とりあえず、ハンナが危険な目にあっていないのはありがたい。とはいえ、ハンナほどの戦力が居ても勝てない可能性があるのか。これは、気合いを入れるべき案件なのだろうな。
まあ、俺という戦力を必要としている時点で、分かりきったことか。いつも通り、やれることを全力でやるだけだ。
「あたしだけでも十分じゃないの? それに、エリナも居るみたいだし?」
「私は獣人だからな。近衛騎士の信頼を得ることは難しいだろう」
「ほんと、バカなことよね。あんたみたいなやつを、軽く見るなんて」
「ずいぶんと成長したみたいだな。力の流れが落ち着いている」
「あんたこそ、余裕そうじゃない。吠え面かかされたいのかしら?」
「ふふっ、二度同じ相手には負けられないものな?」
エリナとカミラは、火花を飛ばし合っている様子だ。まあ、何度か戦っている相手だからな。ライバル心のようなものもあるのだろう。確か、前はエリナが勝ったんだよな。剣術の可能性に驚かされた記憶がある。
俺は圧倒的な強さの魔法を持っているが、剣士としても成長したい。というか、剣と魔法の融合こそが理想だからな。そのためには、エリナの剣術をもっと身につけたいものだ。
まあ、ハンナの抱えている事件を解決しないことには、落ち着いて訓練もできないだろうが。
「まったく、落ち着いてくれよ。今はハンナの話を聞かないと、な?」
「いえ。切羽詰まっているのは事実ですが、今すぐ戦うほどではありませんので」
となると、攻められて負けたと言うより、攻め込んで負けた感じか。なら、縄張りに相手がいる限りは時間の猶予がある。急ぐのは事実なのだろうが、今すぐどうにかしないといけないほどでもない。大体わかった。
「そう。なら、エリナにあたしの力を思い知らせてあげようかしら」
「受けて立つと言いたいが、今は状況が悪いな。戦いの場など、用意できまい」
「逃げるつもりでは、無いみたいね。いいわ。少しくらい、待ってあげましょう」
お互いに挑発をぶつけ合っていて、こっちにまで圧が飛んでくるようだ。切磋琢磨で収まるのなら良いが、あまり過激なことになってほしくはないな。本当に困る。
「お互い、加減してくれよ。どっちかが大怪我するなんて、ゴメンだからな」
「ねえ、バカ弟。あんたこそ、ケガをしたくなければ気をつけることね。今度は無傷じゃ済まさないって言ったでしょ」
「ほう。私も、レックスに通じる技を生み出したところだ。お互い、楽しめそうだな」
こっちにまで飛んできた。だが、エリナとカミラの仲がこじれるよりはよほどマシだ。とはいえ、今は受けることもできない。そうなると、本題に入るのが一番だよな。逃げの一手ではあるのだろうが。
「とりあえず、今は近衛騎士の話をしよう。いいよな、ハンナ?」
そう言うと、ハンナは頷いた。さて、今回の事件はどんな内容なのだろうな。どこかに不安を感じつつも、俺は気合いを入れ直した。
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