第209話 独断専行の罪

 印象の悪い人が大勢集まったと思えば、殺人事件まで起きてしまう。それも、ふたりも死ぬような事態になっている。父が死んでから、大変なことばかりだ。とはいえ、この状況を乗り越えなくては、みんなが困るだろう。


 ただ、どうしたものか。強制的に捜査できれば、話は早いのだがな。個人の部屋までは、今のところは調査できていない。証拠隠滅をされる可能性はあるのだが、そこまで強権を振るえないんだよな。


 というのも、仮にも貴族である相手が居るからな。そこまで押し切ると、家どうしの問題になりかねない。最悪の場合、関係ない家まで出張ってきかねない。下手をすると、犠牲者の桁が増えかねないということだ。家どうしの抗争のような事態になれば、という話ではあるが。そこを考えると、どうしてもな。


 みんなに贈ったアクセサリーがある限り、みんなを殺される可能性は低いだろう。だから、事件が迷宮入りするリスクを考えたとしても、無理矢理な捜査は悪手に思える。


 俺にとって最も優先すべきことは、親しい人に被害が出ないことだ。だから、シモン以外にも監視の手をつけることも検討するべきかもしれない。首輪のような形は難しいにしろ、こっそり魔力を侵食させるとか。


 そんな事を考えていると、俺の部屋に来客があった。迎え入れると、ダルトンがシモンとストリガを拘束している。これは、どういう状況なんだ?


「レックス様、僕は犯人を捕まえることに成功しましたよ」


 ああ、犯人が分かったということか。いや、正しい保証はどこにもないが。それにしても、独断専行は避けるように忠告したのだがな。本当に、ろくでもないやつだ。


「それで、ダルトン。そのふたりが犯人だという証拠は?」

「本人が自白したんですよ。何よりの証拠でしょう?」


 自信満々に言っているが、どうなんだろうな。どうも、ふたりとも自白するような人間には見えないが。というか、拘束しているあたり、暴力を振るって自白させた可能性もあるよな。


 なんにせよ、仮に犯人が正しかったとして、偶然当たっているだけだろうな。あれだ。クイズ番組で、戦国武将という情報だけしかないのに、織田信長と答えるやつだ。それで正解するのは、単なる無知の証明なんだよな。


 ということで、ダルトンを評価することはありえない。とはいえ、どう説明したものかな。まずは、犯人と言われている奴らに確かめてみるか。


「そういうことらしいが、どうなんだ? グレン、シモン」

「バカにするなよ! 本当に犯人だとして、自白なんてするとでも!?」

「配下の制御もできないお前は、やはり当主にはふさわしくない!」


 まあ、シモンの言葉も、今回ばかりは否定できない。ダルトンの独断専行を許していたら、今後に悪影響があるだろう。というか、もっと早く監視するべきだったな。判断を間違えたのだろう。


 ただ、無実の人に魔力を侵食させて監視するのは、普通に人権侵害なんだよな。そこを間違えてはならない。そうなると、監視の件はただの結果論か。本当に、正しい判断というのは難しいものだ。


「とのことだが? ダルトン、これはどう説明する?」

「僕の推理を疑うとでも? 確かに、このふたりが犯人なんですよ」

「仮に自白したとして、お前が痛めつけて言わせた可能性は、否定できない。それを理解することだな」

「もういい! こんなガキを頼りにした僕がバカだった! 三重反発陣トライマジック!」


 突然、ダルトンはグレンとシモンに魔法を放つ。あまりにも訳の分からない行動に、つい反応が遅れてしまった。そのままグレンもシモンも倒れてしまう。これは、失敗したな。


 とはいえ、急に発狂して魔法を放つ人間を想定するのは、普通はできないだろう。いや、言い訳でしかないか。これで親しい人を攻撃されていたのなら、もっと大きな問題だった。


「グレン、シモン! ……息はないか。これ以上暴れられたら、面倒だな」


 ダルトンに攻撃を仕掛けると決めると、その直後にノックがされて、ドアが開く。


「ご主人さま、お飲み物はいかがですかっ?」


 ウェスが部屋に入ってきた。さっきの魔法を見る限りでは、俺の贈ったアクセサリーの防御は抜けない。だが、念の為にウェスを守るか。そう決めて、魔法を使う。そうしていると、ウェスの方にダルトンが駆け寄っていく。


「メイド、ちょうど良いところに! お前を人質にしてやる!」

「……つまり、ご主人さまの敵ですね。……さようなら」


 ウェスは普段の様子からは考えられないほど冷たい声を出して、黒曜ブラックバレットをダルトンの方へ向ける。


「何を妙なことを……ぐはっ」


 そのまま、ウェスはダルトンの頭を撃ち抜いた。失敗だったな。ウェスの安全を優先したつもりだったが。ウェスに人を殺させるくらいなら、さっさと攻撃魔法を使っておけば良かった。急なことで、俺は混乱していたのだろうな。だが、次はもっと冷静に判断しないと。


 今回は、シモンとグレンという、どちらかというと嫌いな相手の犠牲で済んだ。いや、殺された事自体は悲しむべきだろうが。仮に犯人だったとしても、あんな殺され方は良くないのだし。


 とはいえ、俺が考えるべきことは、ダルトンのような異常者が相手だとしても、大切な人を守れるようにすることだ。となると、常在戦場の心構えが大事になるのだろうな。本当に、大変だ。


 だが、みんなを守るためなんだ。全力で、頑張らないとな。


「ウェス、大丈夫だったか? ダルトンは、死んだようだな」

「もちろん、大丈夫ですよっ。今度こそ、足を引っ張りたくなかったですからっ」


 ああ、以前、俺の兄がウェスを連れ去ったことがあったものな。その時のことを言っているのだろう。ウェスに責任はなくて、悪いのは犯人なのだが。いや、それで納得するような人なら、足を引っ張りたくないだなんて言わないか。


 不甲斐ないな。判断を遅らせたばかりに、ウェスに余計なことを考えさせてしまった。


「そうか。お前に手を汚させる前に、さっさと殺しておけば良かったな」

「いえ、お気になさらずっ。ご主人さまの敵は、わたしの敵なんですからっ」

「だとしても、殺さずに済む方が、心の負担が少ないからな」

「それなら、ご主人さまが殺したら、あなたが苦しいんですよね? なら、わたしが殺しますっ」


 事実ではあるのだが、そう捉えられてはまずい。俺は、ウェスに苦しんでほしくない。そのためなら、殺しの罪を背負うくらいのこと、どうということはないんだ。


 ウェスは決意を秘めた目をしている。だからこそ、止めたい。俺のせいで、つらい道を歩んでほしくないんだ。


「いや、無理はしないでくれ。お前が傷つくことが嫌なだけなんだ」

「分かりましたっ。でも、相手から攻撃してきたら、止めないでくださいねっ」

「わざわざ挑発したり、敵意を向けさせたりしないと約束してくれるのならな」

「もちろんですっ。ご主人さまの敵を増やしたって、良いことはないですからねっ」


 その言葉があるのなら、安心だ。自分の身を守ることまで、止めようとは思わない。そのための黒曜ブラックバレットなのだから。ウェスの安全を守るために贈ったのだから。


「それにしても、みんな死んでしまったな。結局、犯人は誰だったのやら」

「さあ? ですが、きっともう大丈夫ですよっ。怪しい人は、みんな死んじゃいましたからっ」


 それは事実ではあるんだよな。一応、ジェルドは生き残っているとはいえ。できれば信じたい相手だからな。ただ、これからどうするかを、色々と考えないとな。


 シモンとストリガが死んだから、チャコール家についても考えなくてはならない。マリクが死んだことで、王家への対応も必要だ。今後やるべきことは、たくさんある。


「それもそうだな。悲しくはあるが、良い方向に考えようか」

「同感ですっ。これで、ご主人さまの邪魔をする人は、居なくなりましたよねっ」

「とはいえ、ちゃんと調査をしておくか。一応、隠れた真実が見つかる可能性もある」

「分かりましたっ。では、ジャンさまとミルラさまを呼んできますねっ」


 さて、今回の事件の真実は、どこにあるのだろうな。もはや気を使うべき相手は居ないので、全力で調査ができるだろう。ちゃんと、明らかにしないとな。

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