第108話 希望を瞳に
一通り状況が落ち着いて、俺達は自分のクラスへと集められた。まあ、当然の対応だろう。もし誰かが行方不明でも、即座に状況を把握できるのだから。
ということで、俺達はみんな、フィリスのところに集まっている。ここが、多分アストラ学園で一番安全な場所だろうな。
「……点呼。とりあえず、死人はいない。不幸中の幸いといったところ」
「とはいえ、色々と散らかっているからな。少し、授業は遅れそうだ」
まあ、想定していない魔物に襲われた訳だからな。死人が出ていないだけで、大金星と言って良いんじゃなかろうか。
しかし、原因は何だったのだろうか。今のところ、よく分かっていない様子だ。可能性が高いのは、アイクの儀式が原作と違ったからか? 邪神の眷属だけではなく、他の魔物にも影響を与えた。おかしな話ではない。
というか、俺に判断できる問題ではない。原作知識の及ばない範囲なら、専門家でもなんでもないんだ。そこら辺は、詳しい人間に任せるのが正しいだろうな。
「でも、私達は得難い経験を手に入れたわ! きっと、授業よりも成長できたはずよ!」
「私としては、頭が痛いですけどね……。今後の対応を考えただけで、面倒です」
王族のいる場所を、魔物に襲撃された。事実を挙げると、大変な大問題だ。面倒ごとが起こりそうなのは、同感だな。とはいえ、俺にできることは何もない。政治の話になってしまえば、俺はただの学生でしかないのだから。
もし仮に、王女姉妹が武力を求めるのなら、手を貸すだろう。逆に、それくらいしかできない。頼まれたことがあれば、手伝ってやりたいとは思うが。
「僕達に手伝えることがあったら、言ってね! 友達として、協力するから!」
「もう、失礼でしょう。申し訳ありません、ミーア様、リーナ様」
「お二方は、そこまで気になさる方ではありませんよ。わたくしめが、保証いたします」
「あたくし達もそうですが、そこまで狭量ではなくってよ。少なくとも、ジュリアさん達に侮りの心がないことは、分かるもの」
実際、ミーアとリーナはとても優しいよな。というか、俺と親しい関係の人は、大体優しい。内心を抜きにすれば、ミュスカも。
やはり、尊敬できる知り合いが多いな。だから、無理をしてでも守りたかったんだ。余計なお世話な部分もあったのは、今なら分かるが。
「皆さんのお優しい心に、感謝します。あたしも、見習いたいですね」
「レックス様、うまくいったら褒めて」
「私も、レックス君の邪魔しちゃった分の挽回をしないとね。協力するよ、ジュリアちゃん」
俺が居ないところでも、みんな仲良くしているのだな。ありがたいことだ。ミュスカは少し警戒が必要とはいえ、親しい人どうしの関係が良いのは、見ていて安心する。
もし仮に対立でもされたら、どっちの味方をして良いのか分からなくなりそうだからな。その可能性が低いのは、とても良いことだ。
「レックスさん、話に入れなくて、寂しいのですか? わたくしが、慰めてあげますわよ」
「うるさいやつだ。うまく話が進んでいるのだから、何も問題はないだろう」
というか、俺を介してしか話せないような関係とか、恐ろしすぎるだろ。そうじゃないのは、普通に素晴らしいことだろう。少なくとも、俺しか見えていない訳では無い。流石に、自意識過剰だとは思うが。学校もどきの生徒とか、王女姉妹とか、俺が繋いだ関係もあるからな。
「……解散。あとは、好きにしてくれて良い。レックスは、私達についてきて」
まあ、内容は簡単に想像できる。ということで、素直についていく。まあ、フィリスが相手なら、中身が分からなくとも、その言葉には従うだろうが。エリナともども、俺の大切な師匠なんだから。信じるのは当たり前のことだ。
というか、フィリスやエリナも居たんだよな。だったら、想像以上に余裕のある状況だったのかもしれない。俺は、やはり焦りすぎていたのだろうな。判断能力が鈍っていたのが、今の考えでも分かる。
「それで、いったい何の用だ?」
「……質問。アイクについて、聞きたい。事情は知っているけど、邪神については分からないから」
「レックス、お前のことだから、必要なことだったのだろう。それは信じている。だから、詳しいことを教えてくれ」
とりあえず、アイクが何をしていたのかは、ミルラやミュスカと、ある程度は説明している。現場にも、調査が入っている頃じゃないだろうか。
邪神の眷属を呼び出したなんて、大事だよな。そして、学園の地下に封じられていたことも。まあ、他にも眷属はいる。多くは、この世界での重要拠点だ。王城とか、教会の大聖堂とか。
これから先も、邪神の眷属を相手にする機会があるのは、容易に想像できる。というか、ラスボスが邪神そのものだからな。いずれは、俺達が戦うべき相手なんだ。
「と言われてもな。俺も、詳しくはない。邪神を知った俺が、アイクの後を継ぐようなことを言っていたな。今のところは、興味ないが」
「……疑問。心当たりは、何かある?」
「強いて言うなら、闇魔法の根源が邪神であることくらいか」
この情報は、アイクから聞いたものではない。原作知識だ。それでも、フィリスには伝えるべきことだと思う。信用するというのは、きっとそういうことだ。
出どころを聞かれたら、説明できないが。それでも、フィリスの調査が進むのであれば、積極的に伝えるべき。そうだよな。
「それは本当なのか? だとすると、対処が難しそうだな」
「……同感。ただ、私も調べてみる。レックスが傷つく可能性は、排除しないといけないから」
やはり、エリナもフィリスも、俺を大切に考えてくれている。その思いに、応えたい。2人の力も借りて、いずれは邪神を討伐するんだ。その前に乗り越えるべき課題も、きっと多いだろうが。
他にできることもないので、自分の部屋に帰る。すると、メイド達が出迎えてくれた。ミルラも先に帰っていたようで。入口まで来てくれる。
「ご主人さま、おかえりなさいっ。今日は大変だったみたいですねっ」
「こちらには、被害がありませんでした。ご安心ください」
本当に、安心できる。アリアやウェスが傷ついたとしたら、悲しいなんてものじゃない。みんなを信用するとは決めたが、アクセサリーはさらに強化しても良いかもな。保険は、あるに越したことはない。
「私がお役に立てたようで、幸いでございます」
「ああ。腹が減ったな。飯を用意してくれるか?」
「分かりましたっ。すぐに、作ってきますねっ」
ウェスはウサギの耳をぴょこぴょこさせながら、駆け出していく。いつもなら、足音を立てない、しっかりとしたメイドなんだがな。
「レックス様はご無事だと信じていましたが、少し心配だったんですよ。ウェスも、きっと同じ気持ちです」
まあ、そうだよな。親しい人が遠くで事件に巻き込まれていて、心配にならないはずがない。それでも、少しでも安心してもらいたい。そうか。これが、みんなの感じていた気持ちなのかもな。
「そうか。安心しておけ。俺は、そう簡単には死なないからな」
俺の抱えていた多くの問題は、別に解決していない。ブラック家のことも、原作のことも、恐れられていることも。
だが、信頼することの意味を知った今なら、もっと前向きに進んでいける。そんな気がした。
―※―※―
これで3章は終わりになります。
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