第360話 一歩を踏み出すために

 とりあえず、カールとアイボリー家という大きな敵は倒れた。ということで、一段落とは言えるだろう。その考えは俺以外も同じようで、ミュスカとハンナは帰る準備をしていた。


 今は、最後の顔合わせというところだな。スミアは、親しい人だけの時間をという感じで去っていった。俺としては邪魔だとは思わないが、まあ気持ちは分かるところだ。ちょっと疎外感があるのだろうな。


 実際、元からの友達は今いる4人だけだ。ということで、その関係を大事にするのも必要なことだろう。スミアも、いずれは俺達の中に入ってきてほしいものだ。だが、それはまだ未来の話だな。


「じゃあ、私達は帰るね。ハンナさんは、私が送っていくから」


 なんでも無い様子で、ミュスカは告げる。だが、ミュスカが魔力を操作しているのを感じた。ということは、送るという言葉の意味も分かるというものだ。


 もしかして、ミュスカの才能はとんでもないものなんじゃないだろうか。俺だって相当の才能を持っていると自負しているが、もしかしたら超えられているかもしれない。


 まあ、敵ではないのだから何の問題もない。頼りになる味方が増えただけだ。とはいえ、俺も努力を続けないとな。負けるのは嫌だからな。つまらない意地かもしれないが、大事な気持ちだ。


「もしかして、転移まで使えるようになったのか? とんでもないな」

「レックス君の役に立ちたいなら、弱いままではいられないからね」

「そうでありますな。わたくしめも、次に会う機会までにはさらなる成長をお見せしたいです」


 ミュスカもハンナも、強い意志を瞳に込めている。やっぱり、みんな努力家だよな。だからこそ、友達として負けていられないと思える。本当に、いい友達を手に入れられたものだ。


 みんなと一緒にいると、いろんな刺激がある。それが俺の成長につながるのだから、最高だよな。まさに切磋琢磨だ。理想的な友人関係だと言えるだろう。お互いに努力を重ねて、その力で協力し合う。これが戦いでなければ、もっと最高だったのだが。まあ、仕方ない。


 少しくらいは、平和な世界でみんなと友達になったもしもを夢想する瞬間もある。だが、きっと俺達の関係は、この世界だから紡がれたものだ。だから、まっすぐ進むだけだよな。これからも、みんなと友達で居続けられるように。


「ああ、またな。次に会う日を、楽しみにしている」

「私達でのお茶会は、その時だね。私も、楽しみにしているね」

「あなた達には、とても助けられてよ。お礼は期待しておくことね」

「ええ。わたくしめも、いずれ手伝っていただくかもしれませんが」


 その言葉を最後に、ミュスカとハンナは去っていく。最後には、ミュスカは笑顔で手を振って、ハンナは控えめに手を振っていた。明るい様子で、また再会できると素直に信じることができた。


 次に会うときは、もっと成長した姿を見せたいものだ。それに、お茶会も楽しみだな。できることならば、平和な集まりであってほしい。期待薄ではあるのだが。


 ふたりの姿が消えたのを確認して、ルースの方を見る。すると、穏やかな顔をしていた。憑き物が取れたようというか。


 今までは、ずっと気を張っていたのだろうな。明らかな敵とずっと接していたのだから、当たり前ではあるのだが。今後も、頼れる場面では頼ってほしいところだ。ルースが前に進めるのなら、安いものだからな。


「ひとまず、区切りがついたな。これからも大変ではあるのだろうが」

「ええ。あたくしの戦いは、始まったばかり。まだ、立ち止まることはないわ」


 胸を張って、そう宣言している。やはり、ルースは誇り高い存在だと感じるな。区切りがついても油断せず慢心せず、前に進み続けようというのだから。


 とはいえ、ルースは自分を追い込みすぎるフシがあるからな。その辺は、スミアの存在に期待したいところだ。ルースの心を開いてくれれば、きっとお互いにとって良いはずだからな。


「応援しているよ、ルース。お前が立派な当主になることを祈っている」

「今は違うと言っていて? なんてね。自分でも分かっていてよ」


 からかうように告げられるが、まあ俺も同じだ。まだ未熟なのは、俺もだからな。むしろ、ルースの方が優秀なくらいかもしれない。


 それでも、まだ満足していいとは思っていないはずだ。ルースの努力を考えれば、まだまだだと考えているだろうな。


「お互い、まだまだ道の半ばだからな」

「そうね。だからこそ、今ならレックスさんを超えられる。あたくしは、ホワイト家をブラック家より大きくしてみせるわ。それでようやく、あなたと対等になれるのよ」


 魔法なら、俺に負けている。その分を差し引いてということだろうか。完全に対等な友人関係なんてあり得ないから、どこで妥協するかの話になるのだが。


 ルースは俺を助けてくれているし、もう十分ではあると思う。とはいえ、ルースは妥協しないだろうからな。とりあえずは、見守っていきたい。


「今でも対等だと思っているけどな。まあ、ルースが納得するように応援するよ」

「ただ、もう始めて良いことはあるわ。あたくし達の関係を、堂々と誇ることよ」

「コソコソとした友情は嫌いだと言っていたものな。とりあえずは、目先の敵はいないか」

「ええ。だからこそ、あたくし達の関係を宣言しましょう。誰もが分かる形で、ね」


 満面の笑みを浮かべながら、そう語られる。よほど嬉しいのだろうな。俺まで気分が高まってくるくらいだ。実際、俺だって友達を友達だと誇れることはありがたいと感じているからな。ぜひ受けたいところではある。


「一応、仲間に相談しないとな。とりあえず、話しておくよ」

「こちらの準備はできていてよ。後は、あなた次第」


 ということで、通話で確認していく。


「ジャン、今は大丈夫か? ルースの話で……。ああ、そうだ。ルース、許可が出たよ。根回しまでしていたらしいじゃないか」

「もちろんよ。あたくしの流儀は、知っているでしょう?」


 イイ笑顔をしている。まっすぐに努力するだと、少し違う気もする。そうだな。ホワイト家がどうなったかを考えれば、答えは出てくるんじゃないだろうか。


 カールにしろアイボリー家にしろ、戦いが始まった段階で詰んでいたようなものだ。実質的には、ルースの手のひらの上だったな。そうなると、いい言葉がある。


「相手がどんな選択肢を選んでも自分が勝つようにする、か?」

「ええ。まだ完璧ではないにしろ、あたくしの理想よ。まずは、あなたの道を決めてみせるわ」


 にこやかに告げられる。俺がどう進むのかを誘導して、ルースの望む未来を作るという話だろう。実際に現実になるのなら、とんでもない策士だな。ちょっと見てみたい気もする。


「それは怖いな。だが、ルースなら悪いようにはしないだろう?」

「ええ。楽しみにしていて。相応の礼を、しなくてはならないもの」


 またニヤリと笑った。相応の礼という部分に力が入っていたから、何かを企んでいそうな気もする。疑い過ぎか? だが、経験的にはハメられる兆候な気がしてならない。


 とりあえず、少し触れてみるか。


「おいおい、フェリシアやラナみたいなことはやめてくれよ」

「安心しなさい。あたくしが望むのは、対等な関係よ。あなたの意志を、尊重するわ」


 穏やかな笑顔で、そう言っていた。まあ、ルースだって俺を悲しませたいとは考えていないだろう。だから、警戒しすぎても良くない。今のところは、まっすぐに信じよう。


「分かった。とりあえず、楽しみにしておくよ。お互い、いい関係になれると良いな」

「それこそ、今は違うとは言えないでしょう? あたくし達の関係にふさわしい未来を、紡いでみせるわ」


 そう語る瞬間のルースの笑顔はとても輝いていて、思わず見とれそうなほどだった。

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