第358話 ハンナ・ウルリカ・グリーンの感情
わたくしめとルース殿は、レックス殿と別れてから、カールの起こした反逆に対処するために動き出そうとしていました。
戦力としてだけならば、負ける要素はないのですが。とはいえ、無用な被害は避けるべきことです。ルース殿がホワイト家を運営するためにも、しっかりと成果を出すべきでしょうね。
それに、レックス殿に頼っていただきたいという気持ちもあります。しっかりした成果を出せば、きっと感心していただける。ルース殿も、同じ気持ちを抱いているでしょう。分かるのです。レックス殿と出会った過程も、仲良くなった道のりも似たようなわたくしめ達ですから。
ルース殿は優雅に笑みを浮かべ、こちらを向きます。わたくしめは、目を合わせて頷きました。
「さて、ハンナさん。行きましてよ。カールに身の程を刻み込まなくてはね」
「レックス殿に助けられては、面目が立ちませんからな。わたくしめ達だけで、終わらせたいものです」
ただ守られるだけの存在など、友ではないのです。ですから、わたくしめ達の価値を示すというのは必須なのです。
レックス殿の抱えている問題を預けていただける人間であるために、わたくしめ達は最高の勝利を収める。そこまで言葉にせずとも、わたくしめ達の共通の願いだと伝わりますね。
「ええ。あたくし達の何たるかを、レックスさんに見せてあげなくてはね」
「では、行きましょうか。罠の準備は、済んでいるのでしょう?」
「もちろんよ。きっと、何が起きたかも分からずに死ぬのでしょうね」
わたくしめは敵の背後に回り込み、ルース殿は罠を起動します。最も効果的な瞬間を狙って、ルース殿の動きを待っていました。
「まったく、ただの小娘を叩きのめすだけでいいんだろ? それで報酬がもらえるんだから、割のいい仕事だよな」
「ああ。坊っちゃんが支払わないようなら、痛めつけてやろうぜ。どうしたんだ、黙って? ……おいっ!」
傭兵らしきものの会話に合わせて、ルース殿は罠を動かします。ひとりが股下からトゲに貫かれ、それに合わせて複数人が倒れていきます。スキができた瞬間に、わたくしめも首をはねていきました。
「なんで、急に首が……がはっ!」
「逃げたって文句は言わねえよな! ……ぎぁあああ!」
ルース殿の罠も、わたくしめの剣と魔法も、目の前にいる敵をすべて刈り取っていきました。数度繰り返せば、敵の気配はほとんどが消えていましたね。
ただし、カールは死んでいないようでした。それに、スミア殿も。ルース殿の狙いは、分かる気がしましたね。きっと、心をへし折ってから殺すつもりなのでしょう。
「順調でありますな。とはいえ、カールを殺さずに良かったのですか?」
「せっかくですもの。あたくしの舞台にいたしましょう」
ルース殿は、頬を釣り上げて笑っておりました。楽しむ心をもつことは、悪くないのでしょうが。退屈な任務は嫌ですから。
とはいえ、告げるべきことは告げましょう。それが、友達というものですから。ルース殿とて、分かっているのでしょうけれどね。
「油断めされるなよ。このようなつまらない場所でケガでもすれば、レックス殿に心配をかけますから」
「分かっていてよ。だから、レックスさんに頼ったのだから」
レックス殿に貰ったアクセサリーもありますから、そう簡単にわたくしめ達は傷つきません。だからといって、完全に無敵という訳ではありませんから。わたくしめだって、自分の限界は知っているのです。
それに、カミラ殿やフェリシア殿のような、格上を狩れる存在も居ますから。いくら強いといえども、絶対はないのです。
あまつさえ、懸念すべきこともありましたから。
「さて、スミア殿はどうされるのですか? 裏切ったのでしょう?」
「見ていればいいわ。あたくしがどうするのかをね」
ルース殿は笑みを浮かべながら、まっすぐに歩いていきます。わたくしめも着いていき、やがてカールの居る執務室にたどり着きました。
スミア殿はカールの隣におり、いつものような明るい笑顔のままでした。いったいなぜ、カールなどについたのでしょうね。まったく、困ったものです。
カールはバカにしたような笑みで語りかけてきます。
「よく来たな、姉さん。逃げ出すのかと思っていたよ。情けなくね」
「裏切り者を抱えて、満足? 誰が自分の本当の味方か、分かっているのかしらね。誰からも慕われないあなたに、ね」
そう言っただけで、カールは顔を赤くしていました。怒りに顔を染め、そのままルース殿に手を突き出します。
「うるさい! 僕の力を思い知らせてやる! 雷よ!」
そこから、弱々しいただの雷が放たれました。ルース殿のところまで届くと、ただ体から漏れ出すだけの魔力すら通過できませんでした。そのまま、あっけなく雷は消えていきます。
わたくしめは、率直に言って困惑しておりました。なにか罠を仕掛けている様子もなく、弱い魔法を堂々と放つ姿に。何を根拠に、ルース殿に通じると思っていたのでしょうか。
「なにか、しまして? その程度の魔法が、あたくしに通じるとでも?」
「まさか、
「おい、スミア! どうなっているんだ! 雷が弱点じゃないのか!」
そう叫ぶカールの姿を見て、状況を理解できた気がします。おそらくは、スミア殿に偽情報を渡されていたのでしょう。なら、裏切りは演技だったということになる。
よく考えれば、当然のことでありました。カールはスミア殿もバカにしておりましたからな。それで能力が低いとなれば、従う理由などどこにもないでしょう。つまり、カール殿は最後まで道化だったということ。
いっそ、憐れむ気持ちまで湧いてきましたね。根拠のない自信に囚われて、最後まで自分を顧みないまま死ぬ。愚か者というものが形になったかのよう。近衛騎士たちとなら、仲良くできたのではないでしょうか。
「分からない人ですね。仮に私がルース様を裏切るとしても、あなたには着かない。それだけのことですよ。さようならですね!」
そのままスミア殿は、笑顔でカールの額に短剣を突き刺しました。そしてカールは倒れます。何一つとして残せないまま、あっさりと。
「この、裏切り者、め……」
「よくやったわね、スミア。これで、予定通りよ」
スミア殿はルース殿を向きながら、必死そうな顔をしていました。演技ではないように見えましたが、事実はどうなのでしょうか。ただ、笑顔以外の顔を見たのは初めてでした。
「レックス様に、ちゃんと取りなしてくださいね! 裏切り者だって思われるの、つらかったんですよ!」
「つまり、スミア殿は最初から……」
「ええ。敵を騙すには味方から。そういうことよ」
ルース殿は笑い、スミア殿はルース殿の後ろに控えます。その姿は、堂々としたものでした。
「ルース様とレックス様の関係を見たいんですから、特等席が良いに決まっていますよね!」
「スミアは本当に面白くてよ。ただ、レックスさんには気をつけることね」
「もちろんです! ちょっとは好きですけど、いえとても好きですけど、ルース様は裏切りません!」
どこか切なさを感じさせるような顔で、スミア殿は告げました。きっと、レックス殿に受け入れられたことが、心に残っているのでしょう。
スミア殿の想いも報われるのなら、それが一番。とはいえ、ルース殿の気持ちも無視できません。
そう考えていると、どこか胸の奥が締まったような気がしました。レックス殿の顔が浮かんでは消えていく。そんな中で、わたくしめは初めて、レックス殿の体温を全身で感じたくなったのです。
わたくしめがいま抱えている感情は、何なのでしょうか。レックス殿は、知っていますか?
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