第104話 それぞれの気づかい
ある程度は、自分の悩みを割り切ることができたはずだ。結局のところ、親しい人を守るためなら、人は殺す。それに変わりはない。
そして、友人達を大切にすることが優先で、他の人達はもっと軽く扱う。それで良いはずだ。そもそも、ブラック家としての立場と、俺の演技が合わさることで、表面的には悪人でしかないのだから。
つまり、諦めが肝心なはずなんだ。誰からも好かれるというのは、幻想だ。そのつもりで生きていくしかない。心が痛む感覚は、まだあるにしろ。だからといって、改善できる問題ではない。それはハッキリしている。
「……課題。今回も、魔物と戦ってもらう。以前より強いから、少し気をつけて」
「前回と同様に、こちらは最低限の補助しかしない。諸君の奮闘に期待する」
なんというか、フィリスの出す課題で、多くの悩みが発生した気がするな。間違いなく、彼女のせいではないのだが。というか、俺が失敗しただけではある。それでも、少し怖さはあるんだよな。
どうせなら、仲の良い人と組めればいいのにな。チームごとの実力にバランスを取るためなのだろうが、気分が良くない。
現場へ向かっても、特に楽しいことはない。どうせ、魔物を倒すのに工夫なんて必要ない。所詮は、ただの学生でも倒せる程度に調整された課題なのだから。
「なんで、レックスと同じチームなんだろうな。どうせなら、王女様とが良かった」
「怖いものね。ちょっと、近づかないわよね」
そんな声も聞こえてきて、どうも嫌な感じだ。放っておくのが最適解だと分かっていても、気にしてしまう。他人を虫くらいに思えれば、色々と楽になるのだろうが。いや、それじゃダメだな。人として持っているべき優しさまで、捨ててしまうことになる。
俺は、友人達にふさわしい俺でいたい。それは、間違いのない気持ちだから。楽をするために、友達でいる資格まで投げ捨ててしまえば、俺には何も残らない。
とはいえ、腹が立つ部分はある。せっかくだから、魔物にぶつけてやるか。どうせ、意志も何もない怪物なのだから。人とは違って、いくらでも殺して良いんだ。
「チッ、さっさと片付けるか。
ほとんど抵抗できない敵をなぎ倒すのは、爽快ではある。だからこそ、気をつけるべきだ。他者を傷つける快感におぼれてしまえば、俺は道を誤るだろうから。
そう考えると、いま八つ当たりしたのは失敗だったかもな。今回は魔物が対象だったが、それが広がったりしたら、目も当てられない。
俺の友達は、みんな輝ける人なんだから。その隣にいても大丈夫なように、理性的で居るべきなんだ。
「あの人の雰囲気、怖い……。こっち、見ないで……」
「しっ、静かにしろ。目をつけられたらどうするんだ」
状況的に、俺は魔物を葬ることを楽しんでいた。だから、仕方のないことだとは分かる。それでも、胸がムカムカする感覚がある。
やはり、自分の感情を制御できるようになるのが、今後の課題だろうな。今回だって、他の生徒に活躍の場を用意しても良かったのだから。
ただ、腹の奥に何かが溜まっていくような気がする。どこかで、解消できれば良いのだが。
「さっさと帰るぞ、フィリス、エリナ。ここに居ても、得るものは何も無い」
「……同感。レックスにとっては、今回の課題は簡単すぎる」
「そうだな。そこらの魔物では、レックスの敵にはならないからな」
まあ、無理のない話だ。俺はフィリスやエリナを超えている部分すらある。その2人は、教師。つまり、教える側。俺が教わる内容が少ないのは、当たり前のことではある。
だからといって、俺だけ特別扱いするのは、難しいだろうからな。いくら力があったとしても。好き勝手する強い人間なんて、邪魔なだけだからな。
「なら、そんな課題に付き合わせるな。時間の無駄だろう」
「……検討。レックスに合わせられる人を集めるのも、ひとつの手」
「確かに、その意味はあるな。ハッキリ言って、レックスと他の生徒の差が大きすぎる」
「まあ、好きにしろ。お前達が何をしたところで、俺の成長は止まらん」
フィリスの言うようになってくれれば、ありがたい。やはり俺は、親しい人とでもないと、うまくやっていけない。
自分から距離を詰めるのも手なのかもしれないが、際限がない。一人一人、親しくなっていく。そんな能力は、俺にはないよな。というか、親しい相手はほとんど原作キャラだ。つまり、原作知識があるから、距離を詰められただけ。人間関係に期待するのは、悪手だろうな。俺の能力では、逆効果になりかねない。
ということで、課題が終わって、ひとりで考えていく。どこまで、人間関係を諦めるべきだろうか。俺の評判があまりにも悪いと、親しい人にも悪影響が出かねない。最低限くらいは、取りつくろえた方が良い気がする。
「ねえ、レックス君、やっぱり、様子がおかしいよ。私で良ければ、何でも言ってよ」
そう話しかけてくるセルフィの優しさに、甘えてしまっても良いのだろうか。俺に付き合っていれば、彼女の評判まで悪くならないだろうか。それが心配なんだよな。いや、何も言えない事情だってあるのだが。
「お前が気にすべきは、他のやつなんじゃないのか？」
「違うよ。私は、他ならぬ君だから、手を差し伸べたいんだ」
「そうか。だが、お前に言うことなど、何もない」
「別に、私のことを信用できなくても、それで良いんだ。でも、君は誰かに心を預けた方が良い」
本当に、優しい人だ。俺なんかに時間をかけさせて、申し訳ないと思うくらいには。まあ、言っていることは正しいのだろうな。人は、ひとりでは生きられない。誰かに頼るのも、必要なことなんだ。
ただ、状況が許してくれないだけで。俺は、ブラック家に縛られている。原作知識にも。そこから脱出するまでは、頑張っていかないと。
「俺はひとりでも生きていける。それで、何も問題はない」
「違うんだよ、レックス君。人は、ひとりでは生きていけない。やっぱり、君は放っておけないよ」
「好きにすれば良い。お前の行動で、俺の行動は変わりはしない」
「私は、変えられると信じるよ。君の心を溶かせると。だから、これからもよろしくね」
セルフィの好意を無駄にし続けることは、本当に申し訳ない。ただ、ブラック家を相手にしても、無事で居られる保証はない。俺の弱みがセルフィになってしまえば、ブラック家と敵対する人間からも狙われる可能性があるんだ。
この世界は、難しいことばかりだな。それでも、セルフィだって幸福で居られるように、もっと強くならないと。
「うるさいやつだ。だが、お前が決めたのなら、立ち止まらないことだ」
「もちろんだよ。その言葉は、私を認めた証拠。だから、ね」
本心では、とっくに信頼している。それは、言えないけれど。去っていくセルフィは満足げだった。俺は、何かを返せているのだろうか。ただ、俺の持っているものは、力だけだ。彼女が困った時に、力で解決する。それしかできないだろう。
ということで、自分の部屋へと帰る。メイド達が迎え入れてくれて、落ち着ける。間違いなく、俺の居場所だと思える空間だ。
「ご主人さま、今日は焼き魚とご飯とお野菜ですよっ」
「さ、お召し物を代えさせていただきます」
用意されていたのは、俺の好物ばかり。やはり、最近の俺を心配してくれたのだろうな。ありがたいことだ。ただ、心配をかけてもいるのだろう。
みんなで幸せになれるように、絶対に守るべき人達。それを失わないためにできること。俺がやるべきことは、決まりきっているよな。
最悪の場合は、みんなを傷つけようとする人達を、力でねじ伏せる。俺の能力なら、それが最適解のはずだ。
「レックス様と共に食べる。幸せなことでございます。この日々が続けばと、思う自分が居るのでございます」
「そうですね。私達は、レックス様のために居ます。あなたの幸福が、私達の幸福。それを、忘れないでくださいね」
「ご主人様と一緒なら、たとえ死んだって幸せなんですからっ」
「そうか。なら、ずっと使ってやる。お前達が生きる限り、俺が生きる限り、永遠にな」
俺は、みんなを守りきってみせる。誰に嫌われてでも。どこまでも強くなって、この幸福が続くように。
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