第368話 力の証明

 ハンナ以外の近衛騎士が死んでしまったので、対応を考える必要がある。ということで、まずは王家に報告することになった。


 兎にも角にも、王家がどう判断するかが大事だからな。俺達がいくら考えたところで、あまり意味はない。いや、意見を求められたら出すくらいはするが。


 こちらとしては、王家がどのような状況に置かれているかなんて分からないからな。近衛騎士なんて、ただ実力だけで選ぶわけにもいかないだろうし。周囲の貴族とのバランスなんかを考えて採用することになるだろう。


 とにかく、心の準備だけはしておかないとな。新しい近衛騎士に誰が採用されるかによって、俺達の今後も変わってくるのだろうし。


 少なくとも、闇魔法使いが現れて、近衛騎士を狙った。その状況だけははっきりしている。だから、近衛騎士の動きはとても大事になるだろうな。


 今は、王宮にたどり着いて、姉王女であるミーアの部屋に迎え入れられたところだ。妹王女であるリーナも居る。広くはあるが、あまり飾り気のない場所だな。まあ、寝室ではないのだから、機能が果たされていれば良いのだろう。ミーアの部屋だから、普通は外部の人間なんて入らないだろうからな。


 ハンナはミーアに対し、神妙な顔で報告していく。ミーアは、明るい顔をしていた。まあ、まだ情報が伝わっていないのだろう。あるいは、深刻な顔をしないことが王女としての戦術なのか。どちらにせよ、華やかな笑顔には惹きつけられそうだ。


「ミーア殿下、リーナ殿下、近衛騎士の生き残りは、わたくしめひとりになってしまいました」

「ハンナちゃんが無事で良かったわ! まずは、それを喜びましょう!」

「どうせ、役に立っていたとは言い難い相手ですからね。別に、悲しくはありませんよ」


 ミーアとリーナは対照的だな。ミーアは明るい顔で前向きな話をしているし、リーナはめんどくさそうな顔で皮肉っぽい物言いをしている。


 まあ、リーナの言っていることは分からなくもない。俺達が軽くあしらえる程度の敵に全滅させられるようなら、強さとしては足りないよな。ただ、だからといって近衛騎士が必要なくなるわけではない。今後については、確認しておかないとな。


「とはいえ、近衛騎士をどうするかは問題だよな。ミーア、どうするんだ?」

「レックス君に、手伝ってもらいたいことがあるの! 良いかしら?」

「ああ、構わない。お前の役に立てるのなら、何よりだ」


 特に迷うこともなかったので、受ける。ミーアの頼みなら、できるだけ聞いておきたいからな。そう思っていると、カミラやリーナにジトッとした目を向けられた。


「安請け合いしちゃって。無理難題を押し付けられても、知らないわよ」

「姉さんのことですから、何をするかは想像がつきますけどね。ご愁傷さまです、レックスさん」

「ただ、ミーア殿下にだってレックスをいたずらに傷つける理由はないだろう。苦労はするかもしれないがな」


 そんな事を言われると、怖くなってくる。まあ、エリナの言うように、俺を傷つけたりはしないと信じているが。恥ずかしいことでもさせられるんじゃないかと、気が気じゃない。


 まあ、引き受けてしまったものは仕方ない。楽に済む内容であることを、祈るしかないな。


「おいおい、何をさせられるんだよ。まあ、軽く受けた俺が悪いと言えば悪いが」

「安心してね! レックス君なら、何も問題ないわ!」


 それから、ミーア達の指示に従って玉座の間で待機していた。だんだん人が集まってきて、最後にミーアとリーナ、そして国王が入ってくる。三人がみんなの前に座った段階で、皆がひざまずき、ミーアが沈んだような顔で話し始めた。


「さて、皆さん。悲しい出来事がありました。近衛騎士の多くは、敵の凶刃の前に倒れてしまったのです」

「私達の護衛として、新しい近衛騎士を採用しなければいけませんね」


 リーナの言葉を受けて、立ち上がったものが居た。手を上げているので、自分をアピールしたいのだろう。礼節なんかは、気にしなくて良いのだろうか。


「でしたら、ぜひ私が!」

「我が息子にお任せくだされ!」


 そんな風に声を上げる人たちを見回し、ミーアは微笑む。そして、はっきりと言葉を紡いでいった。


「近衛騎士はまさに敗れたばかり。威信を保つためにも、並大抵の実力ではいけません。闇魔法使いを相手にしても、対抗できるくらいの」

「ですから、そこにいるレックスさんに、一撃でも有効打を与えられること。それが条件です」


 そう言われて、一斉に俺の方に目が向く。まあ、妥当なところではある。警戒していたほどの難題ではないな。とりあえず、防御魔法を張っておく。できるだけ目立つような黒い魔力の衣をまとった。


 立候補したい者たちが、気合いの入った顔でこちらに向かってくる。そして、順番に戦うことになった。


「この一撃をくらえ!」

「ダメですね。十分な実力を持っているとは言えません」


 炎の魔法を放ってきた相手は、俺の防御魔法を揺らがせることすらできなかった。そのまま、ミーアが目線を向けて、兵たちに下げられていく。


「我が切り札、受けてみよ!」

「その程度なら、逆に私が守る方になりそうなんですよ。論外ですね」


 今度は三属性を込めた爆発魔法を叩きつけられた。だが、俺の防御は小揺るぎもしない。そのまま、リーナが呆れたような物言いで失格を提示する。


 そんなことが続いて、ついに不満が爆発したようだ。誰も採用されていなかったからな。


「だったら、誰なら対抗できるというんだよ!」


 その言葉を受けて、カミラとエリナが立つ。こちらに向ける目からは、相当な圧力を感じる。これは、油断したらまずいだろうな。そう思わされるだけの気迫があった。


「仕方ないわね。ちょうど良い機会だし、バカ弟に身の程を教えてやるとしましょうか」

「私としても、剣技の限界を試してみたいな」

「おいおい、たかが一属性モノデカと獣人に、何ができるというんだよ!」


 誰かがそう言って、次の瞬間にはカミラは発言者の首元に剣を突きつけていた。かろうじて目で追うことはできたが、俺とエリナくらいしか、カミラの動きには気づいていない様子だったな。


 ミーアとリーナは、特に驚くこともないから、あるいは見えているのかもしれないが。ただ、ハッキリとは分からない。


「バカにしてくれたものね。自分の程度をわきまえなさい」

「……は? いつのまに、剣なんか……」


 剣を突きつけられた相手は、腰を抜かしていく。そのまま、兵士に外に連れ出されていった。


「良かったわね、実戦じゃなくて。その程度だから、無様をさらすのよ」

「まあまあ、カミラさん。では、その実力を見せていただきますね。レックスさん、お願いします」


 ミーアが宣言したことで、カミラは剣呑な気配を向けてくる。そして、エリナは不敵に笑っていた。とにかく、強敵がふたりだ。俺は武者震いしそうになっていた。


「俺も、本気でいかないとな。少し、離れていてくれ」

「私達ならともかく、そこらにいる人は巻き込まれかねないですからね。言う通りにしておきましょう」


 リーナは余裕そうな顔で、そんな事を言っていた。そしてカミラは、俺に剣を突きつけてくる。


「ねえ、バカ弟。あんたに、あたしを刻み込んであげるわ。覚悟しておきなさいよ?」


 獰猛な獣のような笑みを浮かべるカミラを前に、俺は全力を振り絞ると決めていた。


 さて、負けたくないものだ。とはいえ、どんな手段で俺に有効打をいれるつもりなのか、ワクワクしている部分もある。


 カミラの強い意志を感じる瞳が、じっと俺だけを見ていた。

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