第359話 大きな区切り
アイボリー家の当主を討って、俺とミュスカはホワイト家に戻ってきた。人が暴れている様子は見当たらず、激しい音も聞こえない。そして、ルース達は立ったまま話している。
ということで、少なくとも急いで解決するべき問題はないのだろう。念のために、ルースに確認していく。
「さて、ルース。終わった様子に見えるが、どうだ?」
「ええ、終わりましたわよ。問題なく、確実に、ね」
薄く笑いながら、ルースは語る。言い方からして、どこかに含みを感じる気もする。まあ、別に構わない。ルースもハンナも無事なのだから。それで良い。
後はスミアだが、ルースの後ろに控えている。これは、どうだろうか。捕らえられて抵抗できないのか、あるいはルースに許されたのか、はたまた裏切ってなどいなかったのか。
同じく気づいた様子のミュスカが、穏やかな顔で問いかけていく。
「スミアさんが隣にいるあたり、裏切りはウソだったってことかな?」
「もちろんです! レックス様と敵になったら、生きていけませんから!」
明るい笑顔をこちらに向けて、スミアは告げた。俺はほっと息をつく。かなり安心できた。スミアが死んでいる可能性すら想定していたからな。これからも仲良くできると思うと、とても嬉しい。
やはり、スミアを信じていて良かった。どうせなら、事件の段階でも信じ続けたかったものだが。まあ良い。今スミアが笑顔でいてくれるのなら、それで十分だ。
「そうか、良かった……。お前が裏切ったと聞いて、正直泣きそうだったからな」
「ありがとうございます、レックス様! 今後も、あなたのためにも尽くしますね!」
こちらの手を握りながら、スミアは涙ぐんでいた。やはり、裏切り者だと思われるのは嫌だったのだろうな。しかも、察するにカールの味方の演技をしていたのだろうから。俺だったら、何もかも投げ出したくなりそうなレベルだ。
やはり、スミアの活動は心を痛めるような部分があるのだろうな。無理はしないでほしいところだ。役割として必要だから、ある程度は頑張ってほしくもあるが。
どうしても、仲間というだけで優しくし続けることができない。協力する価値を考えてしまう。本当に、悲しいことだ。だが、結局はみんな自分の能力を活かすしかない。そうじゃなきゃ生き延びられない、残酷な世界なのだから。
「まったくもう、レックスさんという人は……。言葉の選び方を、間違えているのよ」
「わたくしめとしても、かばえませんな。どうせなら、わたくしめにも……」
ハンナの語る最後らへんは、ほとんど何を言っているのか分からないくらいだった。うつむいているあたり、悲しい気分ではあるのだろうが。不愉快にさせてしまったのなら、謝りたい。
とはいえ、理由も言わずに頭だけ下げても、納得なんてされないだろう。いや、俺の言葉が口説いているみたいなのがダメなのだろうが。だが、今までのハンナは普通にたしなめる程度だった。今回だけ悲しまれる理由までは分からない。
そんな俺に笑顔を向けて、ミュスカは提案してくる。
「それなら、私にもたくさん言葉がほしいな。良いでしょ、レックス君?」
「何を言えば良いのか、分からないが。とりあえず、褒めれば良いのか?」
「まあ、好きになさい。あなたが思うがままの言葉を言うことが、結果的には良いのでしょう。忌々しいけれど」
最後の方は、吐き捨てるように語っていた。おそらくは、嫌な気分にさせているのだろう。だが、ルースなりに納得している様子だし、提案には従った方が良いだろうな。
ルースのことだから、ここで何も言わなかった方が怒る気がする。なんというか、逃げを打ったみたいで。とりあえず、ルースから褒めていくか。
「そう言わないでくれよ、ルース。お前だからこそ、俺達は仲間として手伝ったんだからな。誇り高くて努力家で、誰よりもまっすぐなお前だからこそ」
「まったくもう。仕方ないから、許してあげてよ。これからの言葉もね」
「私の番は、流石に無いですからね! 次は誰でしょうか!」
ルースは軽くそっぽを向きながら言っていた。スミアは相変わらずの笑顔だ。まあ、スミアが発端なのだから、ここで言ったら俺もスミアも損をするだけ。それくらいは分かる。
ということで、次はハンナを選んだ。正直に言えば、逃げ出したい気持ちもあったのだが。今こそ、口説いているようなものじゃないか?
まあ、言わなければどうなるかは分かるから、言うしかないのだが。もう、顔が赤くなっていそうだ。
「みんなの前で言うの、かなり恥ずかしいんだが……。ハンナもありがとうな。お前の真摯な姿勢のおかげで、俺達は背筋を伸ばせるんだ」
「わたくしめは、皆さんに誇れるほどの存在では……。いえ、ありがたく受け取っておきます。友達、ですものね」
照れくさそうに、ハンナは少し下を向きながらもじもじしていた。本当に口説いているみたいで、こっちまで照れくさくなる。
とはいえ、赤らんだ頬やほんの少しつり上がった頬を見る限り、喜んでくれているのだろうな。それが、せめてもの救いだ。
「次は私だよね。楽しみだな。ね、レックス君」
「ミュスカの穏やかさには、きっとみんなが癒やされているよ。もちろん、俺もだ。これからも、よろしくな」
「もちろんだよ。ね、みんな? 私達は、ずっとレックス君の仲間だからね」
ミュスカは柔らかく微笑みながら言っていた。いつも通りの姿に見えて、一番安心できた。正直に言って、恥ずかしさでいっぱいだったからな。普通に対応してくれるのは、かなり助かる。
まあ、みんな喜んでくれているようで良かった。できれば、二度とごめんだが。
「ええ。これからは、あたくしも対等になれるはずよ。ホワイト家の支配は、形になったのだから」
「スミアのような仲間も、少しずつ見つけていってくれよ。きっと、お前を支えてくれるはずだ」
「もちろんよ。信頼できるかどうかは、ホワイト家にいる限り伝わるのだから」
悪い笑顔で、そう言っていた。察するに、俺の魔法を利用するのだろう。いつでもどこでも、何をしているか分かる。そうなってしまえば、誰も逆らえないだろうからな。
ただ、不安はある。配下に反発心を持たれないかとか、ルースのキャパシティを超えないかとか。とりあえず、懸念事項は伝えておこう。どうするのかはルースの選択次第だが、少しでも良い方向に進むように。
「闇魔法の監視か。必要なのは分かるが、頼りすぎるなよ。結局のところ、個人では限界があるんだから」
「私だって、手伝っちゃいます! ルース様とレックス様の、そして私の未来のために!」
拳を振り上げながら、元気いっぱいに宣言していた。きっとスミアなら、ルースの足りない部分を補ってくれる。俺にとってのジャンやミルラのような存在になってくれるはずだ。
スミアがいてくれて、本当に良かった。きっと、今のルースにとってはとても大事な存在になるだろう。おそらくは、公私ともに。
「ルースを任せたぞ、スミア。きっと、ルースはまっすぐすぎる。だから、ときどき引っ張ってやってくれ」
スミアはしっかりと頷いてくれた。ルースのブレーキ役は大変だろうが、お互いにとって良い未来につながるだろう。そう信じられた。
「もう、余計なお世話でしてよ。でも、ありがとう。レックスさんの気持ちは、受け取っておくわ」
ジトッとした目で告げられる言葉には、確かな信頼を感じた。これから先、ルースとスミアが幸せであるように。ホワイト家が発展するように。そして何より、また笑い合う時間が訪れるように。
そう祈りながら、スミアとルースが目を合わせるのを見ていた。
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