第105話 抱える焦り
胸にモヤモヤしたものは残るが、それでも俺は進む。そう決めた。だから、毎日の訓練に気合が入る。そんな風に過ごしていると、慌てた様子のミーア達が駆け寄ってきた。ほとんどの知り合いが、ここにいる。
「レックス君、大変よ! 魔物が現れたの! それも、かなり強い敵が!」
そんなイベントは、知らない。だが、やるべきことは単純だ。現れた敵たちを倒し、みんなを守るだけ。どれだけの敵がいようが、全て片付けるだけだ。
「そうか。なら、俺が動くだけだ。お前達は、隠れていろ」
「僕達も戦うよ! レックス様の力になるために、頑張ってきたんだから!」
まあ、最低限の実戦経験は必要だろう。いつでもどこでも、俺が守れるとは限らない。単純な話で、2箇所で同時に問題が起こるだけで、俺の対処には限界が来る。だから、ある程度は戦えた方が良い。
カミラが襲われたときだって、本人が粘っていなければ、助けることはできなかったのだから。それを考えると、強くなってもらった方が、ありがたい。俺が居れば、安全に戦うことができるはずだ。
「とりあえず、状況を理解しないとな。どれほど現れた? どんな敵だ?」
「私が説明しますね、レックスさん。敵は、黒くて大きい狼です。それも、色んな方向から襲いかかってきていますね」
その外見に一致する敵は、知っている。それなら、俺が対処しないとまずいかもしれない。なぜなら、終盤に出てくるザコ敵だからだ。
少なくとも、今の段階で出てきて良い敵じゃない。だから、俺が頑張らないと。みんなを傷つけさせないために。
「キラーウルフか。面倒なことだ」
「レックス様が面倒って言うんですね……。私達も、気合を入れないといけません! もらった力に、恥じないためにも!」
シュテルには、確かに魔法を使えるようにした。だが、無理をさせるためではないのだが。無事に生きていてくれれば、それが最大の恩返しなんだ。
「私達に任せて。レックス様に、楽をさせる」
「あたしも、全力で戦いますから!」
できるだけ、俺の手で片付けないとな。ちょっと、荷が勝つ敵だろう。流石に、危険すぎる。そう考えていたら、誰かが駆け寄ってきた。
「大変です、レックス様! アイクが動き出したようでございます! 地下で、何らかの儀式を行う様子です!」
ミルラにはアイクの調査を任せていた。それが、このタイミングで動き出すのか。どうする。どうすれば良い? 同時に対処することはできない。だが、放っておけば大問題になる事件が、2つ起こっている。
キラーウルフは、集団で現れている様子。複数人で囲むならまだしも、多数を相手にできるのか?
だが、アイクの方だって大変だ。大ボスと言っていい敵で、真っ当に戦えば苦戦は必至だ。闇魔法使いの厄介さを、最初に思い知る敵なんだ。
どちらを、俺が攻略すればいい? どちらを、みんなに任せれば良い? くそっ、最悪の状況じゃないか。
「チッ! 2方向から、敵が現れるのか!」
「ねえ、レックスさん。あたくし達が、信用できなくて?」
「そうですわよ。幼馴染として、許せませんわ」
「わたくしめは、近衛騎士となるもの。皆様を、お守りするのが使命です!」
「バカ弟があたし達を信用してないの、よく分かるわよね」
「大丈夫だよ、レックス君。私達だって、強いんだ。先輩として、戦いだって経験してきたんだからね」
俺はみんなを信じていない訳ではない。そんな問答をしている時間はない。悩めば、状況はさらに悪くなる。なら、どちらかに決めて、進むしかない。
どちらの方が先に解決できそうか。多数の敵が複数方向から現れているのが、キラーウルフだ。なら、多くても敵が2体で済む方を選べば、早く戻ってこれるはず。
「仕方ない。ミルラ、案内しろ! ミュスカ、お前は着いてこい!」
「お任せください、レックス様!」
「うん、手伝うよ。レックス君が頼ってくれて、嬉しいな」
流石にないと思うが、この状況でミュスカに裏切られたら、ジュリアは終わりだ。それなら、襲われても対策できる俺と一緒の方が良い。なんて、言えないけどな。
ミュスカは、俺が彼女を頼りにしていると思っているのだろう。どうも、罪悪感が湧いてくるな。だが、これ以上迷っている時間はない。すぐに、進むだけだ。
「こっちは、私達に任せてね! これでも、光魔法使いだもの! 簡単には負けないわ!」
「僕だって、無属性の魔力を持っているんだからね! 絶対、勝ってみせるよ!」
「つまらない死に方をしたら、一生笑ってやるからな」
本当に、俺が戻るまで無事でいてくれ。それなら、どうにか守れるのだから。保険のアクセサリーは、あくまで保険だ。それに、学園に入ってからの知り合いには、渡せていない。もっと理由をつけて、渡しておけば良かった。
だが、後悔は後だ。急いでアイクの計画を打ち砕き、みんなを守る。それが、俺のやるべきこと。さっさと駆け抜けるだけ。それで良いんだ。
「心配しすぎですわよ、レックスさん。わたくし達は、ちゃんと強い。それを思い知らせて差し上げますわ」
「そうね、フェリシア。あたし達を軽く見るバカ弟の目を、変えてやるのよ」
軽く見ているつもりはない。それだけ、キラーウルフが厄介なだけなんだ。素早く、牙や爪は鋭く、魔法まで使えるのだから。
そんな敵に、初見で対応するのは、とても難しい。客観的な事実でしかない。だが、反論する時間が無駄だ。俺は遅れるし、みんなの集中を邪魔するだけなのだから。
「行きますよ、皆さん。面倒ですが、やるしかありません。リーナ・ノイエ・レプラコーンに続きなさい!」
「近衛騎士を目指すものとして、必ずお守りいたします!」
頼むぞ。あまり無理はしないでくれ。生きてさえいてくれれば、俺の魔法で癒せるのだから。そうでなくても、ミーアの魔法で。だから、生き延びることを優先してくれよ。
「あたくしは、こんなところで負けていられないのよ!」
「レックス様にもらった恩を、少しでも返すために! ジュリア、合わせて!」
「あたし達を、もっと頼ってもらうために!」
「私達は、いつまでも一緒。そのために」
「信じても良い誰かは、ここに居る。そう伝えたいからね!」
みんなを守るためにも、俺は全力を尽くす。それで良い。真っ直ぐ進んで、アイクを倒す。ことここに来て、問答などしていられないのだから。
「行くよ、レックス君。こっちも、解決しないとね」
「着いてきてくださいませ!」
「さっさと片付けて、次に向かわないとな」
さあ、勝負だ。俺の力で、全員を助ける。一歩でも速く駆け抜けて、少しでも素早く倒す。そして、急いで戻ってくるんだ。
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