第103話 成長の中で

 最近は、訓練に熱が入っている。強くなりたいという決意なのか、あるいは悩みからの逃避なのか、よく分からない。それでも、伸びているという実感はある。


 少なくとも、努力しているのは無駄ではない。さらなる力を手に入れれば、みんなを守りやすくなるはずなのだから。ただ、今のまま進んでも、問題ないのだろうか。それが気にかかる。


 まあ、他にできることなど多くない。事件が起きている訳でもないし、学園の外に関わることもできない。それなら、実力を向上させるのは、合理的な考えのはずなんだ。


「レックス、訓練に精が出るな。私が教えることも、ずいぶんと少なくなりそうだ」

「……同感。レックスの伸びは、凄まじい。闇魔法使いの中でも、レックスに出会えたことは、私の最大の幸運だった」


 俺の側から考えても、エリナやフィリスを師とできたのは幸運だった。2人が居なければ、間違いなく今より弱かったからな。それに、実力があったからこその出会いもあるのだし。何よりも、賊に襲われたカミラを救えなかったのかもしれない。


 やはり、強くなるのは当然のことだ。もし甘えた訓練をして、それで親しい人を救えなかったのなら。後悔で済む訳がないのだからな。だから、努力は続けるべき。それは間違いない。


「私もだな。私の剣技を託せる相手は、もはやレックスしか居ない。他の誰かに教えるとしても、本腰は入れないだろうな」

「……共感。レックスという最高の才能を、腐らせたくない。そのためなら、どんなことでもする」


 この世界でも最高クラスの剣士と魔法使いに、ここまで評価される。とても嬉しい事実だ。まあ、俺が恐れられる原因でもあるのだが。ただ、恐れられない代わりに2人の評価が低くなるのなら、俺は強くなりたい。


 遠ざけられるのは傷つくが、だからといって、大切な人より優先するべきことじゃない。それは、当然のこと。天秤にかけるのは、ありえないよな。


「まあ、俺は天才なんだからな。当然だろう」

「自分を天才だと思っていながら努力をできる。素晴らしいことだ。私に、同じことができるかどうか」

「……疑問。私は天才だと客観的な事実が示している。だけど、努力を欠かしたことはないはず」

「俺と凡人共を一緒にするなよ。才能に溺れるほど、愚かじゃないだけだ」


 実際、どうなのだろうな。原作知識があるから、努力できているというのはある。俺の力でも、勝てないかもしれない相手。思いつくだけでも、何人か、と言って良いのか分からないが、とにかく複数居る。


 だからこそ、気を抜けないんだよな。正直、努力をやめそうな場面はいくらでもあった。つい最近で言えば、強くなるのが恐ろしくなった時。だが、俺の実力が足りないと守れない。それが分かっているから、頑張っているだけだからな。


「その愚かさを理解できているのは、とても良い。私ですら、失敗したことはあるからな」

「……感心。失敗しても生き残れるのは、幸運の証。大切な素質で、間違いない」

「フィリスに褒められると、むず痒いな。私では絶対に勝てない相手なんだから」


 フィリスとエリナが本気で戦ったら、まあフィリスが勝つだろうな。それは間違いない。俺の闇の衣グラトニーウェアと同種の魔法を使えば、それだけでエリナには手の出しようがない。そこが、高レベルの魔法使いの厄介なところだ。


 大半の一属性モノデカ二属性ジヘクトには、魔法が使えなくても勝ち筋はある。本人の実力と戦術次第で。ただ、三属性トリキロあたりから、普通の手段では勝てなくなってくる。


 少なくとも、10人や20人が集まったところで、勝負にすらならない事がほとんどだろう。それでも、魔法が使えない獣人が生きているのは、鍛冶の技術を持っていることが大きい。


 金属製品の存在は、ほとんど獣人が作っている。だから、本気で滅ぼしてしまえば、困るのは他種族なんだ。まあ、全ての獣人を滅ぼすだけの戦力は、人間もエルフも持っていない。それもあるだろうな。


 基本的に、一属性モノデカが魔法使いのほとんどで、二属性ジヘクトでも一握り。三属性トリキロなんて、千人に一人でも多いくらいだ。


 その上で、四属性テトラメガからは格が違う。それこそ、魔法を使えない相手なら、千でも万でも、大差ないくらいには。


 フィリスは特におかしくて、魔法使いが混ざった軍隊をひとりで皆殺しにしたエピソードがあるくらいだ。流石に、エリナの強さは個人としての領域だ。まあ、並大抵の魔法使いなら、一方的に殺せるのがエリナなのだが。


 その辺、原作のパワーバランスは特殊だ。まあ、ネームドが上澄みなのは、当たり前の話ではあるが。タイマンでのエリナは、相当強いだろうな。少なくとも、エリナが回避できない攻撃を放てる必要があるのだから。


 教わった音無しサイレントキルは、音より速くなれる剣だ。それを考えれば、簡単に勝てないのは当たり前だ。


「……否定。絶対ではない。少なくとも正面からなら、私が勝つ。それは間違いない。けれど、私を殺す手段は持っているはず」

「どうだろうか。フィリスが何の魔法も使っていない瞬間を狙えば、可能性はあるが」

「……難題。私は、常に魔力で防御している。レックスと同じ。ただ、それを抜かれる可能性はある」

「まあ、試す訳にはいかないからな。真実がどうかを知る機会は、来ないだろう」


 2人が戦うのなら、殺し合いになってもおかしくない。というか、必殺の技をお互いに持っているからな。全力を出したら、死人が出るぐらいの強さだ。だから、戦ってほしくはないな。


 原作のファンとしては、2人の戦いはドリームマッチではある。ただ、そんな感情で見ようとして良いものじゃない。被害が大きくなることは、容易に想像できるのだから。


「……同意。レックスの成長が、私達の優先すべきこと」

「そうだな。お互い、協力していくのが効率がいいだろう」

「俺のいないところで話を進めるんじゃない。全く、お前達というやつらは」

「……抗議。レックスは目の前に居る。だから、何も問題はない」

「そういう意味ではないと思うが……。まあ、レックスには期待している。それだけだ」


 ふたりの期待には、絶対に応えたいよな。だから、俺は最強になることを諦めたりしない。これから先、どれだけ恐れられようと。少なくとも、ふたりが俺を見てくれているうちは。


 ということで、俺は訓練を続けていった。そんな日々の中、また新しい課題が行われる。


「……課題。今回は魔物を討伐してもらう。あなた達の実力を見せて」

「簡単なことだ。どれだけ居ようと、問題ない」

「最悪の場合は、私達がフォローに入る。ただ、骨折程度では助けないから、そのつもりでな」


 魔物だから、以前よりは気が楽だ。人の命を奪うとか、考えなくて済む。いや、親しい人を守るためなら、いくらでも殺すつもりではあるが。ただ、最低限に抑えたいからな。


 ということで、現場へと向かう。沢山の種類の魔物が集っていて、大変そうだ。ただ、俺なら問題なく倒せる。フィリスに、俺の成長を見せる機会だ。


「さて、やるか。闇の刃フェイタルブレイド!」

「……見事。また、腕が上がった。流石は、私の一番弟子」


 うん、そうだよな。刃の形に収束することも、魔力を爆発させる流れも、しっかりと鍛えたからな。フィリスが満足そうで、何よりだ。そう思えるな。


「なんで、百体くらい居そうなモンスターを、ただの一撃で倒せるんだよ……」

「あの力が、私達に向いたら……。ダメ、視界に入らないように、気をつけないと……」


 完全に、俺と他の生徒達の間には溝ができているな。困ったものだ。もう、諦めてしまった方が良いのかもな。みんなだけ居れば良い。そう、信じていく方が。

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