第106話 倒すべき敵

 ミルラの案内を受けて、アイクのもとに駆け抜けていく。かなり急ぎたいが、正確な道を知らない。こんなことなら、もう少し学園の中を探索しておけば良かった。まあ、いま後悔しても遅いが。


 今の俺がやるべきことは、少しでも早くアイクのもとにたどり着き、倒し、戻っていき、みんなを助けることだ。それ以外のことに、思考を割くべきではない。


「こちらです、レックス様!」


 とはいえ、少しもどかしいな。ミルラの足は、それほど速くはない。いや、魔法が使えない人間で、文官のような立ち位置なのだから、当たり前なのだが。


 どうにか、ミルラの足を速くできないものか。いや、そんなことをする必要はない。実質的にスピードが増せば、それで良いんだ。


「口で案内できるか? それなら、俺が抱える!」

「かしこまりました!」


 ということで、ミルラを魔力で守りつつ、魔法で加速していく。一応、舌を噛まないように、揺れを抑えながら。


「私も、合わせるね!」


 ミュスカも、俺のマネをしているようだ。やはり、筋が良いな。仮にも原作キャラなのだから、当然といえば当然か。


「次、右でございます!」


 ということで、図書館にたどり着く。本棚に仕掛けがあり、そこから地下に潜ることができる。どんな手順だったのか、正確には覚えていない。だが、ミルラなら知っているよな。そうじゃなかったら、詰みだぞ。


「この本棚の裏か。仕掛けは!?」

「解除いたします!」

「私も知ってるから、手伝うよ!」


 ミルラとミュスカは、本を入れたり出したり、本棚の奥に手を突っ込んだり、いろいろしている。確か、スイッチがあったり、特定の順番に本を入れ替える必要があったりするんだよな。


 ということで、しばらく様子を見る。すると、本棚が動き出した。


「できました! ここに入れば、後はまっすぐ進むだけです!」


 生まれた空間から、一気に駆け抜けていく。焦りを感じながらも、全力で。しばらくして、魔方陣が描かれた広間のような場所にたどり着いた。その中心に、アイクは居る。足音が聞こえたのか、こちらを振り向いた。


「おや、誰かと思えば、レックス君じゃないか。それに、ミュスカ君。後は、私を監視していた女……。そうか、レックス君か」

「問答に興味はない。今ここで、おとなしくするのなら、命だけは助けてやる」


 問答をしている時間も惜しいからな。すぐにでも解決して、みんなのところに戻りたい。状況としては、言い逃れはできないだろうからな。魔法陣も、その中心に置かれたアイテムも、厄介な敵を呼び出すためのものなのだから。


 そして、もともと学園にはないものだ。つまり、ここにアイクが居るということは、誰が黒幕かは明らかと言って良い。


 残念だな。ただ教師としての仕事をしているのなら、アイクは良い教師だったのに。だが、それも今日で終わりか。


「お断りだよ。すでに、準備は整った。目覚めよ! 邪神スティルクルドの眷属よ!」


 邪神スティルクルド。闇魔法の根源と言われる、原作でのラスボス。邪悪そのものと言ってよく、世界に混沌と破滅をもたらすことを目標にしている。今のところは、封印されているのだが。


 その眷属は、色々な場所に眠っている。いま目覚めたのは、大きな狼みたいな敵だ。ただ、ヘドロのようなものが垂れていて、とても気持ちが悪い。


 いや、狼というのは、キラーウルフと同じじゃないか? もしかして、なにか関係があるのか? 


 そんな事を考えている時間はないか。さっさと片付けないと。


「チッ、下がっていろ、ミルラ! ミュスカ、お前はアイクを抑えておけ!」

「かしこまりました! ただちに動きます!」

「任せて、レックス君!」


 ということで、俺は邪神の眷属と、ミュスカはアイクと戦い始める。


 俺の側の敵は、かなり素早いな。色んなところを飛び回っていて、捉えるのが難しそうだ。ただ、大火力をぶつけるのも、難しい。そうなると、取れる手段は。


「チッ、ちょこまかと! 音無しサイレントキル!」


 まずは、誓いの剣ホープオブトライブを全力で振り、剣を叩きつける。だが、効果は薄い。さて、どうしたものかな。


「レックス君、魔法は撃たないの!?」

「簡単なことだよ、ミュスカ君。彼が全力を出してしまえば、この校舎は崩壊するだろうね」


 まったく、アイクのやつは、どこまで計算していた? 校舎が崩壊してしまえば、中にいる人間は犠牲になるだろう。だから、全力を出すことができない。威力の調整は、今後の課題だな。


 だが、今は持っている手札でどうにかするしかない。さて、どんな手段が有効だ? 考えていかないと。


「知ったような口を! うるさいんだよ!」

「手伝うよ、レックス君! ……きゃあっ!」


 こちらを援護しようとしていたミュスカが、アイクから放たれた魔力に吹き飛ばされる。見た感じ、重症ではなさそうだ。それは、安心できる。だが、まずいな。俺が手間取れば、ミュスカも危ないかもしれない。


 考えろ。どうやれば、邪神の眷属を捉えられる? あまり威力を出してしまえば、校舎がまずい。そして、剣技だけでは、相手の防御を抜けない。それに、相手が素早くて、大技の狙いを定めづらい。その状況で、最善の手札は何だ?


「それは困るな、ミュスカ君。せっかくだ、講義といこう。闇魔法どうしがぶつかればどうなるか、知っているかね?」

「より強い方が魔力を奪う。だから、私が勝つよ! 魔力奪取ブラックシーフ!」


 魔力を奪い、相手の魔力と自分の魔力を敵にぶつける技。ミュスカの魔力が、敵を覆っていく。


「甘いな。魔力量の多さでは、確かに君が上だ。だが、私の方が、制御には優れているようだね。黒弾ファジービーズ


 魔力を弾として打ち出すだけの、単純な技。だが、闇魔法の特性があれば、通常の魔力を奪うことができ、魔力での防御が通じない。相手に回せば、危険な技だ。それが、ミュスカの方に向かう。


「魔力を、奪えない!? きゃぁあああっ!」


 ミュスカは吹き飛んで、倒れた。少し不安になるが、息はしているようだ。なら、俺の魔法で治せる。今やるべきことは、敵を倒すことだ。


「ミュスカ! 仕方のないやつだ! 邪神の眷属、ここで寝ていろ! 闇の衣グラトニーウェアは、敵に使えば動きを縛れるんだよ!」


 ということで、邪神の眷属を拘束していく。後は、鈍くなった敵に、倒せるだけの火力をぶつけるだけだ。動けない相手なら、最小限の魔力で済む。周りを巻き込む心配は、しなくていい。


「ふむ、興味深い。やはり、レックス君は優れた魔法使いだよ。だが、そのままでは困るな。黒弾ファジービーズ


 敵は弾を撃ってくるが、俺の魔力での防御は抜けない。そのまま、俺は敵に攻撃していく。


「その程度の技が、俺に通じるかよ! まずは邪神の眷属からだ! 無音の闇刃サイレントブレイド!」


 魔力をまとった剣で、敵を切り裂いていく。そうすると、真っ二つになった敵は、煙のように消え去っていった。


「ふむ、倒れてしまったか。それに、私の魔法も通じない。なら、これはどうかな。なあ、ミュスカ君。黒弾ファジービーズ


 ミュスカの方に、アイクは弾を放つ。だが、やるべきことは単純だ。


「言っただろ! 闇の衣グラトニーウェアは、自分以外にも使えるんだよ!」


 つまり、ミュスカも俺の手で守れる。あとは、何も考えなくて良い。


「これで終わりだ、アイク! 無音の闇刃サイレントブレイド!」


 俺の剣はアイクを切り裂いて、敵は倒れていく。それを横目で見ながら、ミュスカの方に移動して、治療を施していく。


「ぐはっ、ここまでか……。だが、君は邪神の存在を知った。つまり、君が私の後を継ぐのだ。それが、闇魔法使いの宿命だよ」


 邪神の存在を知ることと、邪神の眷属を呼び出すことに、何の関係が? いや、原作では語られていなかっただけで、何か設定があるのか?


 確かに、闇魔法使いは全て敵役だ。一時的に仲間になるミュスカですら、最後には裏切った。それに、邪神が関係しているのか?


 それなら、俺もいつか、みんなと敵対する運命にあるとでも? 冗談じゃない。絶対に、みんなを傷つけやしない。


「俺が、神ごときに縛られると思うな。まったく、面倒ばかり起こしやがって」

「ごめんね、レックス君。私、足手まといだったよね。でも、助けてくれてありがとう。あなたなら、きっと邪神にも負けない。そう、信じているから」


 ミュスカは治療できた。後は、みんなのところに戻るだけだ。急がないとな。もしみんなに何かあったら、後悔では済まないのだから。

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