第72話 これから先は

 学校もどきを襲った一連の事件は解決を迎えて、落ち着いて日常を過ごせるというものだ。これから先、原作での事件が待っているだろう。俺の影響があるとはいえ、この世界に存在する歪みは無くなった訳ではない。


 それから先もみんなと生きるために、俺は努力を続ける必要がある。俺自身が強くなって、協力者を集めて。巻き込む人には申し訳ないが、それでも必要なことだ。


 結局、負けてしまえば世界が終わる事件だってある。つまり、見て見ぬふりはできないのだから。目をそらしたところで、待っているのは破滅だけだ。その時のためにも、みんなで強くならないと。


 まずは、アストラ学園に入学することが始まりだ。そこでの出会いは、多くのものを手に入れるきっかけになるはずだ。


 とはいえ、今はその準備段階。ジュリアやシュテル、ラナと一緒に入学することが理想だ。それでネームドが落ちることは、考えづらい。どいつもこいつも、才能の塊だったからな。


 ひとまずは、学校もどきでの交流を大事にしていきたい。それから先のことは、あまり考えすぎてもな。


「レックス様、ありがとうございました。犯人を見つけてくださったみたいで」

「まさか、クロノがとはね。ごめんね。知り合いだったのに、気づけなくて」


 そんな風に言われるが、俺としては気にしていない。いや、正確には嫌な気分ではあったのだが、嫌われていたとはいえ、顔を知っていて話をした人間を殺すのは、つらかった。今でも、引きずっている程度には。


 ただ、みんなが危険な目に合うことは、少なくとも当面の間はない。そう思えるのが救いだな。


「犠牲者は居なかったんだ。大きな問題はないと言って良い。いや、正確には1人か」

「あたしは、当然の報いだと思いますけどね。レックス様がやらないのなら、あたしが殺していましたよ」

「レックス様も、相当にお怒りでしたから。そのうっぷんを晴らせたのなら、十分でございましょう」


 言うほど、気が晴れた訳ではない。みんなの感謝は素直に受け取りたいが、心の中にジクジクしたものは残っている。こんな調子で、大丈夫だろうか。これから先だって、何度も人殺しをしなければならない。原作の流れを考えたら、ほぼ確実に。


 世界征服を狙う人間も居た。世界の破滅を望んだ人も居た。そんな相手は、何がなんでも殺さなければならないだろうに。思想に留めるならともかく、実行にまで移すような相手なのだから。


「私達のために、怒ってくれたんですよね。やっぱり、ずっとお仕えしたいです。アストラ学園に入学できるように、頑張りますね」

「あたしも、努力を続けないといけませんね。今後も、レックス様のお役に立つために」

「僕だって負けないよ! 一番レックス様のお役に立つのは、僕なんだからね!」


 みんなが支えてくれるのなら、俺も大丈夫かもしれない。ただ、できれば殺しの苦しみは味わわせたくない。今の俺が本当に苦しんでいるからこそ。胸をかきむしりたくなるような感情を、他の誰かに押し付けるなんて問題外だ。


 俺にとって大切な相手だからこそ、傷つけたくない。心も、体も。本気で他人なら、巻き込んでも気にしなかったかもしれないが。


 みんな、間違いなく恩を感じてくれている。だからこそ、その恩で縛り付けるような真似をしたくない。だって、人に感謝できるほどに、その感謝を形にしようと思えるほどに、いい人達なんだから。


「せいぜい、足を引っ張らないようにすることだ。いくらなんでも、学園でまで世話はできないからな」

「もちろんです。あたし達だって、おんぶにだっこじゃ居られませんから」

「フェリシア様にも、メアリ様にも勝てるくらいを目指さないとね!」

「口で言うほど簡単じゃないわよ、ジュリア。とても、とても遠いのよ」

「私も助力いたしますから、訓練を続けてまいりましょう。それが、何よりの近道でございます」

「頼りにしています、ミルラ先生」


 みんな、強い決意を秘めている。だから、間違いなく努力を重ねるだろう。俺だって負けていられない。この中で一番大きな才能を持っているのは、俺なんだ。間違いない。だからこそ、俺は誰にも負けられない。最強になれないなら、みんなにはふさわしいと言えない。


 この世界にやってきた時、俺はひとりで戦うつもりだった。そんな未来は、やってこないと信じられる。その喜びを、感謝を、しっかりと形にしないと。誰よりも強くなって、みんなを助けることで。


 レックスの才能は、フィリスやエリナが認めるほどなんだ。その才能を無にするのなら、俺がレックスになった意味がない。みんなを幸せな未来に導くために、全力を尽くすだけだ。


 いま思えば、俺も変わったな。生まれ変わったばかりの頃は、生きるために必死だった。味方なんて居ないと思っていたし、ひとりでも生きていくんだと考えていた。愚かなことだ。


「さて、改めてお詫びします、レックス様。あたしの領地から、あんな問題人物を推薦してしまって。それに、あたしがきっかけみたいですから」

「失敗だと思うのなら、今後の働きで取り戻すことだな。まさか、できないとは言わないだろう?」

「もちろんです。今のあたしは、インディゴ家よりも、あなたを優先しますから」


 ラナにとっては、家族だって大切な存在だろうに。切り捨てさせるのは、問題だろう。俺はきっと、父と仲良くすることはできない。そんな苦しみを、ラナにも感じさせなくて済むように。


 経済的には、俺は間違いなく恵まれている。だが、どうしても手に入れられないものもあるんだ。だからこそ、ラナが捨てずに済むのなら、その方がいい。俺と同じ苦しみなんて、感じない方が良い。


「家どうしの関係が乱れても、それはそれで困るんだがな」

「はい、分かりました。配慮、ありがとうございます」

「アストラ学園には、フィリス様を通して圧力をかけるのも、一つの選択肢でございます。ご検討ください」

「そのあたりは、しっかりと備えておかないとな。急いで結論を出すべきではないだろう」

「承知いたしました。こちらの方でも、様々な準備をいたします」


 原作で起きる事件を考えたのなら、不正がどうとか言っていられない。ルールを守って世界が滅びましたでは、誰も救われないのだから。できる限り手段は選びたいが、いざとなれば。


 俺としては、ルールは守った方が良いとは思う。でも、そんなこだわりで救えない人間が居たら、そっちの方が罪深い。だからこそ、あらゆる手段を検討するべきなんだ。


「それにしても、クロノのやつ、とんでもない事をしてくれたね。レックス様にご迷惑をかけるなんて」

「レックス様のお邪魔になるのなら、死んで当然よ。せいせいするくらいだわ」

「気づけなかったことは、申し訳ないですね。あたしを慕っていたのが、全ての原因ですから」

「あの程度のやつなら、俺だけでどうにかできた。それで十分だろう」


 みんなはクロノが死んでも気にしていない様子だが、俺は割り切れなかった。うまくやれば、仲良くできたのではないか。そんな考えが、どうしても捨てられない。


 たったひとりを殺しただけで、この調子だ。俺は、これから先の未来で父と敵対した時に、ちゃんと殺すことができるのだろうか。悪人だと知っている。死んだほうが救われる人間が多いことも。だが、俺に愛情を注いでくれる親でもあるんだ。


 俺は、これから先の未来でも、戦い続ける。そんな未来を想像して、不安が抑えきれなかった。


―*―*―*―


 ここからは後書きになります。

 まず、この話で2章は終わりになります。よろしければ、フォローや星をいただけると嬉しいです。

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