2章 捨てるべき迷い

第38話 新たな一歩

 大きな事件をひとつ乗り越えることができたが、同時に今の課題も実感することになった。


「やはり、ブラック家はあまり良い環境ではないな。父は息子を平気な顔をして殺すし、兄は当主になるために、身内まで犠牲にしようとした」


 カミラを殺そうとしたオリバーの動きは、忘れる訳にはいかない。俺が失敗していたら、死んでいたんだから。あの時、俺がどれほど苦しかったか。実際に死なれてしまえば、悲しいなんてものじゃ済まないだろうな。


 だから、全力で周囲を守るために行動する必要がある。とはいえ、限界も感じるんだ。


「このままでは、厳しいよな。今の環境のままで、大切な人たちを守りきれるとは限らない」


 最大の問題は、大切な人が多いことだ。同時に複数人を襲われたら、対応が難しい。それだけじゃない。俺の知らないところで何かがあったとしても、厳しい。


 いくら強かったとしても、個人でできることには限界がある。神みたいな行動はできない。そうである以上、何らかの対策が必要なんだよな。


 どうすべきかを考えていると、ノックの音が聞こえた。返事をすると、メイド達が入ってくる。


「ご主人さま、考え事ですか? ご飯の用意ができましたよっ。食べますよね?」

「レックス様、ウェスの料理は、だいぶ上達しましたよ。きっと、気に入っていただけると思います」

「なるほどな。よくやった。俺のメイドが料理もできなかったら、恥ずかしいからな」


 ウェスは相変わらず真っ白だな。うさぎの耳も相まって、とても可愛らしい。アリアは優しそうな雰囲気で、エルフであることも合わさって、落ち着く雰囲気が出ている。


 2人が用意してくれたご飯は、とても美味しかった。素直に礼を言えないのが、悲しいと感じる程度には。


 食事を取り終えると、今度は訓練に移る。魔法をフィリスに、剣をエリナに教わっていく。


「……修練。レックスの闇魔法は、いくらでも伸びる。それに、剣技との組み合わせも見たいから」

「私も協力するからな。お前なら、音無しサイレントキルを上回る剣技を生み出せるはずだ」

「当然だ。まだまだ立ち止まるつもりはないからな。どこまででも強くなってやるさ」


 そういえば、フィリスとエリナもエルフと獣人の組み合わせだな。メイド達と同じだ。とはいえ、雰囲気はだいぶ違う。フィリスは無表情な感じだし、エリナは硬い雰囲気だからな。


 訓練をいつも通りに終えると、また考えを深めていく。


「とにかく、味方を増やさないと。守るべきものが増えるリスクもあるが、手が回らないのが問題なんだから」


 複数の場所で同時に問題が起きた時に、任せられる相手がほしい。俺1人が強いだけでは、限界があるからな。カミラの件のときに、強く思い知らされたことだ。


「原作で通うアストラ学園にも、味方を増やしたい。俺も入学するはずだからな」


 そこまで考えて、フィリスやエリナの顔が浮かんだ。あの2人に教われば、大抵の人は伸びるだろう。同じようなことができれば、味方を増やせないか?


「それなら、学園に通うのが難しい人間をサポートするのはどうだ? 才能はあるけど、環境に恵まれない人を」


 例えば、『デスティニーブラッド』主人公のジュリオとか。たまたま才能を見出されたが、それまでは不遇の日々だった人だからな。毎日の食事にも、苦労していた記憶がある。そんな人を味方にできれば、心強いだろう。


「誰かを利用するみたいになって、悪い気もするが。だが、何か対策は必要だよな」


 とにかく、俺の仮想敵は多い。だからこそ、味方を増やしたい。そのためには、親しい相手を増やす必要がある。


「俺にとってのエリナとフィリスみたいな存在になれれば、それは感謝されるだろう。だから、学園でも味方になってくれるはずだ」


 それに、原作で活躍していた人間と関係を持てれば。まあ、狙って拾い上げるのは難しいだろうが。そもそも、故郷の町まで知らないんだよな。原作の主人公は、かろうじて知っている程度だ。


「いずれは、原作での敵とも戦う必要がある。その時に、俺だけの力でどうにかできるとは限らない」


 単純な手で終わってしまう。2箇所で大規模な問題が起きれば、俺1人ではどうにもできない。それが分かっていて対策しないのは、論外だよな。


「闇属性の根源みたいな敵だって居たんだから。そんな相手に、闇魔法が通じるなんて期待はしない方が良い」


 闇属性が相手だからこそ、有利を取れる原作主人公の手で倒されたんだよな。最悪の可能性だと、俺の力を逆に利用される場合だって想定できる。だから、油断はできない。


「そうなると、王女姉妹やらフィリスみたいな相手の協力も必要なはずだ」


 俺の闇魔法で対応できなかったとしても、どうにかするために。


「できれば、巻き込みたくはないんだがな。それでも、世界崩壊の危機だってあるのだから。そうなれば、結局みんな死んでしまうんだ」


 俺の望みは、みんなで生きることだ。それを考えると、戦いに巻き込んだとしても、死なれるよりはマシなのだから。最悪なのは、俺1人で対処できずに、親しい人に死なれることだ。だからこそ、いざという時に、協力してもらえる相手がほしい。


「なんとしても、みんなで生き延びてやる。そのためには、手段を選んでいられない。いくらなんでも、無実の人を殺す気はないが」


 仮に敵を殺すことになったとしても、止まる訳にはいかない。俺がためらうことで、誰かが傷つくなんて許されない。だから、次からの敵は、殺していくしかないんだ。


「まずは、今の思いつきを形にするところからだな。擬似的な教育機関になるだろうか」


 学園に入学できる水準にまで、実力を向上させるのが目的になるだろうからな。そうなると、魔法を覚えさせたり、基本的な立ち回りを教えたり、そういう事が必要になる。


 つまりは、学問も大事になってくる。どうすれば、魔法の力を発揮できるのか。それを理解するためには、知識が大事になってくるからな。


「ブラック家の伝手も、なんとか利用できたら良いよな。学園に、味方を送り込むために」


 コネ入学と言えば聞こえは悪いが、似たようなことだ。実力がある人間じゃないと、邪魔になってしまう。だから、結局のところは、学園のためにもなるはずだ。優秀な人間が、増えることになるんだからな。


「俺の評判を上げるためにも、役に立つはずだ。一般的には、善行と言えるのだから」


 恵まれない人を助ける、善き心の人間として扱われたら、都合が良い。父をごまかす手段さえ確保できれば、善人だと思われた方が良いからな。


「後は、言い訳を考えないとな。だが、方向性は決まった。ここから、突き進んでいこう」


 良い未来をつかみ取るためには、自分から動くしかない。まずは、その一歩目だ。

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