第71話 事件の終わり

 連続している事件の根本には、何があるのか。黒幕が居るとして、同一人物なのかどうか。偶発的に複数の人間が事件を起こしただけではないか。そんな疑いもある。


 とにかく、調査を進めないことには、何も分からない。だからこそ、どうやって調べていくのか、そこから考えていくべきだろう。


 基本的には、俺の力があれば、毒については調べられると思う。後の問題は、盗賊やモンスターが襲ってきた原因。そこまで割り出すことができれば、事件は解決に向かうはずだ。


 モンスターが襲ってきたのは、匂い袋が設置されていたから。盗賊に関しては、調査する前に皆殺しにしてしまった。現状を整理すると、そんなところだ。分かっていることは、とても少ない。


 ということで、ミルラの調査を待つことにした。どんな毒が使われたか分かれば、後は同じ成分を調べるだけ。闇の魔力を侵食させれば、難しくない。ラナの肺を治療するより、母の肌を若返らせるより、よほど簡単なことだ。


「レックス様、以前の事件で使われた毒の調査が完了いたしました。報告させていただきます」

「あたしの方でも、ちょっと分かったことがあります」


 この報告が、今後を左右するだろう。直感というよりは、流れからの確信を持って、耳を傾ける。一言一句、聞き逃さないように。


「それで、どのような毒だったんだ?」

「即効性が高いというのは、すでにご存知かと思われます。他には、闇市で売っていることが主でございます」


 それが分かるということは、どんな毒かはハッキリしているということだ。症状からするに、呼吸器系にダメージを与えるものだったとは思う。そんな毒が、闇市に流れているとはな。つくづく、治安の悪い世界だことだ。


「なら、闇市に通える人間が、容疑者の第一候補となる訳だ」

「で、あたしの方で調べたんですけど、どうにも、インディゴ領で流行していたものの可能性が高いんですよね」


 まあ、領の運営に困る程度には、インディゴ家は金に困っていた。ジュリアやシュテルは、明日すら怪しいと感じるくらいに飢えていた。そうなれば、闇市くらい発生してもおかしくはない。


 ただ、それだけの情報では、容疑者は絞りきれないな。インディゴ領から学校もどきに来た人間は、割合で言って多い。当たり前だ。俺のブラック領、フェリシアのヴァイオレット領、ラナのインディゴ領。この3つからしか、人を集めていないんだからな。


 とはいえ、重要な情報だ。インディゴ領に居た人間か、あるいはその近くにいた人間か。どちらにせよ、闇市を知ることができた人間は、犯人の有力候補となる。


「つまり、インディゴ領に居た人間が犯人の可能性が高いと?」

「そういうことでございます」

「申し訳ありません、レックス様。あたしの家の選定に、問題があったようで」


 ラナは申し訳無さそうな顔をしている。まあ、状況を考えれば当たり前だ。だからといって、責めるつもりはない。誰もが清廉であるなんて、人を集める以上はありえない。それに、犠牲者は出なかったんだ。


「俺達が考えるべきことは、犯人を特定するための手段だな。ミルラ、その毒は用意できるか?」

「もちろんでございます。ここに」


 現物があるのなら、後は簡単だな。それにしても、ミルラは優秀だ。俺が何をするのか、察しているのか。あるいは、あらゆる状況に備えて準備をしているのか。どちらにせよ、とても頼りになる。今後も、大事にしていきたい相手だな。


「さて、後は闇の魔力を侵食させて、同じものがあるか調べるだけだ」

「流石でございます、レックス様」


 ということで、学校もどきの全体に、闇の魔力を侵食させていく。そして、ミルラが持ってきた毒と同じものがあるか、調べていく。すると、すぐに見つかった。


「答えは出たな。あの部屋は、クロノの部屋か。他の誰かが、その部屋においた可能性も、考えておかないとな」

「今、クロノは部屋にいません。授業中ですから。あたし達で、部屋を調査しましょう」


 ラナに連れられて、クロノの部屋に向かい、調べていく。すると、何やら書類が見つかった。3枚あり、盗賊団へのつなぎ、モンスターを引き寄せる匂い袋、そして、今回の毒の用意をしたと記述されている。これが本物であれば、犯人は確定したと言って良い。だが、落ち着け。何者かが、クロノに罪を着せようとしている可能性だって、否定できない。


「これは、請求書? ラナ、この名前は知っているか?」

「あたしの領地で、悪さをして捕まった人間ですね……クロノの署名もありますし、筆跡も一致しています。冤罪の可能性は、低いと言っていいでしょう」

「なら、呼び出してもらえるか? 一応、当人に確認してみたい」


 ということで、ラナに任せる。俺が呼び出しても、来るかは怪しいからな。しばらく待って、ラナと一緒に待ち合わせ場所に集まった。そこに、クロノはやってくる。


「ラナ様、何のご用でしょうか」

「さて、クロノ、お前に聞きたいことがある」

「誰がお前の質問なんかに!」

「これ、何か分かりますか? 自分の状況が分かっているのなら、黙るのは得策ではありませんよ」


 ラナは、とても冷たい雰囲気になっている。声も低いし、にらみつけているように見える。まあ、クロノが犯人なら、憎いのは当然だ。俺だって、冷静さを保つのに苦労しているからな。


 書類を見せられたクロノは、少し焦ったような表情をした。これは、黒である可能性が高まったな。


「俺は悪いことなんてしていない! ラナ様を買うようなやつ、死んでしまえばよかったんだ!」

「……それはつまり、罪を認めるということですね? あなたを選んだのは、両親の失敗ですね。申し訳ありません、レックス様」


 頭を下げるラナを見て、クロノは見るからに怒っているような顔になった。それにしても、大したものだな。クロノ自身だって、毒で苦しんでいた記憶があるのだが。ただ、もう犯人は決まったようなものだ。ここから、情けをかける理由はない。


「そんなやつを選ぶのなら、お前も敵だ! 食らえ、土の槍クレイランス!」


 クロノは、土魔法で俺とラナをまとめて攻撃しようとする。だが、俺の防御を貫くには程遠い。当たり前のことではあるが。結局のところ、ただ魔法が使えるだけの人間なんだから。苦戦どころか、単なる作業以外になること以外はありえない。


「愚かなことだ。ただの一属性モノデカの攻撃が、俺に通じると思うとはな。さあ、死ね。音無しサイレントキル!」


 呼び出した剣を振り抜くと、クロノは倒れていく。ずいぶんと苦しめられた相手だが、あっけないものだ。


「こんな、やつに……」


 最後に一言だけ残し、クロノは息絶えた。その姿を見て、少し胸が傷んだ。俺を嫌っていたとはいえ、これまで何度も会話してきた相手だ。前回、盗賊を殺した時とは、全く感覚が違う。なんというか、達成感も何もない。頭がモヤモヤするだけで、嬉しいことなんて少しもなかった。


「私欲のために、人を殺そうとする人間に好かれても、迷惑なんですよ」

「終わった、か。まさか、本当に内部犯とはな。だが、これで次の事件は起きないだろう」

「そうですね、レックス様。あなたのおかげで、犠牲は出ませんでした。これからもっと、あなたを支えます。だって、あなたは優しい人ですから」


 ラナは微笑んでくれたが、俺はうまく笑えそうになかった。所詮、ただ会話しただけの関係の相手を殺しただけなのに。こんな調子で、これから先にうまくやっていけるのだろうか。もっと、人を殺すべき場面に遭遇するだろうに。

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